アルビス市民国編20 調教師戦前編
翌日、闘技場に行くと今から対戦相手を準備するから控え室で待ってくれと言う話でした。……途中で「いやそれはインターバルが短すぎるだろ。万全で戦えるのか?」「あの調教師は街に来たばかりだが話を受けてくれるのか?」と言った話が受付の奥から聞こえて来ました。
試合まではまだ時間があるのでエレシアちゃんの護衛として配置したジニー達と視覚共有してエレシアちゃんの観察……では無く護衛をする事にしました。しかし複数の精霊と視覚共有すると立体的に観察……感謝をする事が出来るので死角から刺客が現れるのを防ぐ事が可能です。エレシアちゃんの下と上にもジニーを配置したいところですが筆頭秘書官に何か言われそうな気もします。
ちなみにエレシアちゃんは着替えの最中でした。風景から評議員の屋敷ではなく公使館にいるようです。どうやら化粧部屋で中に竜や筆頭秘書官は居ませんでした。どうやら筆頭では無い方の秘書官が着替えの手伝いをしているようです。しかしエレシアちゃんの着がえる仕草も可愛いです。緩やかで美しい双級は美の女神を体現したと言っても良いぐらいに綺麗なカーブを描いています。そういえば依頼されていたのはエレシアちゃんの観察ではなく警護でした。ジニー達を駆使してエレシアちゃんを覗き見していようとしている不敬な連中がいないか捜索を行います。
……とくにそのような不敬な輩は居ませんが近くでおかしな動きがあるような気配があります。もう少し詳しく調べる事にしましょう。
「——フレナさん。そろそろ試合の準備をお願いします」
その時、外から闘技場のスタッフの掛け声がして調査を中断しないといけなくなりました。この手の調査は清掃係の二人もやってそうですし今は試合に集中することにしましょう。それでは参ります。
闘技場に抜けると大きな歓声が沸きます。「賢者様!」「賢者様!」と言う歓声が沸いています。たぶん木の精のざわめき、気のせいでしょう。
相手に現れたのは調教師と呼ばれる魔物を飼い慣らし操る職業だそうです。調教師と言う職業について試合の後で調べたのですが、どのように魔物を飼い慣らし操っているかは機密で全て口伝で行われるそうです。そして対戦相手の調教師は、〔初見殺しのガルウ〕と呼ばれているフェルパイア内でも名高い調教師らしく翼竜も飼い慣らした事があると言う噂です。ただしその名高いは悪い方に名高いらしくとにかく卑怯な手を平気で使ってくるので闘技場マニアにはあまり評判良くないとか言うことでした。
そのガルウと今相対しています。ガルウは調教した魔物を何匹か引き連れています、そして今回の試合のルールでは攻撃魔法は一切禁止だそうです。お前の魔法の威力が強すぎるからハンデを付けないと試合にならないと言う話だそうで攻撃魔法を検知する指輪を付けられました。この指輪が赤く光ると反則負けになるそうです。ただし攻撃魔法以外は使っても良いそうです。そして調教師本人に攻撃するのも反則になるそうです。調教師本体は戦いのエキスパートではないので直接攻撃をされると試合にならないと言う理由だそうです。調教した魔物だけを無力化しないとダメだそうです。
「それでは行きますよ」
私は剣を構えました。ガルウは右にガーゴイルと呼ばれる石像のような悪魔、左には犬・山羊・猿の三つの頭を付けたキメラの様な魔物を引き連れて後ろに立って居ます。
「かかれ!」
ガルウが言いますが左右の魔物のどちらも動きません。変わりにぬるりとしたモノが足元からネバネバしたモノがしみ出してきました。これはスライムの一種でしょうか?ネバネバが染み出てくる前に石像の前に移動してしまいます。
後ろではぷよぷよした等身大のスライムが湧き上がって来てその場を包み込もうとしていました。どうやらスライムの中に私を取り込む作戦だったようです。ガルウは一瞬驚いた顔をして居ましたがすぐに次の指示を出していました。ガルウの表情の変化とその後の落ち着いた対応から恐らくこのスライムの様に仕込んだ魔物が他にも何種類か居る可能性が考えられます。そこで感覚を鋭敏にして魔物の反応を確かめてみました。どうやら少なくとも十種類《《ぐらい》》居るようです。《《ぐらい》》と言うのは、魔物探知に掛からない様に潜んでいる魔物の可能性を考慮したからです。霊界や幽界に潜んでいる可能性もあります。これだけ隠し球があるなら少しは楽しめそうです。取りあえず目の前のガーゴイルを剣の一振りで真っ二つにし左に向かう事にします。
すると跳んだ影の下から魔物が現れます。影に潜る能力を持った魔物の様です。影の中から触手をこちらに跳ばしてきます。そこで空中を蹴って触手を回避します。右下と左横を触手が掠めていきます。
影に潜る能力は割と厄介です。影のあるところを自由に行き来しどこから攻撃が飛んでくるか予測しづらいのです。影を移動する速度は尋常では無い速さでほぼ瞬間移動に近いと言えます。従って常時上下前後左右の全方位に注意を傾けておかなければなりません……とはいえ対処方法はあります。それは影を消してしまえば良いのです。
《女神の鏡》の魔法を発動させます。《女神の鏡》は、鏡ではなく盾で、伝承によれば石化能力を持つ魔物に相対する時に使われた伝説の盾の名前だそうです。鏡と書かれているとおりこの盾は鏡の効果を持っています。伝承に出てくる魔物の石化能力は直接魔物を直視しなければ発動しないため鏡に映した姿を見れば石化する事はありません。この伝承の盾の能力を魔法で疑似的に再現したのが《女神の盾》です。
この魔法には他の使い方もあります。無数の小さな〔女神の鏡〕を発生させて自分の周りを取り囲む様に上手く拡散させます。そうすると光が死角を覆い隠し影を消滅させる事が出来るのです。そして〔女神の鏡〕ともに自分の周辺の影は霧散しました。これで影に潜るの魔獣の動きは封じたはずです。気配を探ると魔獣の気配は調教師の影の方に飛び去っていくのを感知しました……しかし他の気配が微かにノイズとして乗っていました。
ノイズを子細に追いかけると……これは糸。かなり細く気を付けないほどの見えない糸の様です。それでいて鉄の様に強固で風の様にしなやかでかなり粘着質の糸の様でした。ある種の蜘蛛の巣の糸のような感じです。この糸に取り込まれたら恐らく最後は動けなくなるでしょう。火でなぎ払うのが最前手ですが今回は攻撃魔法が禁止されているので火の魔法でなぎ払うことが出来ません。縦横無尽に張り巡らされた糸が私の周りを取り囲んで来ます。
——どうやらこのガルウと言う調教師は二重三重四重に罠を張り巡らして敵を追い落とす様な戦法を得意としている様です。それに相対するには正攻法が一番正しいと思うのですがガルウへの直接攻撃も禁止されています。船上では弱いが闘技場の様な特別な舞台では非常に強いタイプでしょう。刹那思案の上、まず糸の元をたぐることにしました。すると面白い事が分かります。糸の元は巨大鉄糸蜘蛛ですが、どうやらガルウはその蜘蛛を直接調教していないようです。巨大鉄糸蜘蛛はガルウが使役する魔物が操っている様でした。これはガルウが命令を出すときその魔獣の方向を目線を泳がせる癖がありそこから大体予測できます。蜘蛛が糸を使役する時、ガルウは蜘蛛の方ではなく全く別の方向に目線を流しています……そうするとガルウは魔物専門の調教師であり、魔物ではなく巨大節足種である蜘蛛を調教出来ないのかも知れないのかも知れません。もしかすると、それすらもこちらを油断させる罠の可能性もありますが試してみることにします。
目線の方向に潜んでいるのは恐らく〔蜘蛛使い〕と言う蜘蛛を操る魔獣の一種と思われます。六本の腕と二本の足を持ち百足の様な頭を持っている姿をしています。別の魔獣が幻術を施しているのか微かな光の揺らぎでしかその存在が確認できませんが、ほぼ確実です。そこで糸を回避して蜘蛛の方に飛んでいきます。同時に素早く剣から弓に持ち替え、〔蜘蛛使い〕の方に矢を六連射します。
咄嗟の動きに〔蜘蛛使い〕は反応できずその身に矢が突き刺さります。命中を確認する前に更に三本矢をつがえて更に六連射——つまり十八本の矢を〔蜘蛛使い〕に打ち込みます。〔蜘蛛使い〕の身体から緑色粘液が飛び散りし、その場に倒れ伏しました。〔蜘蛛使い〕を無力化したのを確認すると蜘蛛の様子がどうなったのか確認してみます。
——どうやら蜘蛛は動きを完全に止めたようです。何をしているのか分からない感じでした。そこで弓矢をナイフに持ち替え周りの糸を切り落とします。そして蜘蛛の手前に着地すると蜘蛛に軽く触れます。そうすると蜘蛛は眠ってしましました。
「さて調教師さん、次はどうしますか?」
「そこのエルフよ。私の攻撃がこれで終わりとは思っていないだろうな?まだ隠し手はあるぞ」
とガルウが言います。




