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023 : 魔界の中で

次か、その次あたりで、このパートは終わる予定です。

それまでシリアスパートですが、お付き合い頂けたらと、思います。



「まるで、夜みたいですね……」

「……」


 耳鳴りが酷い。そのせいか、私は少し機嫌が悪かった。夏美の言葉を無視するような形になってしまったが、周囲を警戒するように視線を配っているので、気付かれた様子はない。

 空が黒い雲に覆われてから、太陽のあった位置には、赤い月に見える太陽の影が出来ていた。とても不気味ではあるが、月明かりよりは足元が照らされていた。


「スマホの電源が入らない」

「誰か、明かりを持っていないか?」

「係員さん、助けて!」


 周囲にいた人々は、パニックを起こしたように、喧噪けんそうに包まれていた。場所が遊園地だけあり、人が密集して存在している。


「雨……ですか?」


 五分ほど歩いていると、太陽の影は見えるのに、雨が降り始める。

 電気が通っていないのか、自動で開閉するはずのゲートが開かないので、私は出口のゲートを押して無理やり開ける。

 やはり、耳鳴りが酷い。


「なんですか……これ」

「まるで、地獄絵図ね」


 交差点の信号は、機能を停止していた。それだけが原因とは思えないが、追突された車が散見され、駅の前の売店には、車が突っ込んでいた。周囲には、生きている人の気配が、数えるほどしか感じられ無い。

 

「誰か、助けて……」


 ふと、小さく呟くような声が聞こえる。夏美と共に、声が聞こえた方向を見れば、小学生くらいの少年が、こちらに手を伸ばしていた。

 やはり私の耳には、響くように一つの言葉が届いてしまう。


「夏美、近づいては駄目」

「え?」


 私は杖で夏美を制止する。私の聖域に足を踏み入れた瞬間、正常に見えた少年の衣服に、黒い染みが広がっているのが確認できた。同時に、動力が切れたロボットのように、倒れて動かなくなる。

 少年をよく見れば、歯がいくつか欠けていた。口の周りにある皮膚は破けていて、黒い液体が絶え間なく流れ続けている。


「死んでる」

「……!」


 改めて周囲を見れば、明らかに事故以外で、人々が争ったような痕跡が見て取れる。そして、不自然に歩いている者も確認できた。どこか幽霊のように、生気の感じられない表情で歩いている者がいる。


(聖域:最大範囲)


 それだけで、回りで歩いていた人々は全て、鈍い音を立てて倒れる。幻が溶けた周囲の景色は、廃墟のような様相ようそうをしていて、倒れた人々は、身体のどこかが欠けていたり、血を流している者がほとんどだった。服装に統一感はなく、さっきまでこのあたりにいた人達だと思えた。


「多分、この雨のせいで、死んだら操られるのかも?」


 広げていた聖域を、最低限の範囲に抑えると、倒れた者たちがまた立ち上がる。呻き声を上げながら、何かを探すように徘徊を続けている。

 ふと、生気が感じられる声が、私たちが歩いて来た方向から聞こえる。


「嫌! 来ないで!」


 遊園地から出ようとした女性が、外にいた死者に襲われそうになっている。女性は雨に打たれているが、特に変異を起こしたような気配は無かった。私はまた、聖域を広い範囲で展開する。


「建物の中に逃げなさい。そうすれば、とりあえずは大丈夫なはずよ」

「え、あ、はい」


 女性以外にも、年配の男性から若い女性まで、遊園地の入り口に殺到していたが、今のやり取りを見て、大半は中に引っ込んでいく。


「これは何なんだ! あんたら、何か知ってるのか!?」


 年配の男性が、私たちに声をかけてくる。ほかにも、期待を込めたような視線を複数感じるが、そんなの私だって知らない。夏美は何かを言いたげにしていたが、こういう時は何を言っても、余計な混乱しか生まない。


「そんなの知らない。けれど、私はこの事態を解決する力がある。なら貴方は、今は黙って自分の身を守っていてくれる? 解決してくるから」

「なんだ、その言い方は!」


 こういうトラブルに巻き込まれた時、その人の本質が出てくるものなのか。普段、にこやかに笑っている人物も、心の中にある闇を隠せなくなる。私だって、かなり不機嫌になっている。


「文句ある?」


 傲慢な態度を見て、イラついていた私は、左手に持った杖で、近くにあった街灯を殴りつける。轟音を立てながら、身長より大きいものが倒れる様子を見て、息を飲んだ男性は沈黙した。


「夏美、行くわよ」

「あ、はい」


 私の中の印象は最悪だったが、それでも背後にいる人々に、一言くらいは言葉をかける。別に、死んで欲しいという訳でもないから。


「そこの人、一つだけ忠告。雨には気を付けなさい。あの園内に避難して、建物に入っている方が安全よ」

 

(魔法作成:聖地)


 とりあえず、私は一つの魔法を即興で作る。魔法少女としての能力が上がったことで、使える魔法を応用するくらいなら、簡単に行えるようになった。

 遊園地のように、きちんと壁で区切られている場所に限って、私は『聖域』をある程度の時間、維持することのできる魔法を作る。効果は、私を中心とした『聖域』には及ばないものの、さっきの死者が入れない程度の機能はある。

 それに加え、中にいる人間を『安心』させる効果を付けたので、先ほどの男性を含め、暴徒になることはないだろう。遠くから見ても、ここが『安全』だと認識できるようにしてあるから、周囲で生きている人がいれば、ここを目指して避難してくることになる。


(シルフ、これで良い? さすがに、全員は救えないけど)


 雨を改めて見ると、何かの『呪い』が感じられる。さっき見た女性が無事だった事や、逆に聖域の範囲を出た死者が動き始めたのを見ると、死者をゾンビ化する呪いのような効果があるのだろう。


「趣味の悪い世界ね」


 おそらく、遊園地の中では見かけなかった死者が、外に出てから遭遇するようになったのは、交通事故や、蘇った存在に襲われて死んでしまった者たちがいたのだと、推測できる。


 ふと、隣を歩く夏美が、声をかけてくる。


「冷さん、優しいですね」

 一瞬、言葉の意味が理解できなくて、夏美の顔を見つめてしまう。同時に、少しだけ自分でも、不機嫌な感情を夏美にぶつけてしまう。

「私が優しい? 自分で言うのも可笑しいけど、私は興味が無ければ、手を差し伸べない、冷酷な人間よ」

「冷酷な人間なら、私やあの人たちを助けてないですよ」

「……」


 夏美は勘違いしている。私は単純に、私の周囲で人が苦しんでいると、シルフにも『救い』を求める声が聞こえてしまう。そのせいで、今日は自宅で待機しているシルフが、遠距離からでも分かるくらい苦しんでいた。だから少しでも、心労が軽減できれば良いと、自分らしくない事をした認識はある。


(今日はもう、空を見上げるのはやめようかな?)


 十五分くらい歩いた頃だろうか、生存者が固まっている場所を、聖地に設定して回る。時間が経つほど生きている者が少なくなっていくが、気休めで人々を救っていく。

 そんな時に空を見上げたら、また何かが落ちてくるのが見えた。


「夏美、何か落ちてくるけど、気にしなくて大丈夫。人は乗ってないから」

「え? あ、はい」

 

 上を見ると、小型の飛行機に見える物が落ちてきたが、人が乗るような形ではなかった。また、主翼の下部にはミサイルが搭載されていて、明らかに民間用ではない代物だった。

 私は一時期、飛行機を操縦するゲームをやっていた時に、似たものを見た事がある。確か、無人航空機(UAV)という、軍隊が使うドローンだと記憶している。自衛隊のドローンは武装を制限されているはずだが、素人目でも完全武装した機体に見える。


「夏美、一つ良い?」

「はい」

「貴女が望めば、今すぐ家に帰せるけど、どうする? この先、ちょっと厄介な存在がいる」


 さっきまで、私が夏美を守れば良いと考えていたが、本当にそれでいいのかと、私の中で迷いが生じていた。まず風に乗って、濃い血の匂いが漂ってきていて、この先で待つ景色が、とても残酷なものであると直感が告げてくる。


「……私だと、足手まといですか?」

「否定はしない。でも、一緒に行く事を望むなら、貴女はきっと誰かを殺すことになる。私は実感が無いまま、敵を殺しているけど、普通なら、大人でもトラウマになるくらい苦しい経験になるはず」

「……」

躊躇ためらうようなら先程のように、夏美が殺されそうになる。ただし、相手を殺す覚悟ができるなら、一緒に来ても良い。貴女は、どうしたい?」


 高校生に聞くには、残酷すぎる質問だと自分でも思う。だけど、夏美がこの先も魔法少女の力を持ち続ける以上、いつかは当たる問題であると思った。

 そして、表面上だけで良いから、覚悟を『言葉』に出来なければ、きっとこの先の光景で、足がすくんで動けなくなる。そうすれば、守りきる事は難しくなる。


「私は、冷さんの隣に立ちたいです。その為だったら、何だってします。この命は、冷さんに助けて頂いたもの。だから、何も怖くありません!」

「……」


 やっぱり私は、冷酷な人間である。年端もいかぬ少女に、こんな言葉を口にさせる事が、既にそれを証明してしまっている。健全な大人であれば、子供たちがこんな未来を歩まぬように、自ら手を汚して解決するのが望ましいはずなのに。





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