100文字小説 41-50
四十一
未成年は保護者の同意が必要だと言われて、この日まで待っていた。医者は一連の書類を確認してから、
「本当にいいんですね?」と言った。
術後の私を見て怒り狂う両親の顔が浮かんだ。関係ない。
医者の目を見て、しっかり頷いた。
「では手術室へどうぞ。台に乗って下を脱いでください」
四十二
俺がヒーローに変身することをやめて三年が過ぎた。組織のヤツらは今も変わらず街を荒らしてる。
(俺のせいなのか……?)
悲惨なニュースを目にする度に自問自答する。
「パパ、行ってらっしゃい」
三歳の娘の笑顔に送られて、俺は会社へ向かう。
四十三
「先生、本をお探しですか?」
図書館の入口に教授が立っていたので声をかけた。
「いや、読めなかった子達にお別れを言いに来たんだ」
「本に挨拶……ですか?」
「まだまだ読みたい本がたくさんあったんだけどね……」
教授は三〇年以上勤めた大学を辞める。末期癌らしい。
四十四
「お前にはムリ、とかひどくないですか?」
彼女は前任のコーチへの不満を言い立てたが、この記録では関東大会にも上がれないだろうという意見には同感だった。
「わたし、褒められると伸びるタイプなのに……」
褒め続けた結果、関東大会には行けた。前任のコーチに従っていれば全国も届いただろうが、彼女は満足そうだった。
四十五
彼の手袋にはずっと前から穴が空いていた。茶色い毛糸の手袋で、親指の先が破れて爪が顔をのぞかしていた。
「好きなものを使っていたいんだ。破れていたとしてもね」
別れてから数年。再会した彼の手には新しい、暖かそうな手袋がはめられていた。もうすぐ結婚するらしい。
四十六
「ぼく、ほんとは宇宙人なんだ。パパとママにないしょだよ」
小学生になったばかりの甥っ子がそんなことを言っていた。
しばらくして彼は行方不明になった。下校途中で誘拐された、というのが警察の見解だった。捜査は今もつづいている。
「おい、はやく戻ってこいよ。みんな心配してるぞ」
夜空を眺めながら僕はつぶやく。
四十七
朝から降っている雪のせいで部活は急遽中止。学校に来てたのは先輩とわたしだけだった。みのりからは「がんばって」とハート付きでLINEがきてた。
「せっかくだから雪だるまでも作るか?」
「はい。めっちゃ大きいの作りましょう」
もっともっと降って、雪。帰れないぐらいに。
四十八
「ぼく、新幹線の運転手になるんだ」
男の子が言った。二桁のかけ算がいまだに苦手な小学五年生。学校についていけない子をボランティアで教える支援教室である。
「そっか、なれるといいね」
無責任な言葉をかけて、わたしは微笑む。
四十九
夢をたべるというバクに、たべられる夢をみた。
ぼくは夢の中で夢だった。
たべられたぼくはバクのおなかで消化されて、バクの血になった。
(そういえば、バクがたべるのは悪夢だったっけ?)
さようなら、現実。
五十
私は葱を切っていた。テレビのリモコンをとろうとして、つまづいて、持っていた包丁を自分のお腹に刺した。
(こんな死に方……ごめんね、ドジな女で……)
意識が遠のいていく。フローロングには血の海。私は最期の力を振り絞って、指で愛する夫の名前を書いた。
待って、これじゃ夫が疑われ――。