017 : 逆算した結果(裏話)
「終わる世界に興味は無いけれど、手段を選んでいる連中は、何を考えているのかしら」
あるところに、メアリーという少女がいた。髪は桃色で、瞳は赤い。彼女は皆から『魔王』と呼ばれている。
「二度も負けた時点で、次なんて無いのよ。戦える訳がないじゃない」
メアリーは考える。総力戦に敗北した者がいたとして、傷の癒えぬ内に、次の戦いに挑めるだろうか、と。少なくとも、そんな状態では同じ規模の脅威に対して、太刀打ちできるはずもない。さらに、休む時間すら得られていないなら、余計に厳しくなる。
「今の私たちに『逃げたウサギ』を見つける力は、無いわ」
メアリーは、気持ち悪いくらい真っ赤な薔薇にかこまれた、趣味の悪い部屋に居た。目の前には、およそ動く様子のない、無表情にたたずむ少女がメアリーを見つめていた。
「そうは思わない? シャルロット」
メアリーが指をひとつ鳴らすと、ワインとグラスが現れる。優雅さを感じさせる動きで、少女はそれらに手をつける。
一方で、シャルロットと呼ばれた少女は、まるで感情が存在しない機械のように、目の前で何が起こっても反応しない。瞳には光がなく、まばたきすらしない。人形と言われたら信じてしまいそうになる見た目をしているが、かすかに浅く呼吸を繰り返していて、少女が生きている事を証明していた。
「最近、極東で例の精霊が確認されたらしいわ。そして同時に、久々に損害が出たとも」
「……」
「不思議なことに、私にその情報が伝わったのがつい昨日の話で、何でこんな面白そうな話が、私に知らされないのかしら?」
少女は、自分でグラスに注いだ液体を飲み干し、興味を失ったのか、グラスをゴミのように放り投げる。透明なグラスが地面に落ちると、周囲に甲高い音が響き渡る。
「簡単な事よね、シャルロット」
そう呟いた瞬間、少女の表情は獲物を見つけた肉食獣のように、攻撃的な笑みに変化する。顔は笑っているのに、自分こそが絶対正しいと信じて疑わない、他者を見下した色も含まれていた。
「なんで皆、理解できないのかしら。ウサギが見つからないのなら、巣穴から出てくる状況を作り出せば良いのよ。それだけの話よね」
「……」
過去に少女は、敵対した『魔法少女』と呼ばれる者たちを分析し、ひとつの確信を得ていた。魔法少女という者たちは、世界にとって危機的な状況が発生すると、何かに呼ばれるように姿を表す。
であれば、特定の地域に滅ぼしたい存在がいる事が分かっているなら、逆説的にその地域で暴れることで、相手を呼び出す事ができる可能性が高い。
「どうせ勇者や他の魔王どもは、私に任せたら全てを壊すとでも思っているのかしら? まあ、間違ってはいないけれど」
何かの為に『殉じる』なんて殊勝な感情を、メアリーは持ち合わせていない。生まれながらに『魔王』であり、王ではあっても導くべき『同胞』も存在しない。
しかし、強敵となる者と戦うこと自体に、無意味さを感じるほど、退屈な生涯を送ってはこなかった。だから今まで、メアリーはたくさんの『勇者』や『魔王』の言葉に、形式的には従ってきた。その方が『面白そう』だと感じたから。
「移住した後の統治? 居住権の確保の為に遺恨を残さない? まずは、勝たなければ意味がないのよ。正義は力が伴ってこそ、認められるのよ」
メアリーの言葉は、誰に向けられたものでもない。力が無ければ、どんな崇高な言葉も意味をなくす。知性を宿す生命にとって、聞こえの良い『平和』よりも、明日に飢えるかもしれない状況こそ『敵』なのであり、そこに武力が伴わなかった歴史は存在しない。それは、世界を二つ超えても変わらない、純粋な事実なのである。
「私が出るわ」
メアリーが指を鳴らすと、部屋だと思われた場所は全て消え、ただの荒野に姿を変える。
「楽しみね」
呟くと同時に、メアリーの前には、黒く染まった『杖』が現れる。先端には赤く輝く宝玉が付けられている。それは『魔王』の証であり、勇者にとっての『聖剣』である。一概に形こそ決まっていないが、勇者は魔王が持つそれを『魔剣』と呼ぶ。
――世界に、一体の『魔王』が解き放たれた瞬間だった。
感想を頂けたら嬉しいです。
読みにくいですが、ごめんなさい。
あと、仕事の状況にもよりますが、早めの更新ができるよう、頑張ります。