001 : プロローグ
――理想の『声』を手に入れた。
細かい説明は、省こうと思う。
事実だけ書くなら、自分ひとりしかいない部屋の中で、鏡の向こうに『女の子』がいる。
経緯なんて、どうでもいい。全てが些細なことだから。
部屋の隅には、もふもふした『ウサギ』みたいな謎生物がいる。そいつは、私に囁きかけてきたのだ。あの日、雪が降るクリスマスの街中で、地面を赤く染めながら、死にそうな体を引きずって。
「君……心に『理想の女の子』を持ってるね?」
最初、何を言われたのか分からなかった。訳の分からない生物が、人の言葉を操るのも不思議だった。
全てが可笑しい状況の中で、不思議と私の心は冷静だった。
「ねえ、魔法少女になってみない? 可笑しいよね、僕もそう思う。だって君は『男』で『少女』という年齢ですらないのに……」
嘘みたいな状況、誰もいない中で、音を消すようにずっしりと降る瑞々しい雪が、その声を大きく感じさせる。
(夢じゃないのか?)
別に、私は『女』になりたい願望はない。なのに、いつも複雑に思っていたことはある。
カラオケで、女性の歌を歌う時、私は自分の声が『男性の声』である事に、劣等感を抱くことがあった。
それを強く意識し始めたのは、動画サイトとかでバーチャルリアリティを知ったのをきっかけに、バーチャルの美少女アバターを購入して、自分で動かしてから、だと思う。
(私は、女になりたい訳じゃない)
男である事に、何か不満がある訳じゃないのだ。
なのに、自分が自分であるはずなのに、歌を歌う時、バーチャルで仮初の体を動かすとき、自分の『声』だけは、違和感を感じることが多くなった。
「夢か、幻か?」
「違うよ……ぐぅ……がはっ……」
白い、雪と同化しそうなほど白いウサギは、苦しそうに前足と後ろ足を投げ出して、知性を感じさせる瞳を私に向けてきた。
「僕は、君の願いを叶えてあげる。その代わり、僕の願いを叶えてほしい……。僕は、消えたくない。その為に、魔法少女になってくれない?」
その日から、私は世界の裏側を知ることになった。
ただ、私の物語に、そんな難しいことは必要ない。
事実だけ言えば、私は魔法少女になったのだ。それが、この物語の始まりの全てであり、それ以上でも以下でもない。