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011 : 夏美と冷

読みにくいです。

最後に要約載せます。


「本当に、このお店に入るんですか?」

「うん」


 私たちは少し遠くに移動し、ケーキが美味しいお店に入ることにした。シルフではないものの、私もケーキやお菓子が好きだったりする。男なのにと思われるかもしれないが、好きなものは仕方ない。シルフは姿を消したままなので、何か買って帰らないと後で拗ねるかもしれないが。


「支払いは気にしないで。好きなものを頼んで良いよ」

「そんな……悪いですよ」

「気にしないで」


 ちらりとメニューを確認すると、値段は少し高いが、手持ちは十分あるので問題なかった。さすがに子供相手にお金を出させる訳にもいかないので、支払いは自分がすることを伝える。


「こんな見た目だけど、私は二十歳はたち超えてるから」

「え、嘘!?」


 嘘はついてない。よほど驚いたのか、先程まで暗い顔をしていたのに、多少はマシな表情になった。


「知ってると思うけど、私はれい。君は?」

「えっと、私は星宮ほしみや夏美なつみです」


 お店を見渡すと、時間帯によるのか、お客さんはほとんどいなかった。クラシックな音楽が流れ、雰囲気も悪くない。夏美は緊張しているのか、少しそわそわしていた。


(カラオケの方が良かったかな……?)


 こういう時、カラオケなら個室に入れるので、そちらの方が込み入った話をするのに良いかとも考えた。その結論を避けたのは、私が未成年の女の子とカラオケで個室に入るのは、なんか問題がありそうだと思ったから。下心は無いし、私も今は『少女』なので、遠慮する要素は無いのだが。


「私はコーヒーとショートケーキを頼むけど、夏美はどうする?」

「じゃあ、紅茶で」

「ケーキは嫌い?」

「そんなことは……」

「じゃあ、ケーキを二つ頼もうか」


 私はショートケーキとコーヒーを頼み、夏美は遠慮しているのか、紅茶しか頼もうとしなかった。さすがに一人で食べるのも気が引けたので、追加で一個頼んだ。余計なお世話かもしれないが、夏美が食べなければ自分で食べるつもりなので、多くても問題は無い。

 さりげなく呼び捨てにしたが、夏美は特に気にした様子はなかった。


「夏美は高校生?」

「はい」

「……」

「……」


 話題が見つからなくて、ちょっと気まずい雰囲気になった。やはりお店の選択ミスなのだろうか。高校生が普段入るようなお店ではないのは確かだった。


 私は窓に映った自分の姿を確認し、少し姿勢を改める。座る時に、足を開いて座っていた。ひざを閉じるように座り直し、ほんの少し足を斜めに傾ける。


(座る時も気を付けよう……)


 こういう所作しょさで男らしさが消えない。意識しても部分的には問題が残っていて、女性らしさを追求するのは意外に難しかった。まだ女性の姿になって日が浅いので仕方ないとは思うが、こうして外出や人と会うことが増えれば、綻びに繋がる可能性はある。直していこうと心に決める。


「お待たせしました」


 店員さんが注文した商品を持ってくる。私はコーヒーにミルクを入れて、砂糖はいれない。

 ケーキを一口食べると、最初は弾力がある冷たいクリームが口の中で溶け、風味が口の中に広がる。適度な甘さで、思わずため息が出てしまう。


「美味しい」

「美味しいです……」


 最初にファミレスか喫茶店に寄ろうと考えたが、調べてみると評判の良かったケーキのお店が、電車で駅二つ離れた場所にあった。今はネットでお店の評判を知ることができる。全てが信用できる訳ではないし、どうしても個人差はあるが、口コミの総数が多いほど、内容の信憑性は高くなる。来て正解だった。


「……」


 カチャリと、私はフォークを置く。コーヒーを口に含み、夏美に意識を向ける。

 夏美もケーキを食べているが、すぐ食べ終わってしまう。これなら、もう一個くらい頼んでも良かったと思いながら、落ち着いた頃合なので本題に入る。


「聞いても良い? 今日は何があったのか。前後の状況とかも含めて」

「あ、はい」


 単刀直入に、気になっていたことを聞く。私は回りくどい言い回しが苦手だから、無難な世間話から入ることができない。そもそも、今の高校生が何に興味があるのかすら、検討も付かない。


「帰り道、いきなり襲われたんです。それで――」


 夏美は、ゆっくりと話し始める。まだ目元が少し赤かったが、それ以外は普通に話している様子だった。

 話の流れで「警察に相談した方がいいですか?」と質問されたが、そもそも怪我をした事実がないし、犯人もこの世から消えてしまった。警察は、まともに取り合ってくれない可能性が高い。


「多分、警察に相談しても無駄だと思う」


 ひとつ気がかりなのは、夏美が明らかに待ち伏せされていた部分。これが本当なら、夏美の正体が敵に知られている。

 家族構成を聞くと、両親と弟がいるらしい。最悪の場合は、家族にも被害が及ぶ可能性を考えたが、憶測で伝えるには重すぎる内容なので、言えなかった。

 相手は白昼堂々、明らかに違法な武器で襲ってきたのだ。仮に警察に相談したところで、対処できるとは思えない。それに、今回のように被害がない場合、イタズラだと判断されて終わる。


(帰ったら家族が死んでた、なんて可能性もある)


 相手を一人殺しているのだ。殺意を向けて来た相手の仲間が、報復ほうふくに来る可能性だってある。というか、現代ですら暴力団の抗争に巻き込まれて、関係のない一般人、関係者の家族が殺されることはある。大きなニュースにならないだけで、調べればそういう事件はたくさん出てくる。



(あの魔法が使えるかな?)


 不思議なことに、私の魔法には『他者へ分け与える魔法』が含まれている。例えば『聖域』などがそれに当たる。明らかに一人用ではなく、仲間と力を合わせる為に存在しているような魔法。

 先ほど、移動の最中に尋ねてみると、夏美の魔法には『聖域』すら存在しなかった。私の知識では、魔法少女の汎用的はんようてきな魔法であると思い浮かぶが、認識に違いがある気がする。


 思考がそれたが、バックに手を入れるふりをして、魔法を使う。


(魔法:不幸を祓う蝶の髪飾り(ユリシス)


 不思議なのは、幸運とか確率とか、目に見えない要素を操作する魔法を使うと、何かが『入って来る』感じがする。似た感覚としては転移の時に、同じものが『失われる』ような気がするので、もしかしたら歳を取るのかもしれない。

 一応、転移の方が違和感は大きいので、あまり転移を多用しなければ極端に若返ることもないだろう。逆に、幸運の魔法を使う頻度を上げれば、デメリットは相殺できるのではと思った。後でシルフに確認しようと決める。

 過去にシルフは「転移を一回使うと、一週間ほど若返る」と言っていたが、五十二回で一年若返ることになる。それを相殺する術がなければ、確かに外出する頻度によってはデメリットが勝ちすぎる。

 どんなに言い訳しても、二十代前半まで若返ったら不審に思われる。単純に五年分、二百六十回の転移を繰り返すと、危ないかもしれない。もちろん、日々加齢していくので、実質はもっと転移しても大丈夫だろうし、先ほどの『幸運の対価』が加齢であるなら、話はもっと単純になる。


「夏美、これあげる」

「え?」


 夏美は手渡したものを、勢いで受け取った。

 それは魔法で作った『蝶の髪飾り』で、私が変身した時も、似たような髪飾りが頭についている。これは不幸をはらい、持ち主に少しだけ幸運を運ぶ魔法の髪飾り。無いよりはマシ程度の、お守りみたいなもの。


「プレゼント」

「ほ、本当に、貰っていいんですか?」


 あまり親交を深めていないのに、いきなりプレゼントを渡すのも不自然かと考えたが、夏美は受け取った髪飾りを見て驚いた表情をしていた。少し手が震えていて、まるで繊細せんさいなガラス細工が壊れるのを、恐れているようだった。


「ぅ……」


 夏美は何故か、涙を流し始めた。私は思わず、素で内心の疑問を口走ってしまう。


「え? 何か、不味まずかった?」

「ち、違うんです。私、本当に冷さんに憧れていて。それに今日は助けてもらって……。その上、こんな素敵な物を貰ってしまったら、幸せすぎて、涙が」

「そ、そう?」


 それまで口数が少なかった夏美は、自身の事を話し始める。『冷』を知ったきっかけや、今日、助けた時の感動などを語ってくれた。

 私を知ったのは、高校では『動画サイト』や『動画アプリ』が流行はやっていて、友達と一緒に見ていたら、私の動画にたどり着いたらしい。自信を持った様子で、綺麗な姿をしている冷を見て、最初は漠然ばくぜんと憧れていたらしい。

 そこから今日、私が危機的な状況を助けたことで、その感情がさらに強くなったのだと言う。言葉選びが正しいかはともかく、吊り橋効果に近いものだろう。それが憧れであって、恋愛感情ではないという違いはあるが、状況的には似たものだろう。


「冷さんは、格好良すぎます! 可愛いです! 最高です!」

「……」


 思わず、その勢いに圧倒されてしまった。机から乗り出してくる少女をなだめ、落ち着かせる。店員がこちらを見ていたが、苦笑いして去っていく。少し恥ずかしかった。


(私は、あごがれるほどの存在じゃないよ……)


 今更ながら少女の熱量を見て、姿を偽っていることに後ろめたさを強く感じてしまう。魔法少女に変身する前の自分を思い浮かべ、夏美の言葉に対しては『嬉しい』よりも『罪悪感』しか思い浮かばなかった。中身を知れば、きっと少女は失望すると思う。

 適切な返しが思い浮かばなかったので、さっき夏美が言っていたことを、適当に口に出す。


「今の高校生は、動画サイトとかアプリが流行ってるんだね」

「はい。友達とかは、目の錯覚とかを使った面白い動画を撮って、投稿してますね。私は、見るの専門なんですけど」


 寡黙な少女だと思っていたが、一度話し始めると雰囲気が違って見えた。微笑む姿は、冷には及ばないものの、普通に可愛かった。

 話が途切れたところで、私はバックから紙とペンを出し、あることをメモする。


「これ、私の連絡先だから。何か困った事があれば気楽に連絡して」


 もちろん、普段使っている連絡先ではない。私は勢いで、さらに通販で買い物をしてしまった。格安のスマートフォンを購入し、SIMも契約した。端末が二万円、SIMの契約が月千円と、今月のクレジットカード請求額は、軽く三十万円の大台に乗ろうとしていた。


 一人の人間が『存在しているように見せる』のは、とても多くの物が必要で、私が考えていたより多かった。『冷』という理想を作り、守る為の出費であると割り切っていたが、金額が大きくなるにつれ貯金で足りるか不安になる。

 いずれ、私はこの姿で生活することを考え始めていた。もちろん、携帯なんて持たなくても生きていけるが、同じ端末で連絡を受ければミスひとつで破綻する可能性もある。


「メッセージアプリのIDと、電話番号が書いてあるから」

「あ、今フレンド送りますね」


 夏美はメモを見ると、素早くメッセージアプリにIDを打ち込み、私にメッセージを送ってくる。可愛い顔文字とスタンプが送られてきた。一方で私は「よろしく」とだけ返信する。


「ありがとうございます!」


 今日一番の笑顔が見れた気がする。


「じゃあ、お会計済ませるから。一人で帰れる?」


 一応、お守りは持たせた。気休めだけど、先ほど襲ってきた程度の相手や、悪意を持った一般人を相手にするだけなら、この髪飾りがあればなんとかなる。もうひとつ仕掛けはあったが、今はまだ、発動しないことを祈るだけである。


「大丈夫です!」

「それ、絶対に持ち歩いてね? 私が魔法をかけてあるから」


 一応、注意するよう伝えてから、お会計を済ませて店を出る。店内で注文するときに、持ち帰りでケーキを二つ頼んでおいたので、会計の時にそれを受け取った。

 夏美とは正反対の方角に歩みを進めながら、ちらりと背後を振り返る。無邪気な少女を見て、私は少し戸惑っていた。


(誰かを助けるのが、こんなに『苦しい』ことだと思わなかった)


 助けるには、覚悟がいる。どのような結果になろうとも、見せた優しさに付きまとう責任。髪飾りを持たせても、その後に死んでしまうこともある。

 最初から助けないのは簡単だ。それを「当人の責任だ」と割り切って考えれば、自分には関係ないと思うことができる。その後、その人を調べたりもしないし、経過を知ることもない。心は傷つかない。


(今、考えても仕方ないか)


 助ける覚悟、見捨てる覚悟。どちらが楽かと問われたら、きっと見捨てる方が簡単なのだ。それでもショックは残るけど、助けようとして間に合わなかった方が、心に残る傷は大きい。


(今日は、いろいろな事が起きすぎた)


 私は静かに、歩き始める。




要約

・夏美は自己紹介しました。

・冷に興味を持ったきっかけを語ります。

・警察に相談しても無駄です。

・冷は夏美を心配して、魔法を使います。

・魔法の対価について。

・連絡先を交換(実はスマホを買ってた)。

・助ける覚悟。


「冷はいつから、そんなに他人を気にしてるの?」



補足

 最初は勇者サイド書きましたが、聖剣の説明の為だけだったので、没にしました。

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