アルビス市民国編12 冒険者戦その一
その次の試合——五戦目——の相手は試合より前に知らされました。闘技場のルールでは八百長を防ぐために対戦相手は互いが直前まで分からない様にしているのですが今回は特例だそうです。次の相手は特級の冒険者パーティ〔金獅子の夜明け〕だそうです。あまりにも格差があると考えられ不正が起きようがないという場合、勝負に公平を期すために先に対戦相手を教える事があるそうです。
「そうでもしないと相手が瞬殺して見世物にならんだろ。取りあえず時間稼ぎの手段ぐらいは相手に考えて貰わないとな。そこのお嬢ちゃんも最初逃げ回ったあとそのまま降参でもいいから時間だけはたっぷり稼いでくれよ。いきなり突撃するのだけは辞めてくれよな」と言っていましたが……確かに開幕直後に試合が終わってしまったら見世物としては面白くないのでしょう。
〔金獅子の夜明け〕は快進撃を続ける六人組の新興パーティだそうで、前衛は剣士と剣闘士、中衛に槍使いと僧侶——ここの僧侶とは武装治癒術師の事を差しています——、後衛に魔法使いと付与術師で組み合わされているパーティで攻撃特化型だそうです。フェルパイアの冒険者ギルドではその特性から攻撃型、護衛型、捜索型などの部類をしておりその特性にあった依頼を割り振るそうです。
攻撃型の中でも戦闘のみに特化しているので攻撃特化型と言い魔獣狩りなどの危険な依頼を頻繁に引き受けるそうです。〔金獅子の夜明け〕の偉業はいつかあるそうですが、その中でも巨大金巨猪狩りは伝説級の偉業と呼ばれているそうです。
——巨大金巨猪とは《《巨猪》》と呼ばれる魔獣の中で金色の毛を持ちその中でも巨大なものと言う意味だそうです。巨がダブっている気がしますがあくまで《《巨猪》》と言う固有種の巨大版と言う意味です。その大きさは家より大きく木々をなぎ倒しながら歩くと言われているそうです。あるときフェルパイアの西辺境の国にこの魔獣が突然現れた、った一ヶ月で辺境の国の農地の三割ばかりがのの巨猪に踏み荒らされてしまったそうです。その時、その国の軍隊は丸で歯が立たず、幾つものパーティが退治に失敗し、そこで新星の様に現れあっと言う間に退治してしまったのが〔金獅子の夜明け〕だそうです。
その戦闘力は僧侶、魔法使い、付与術師の連携魔法で。僧侶の呪文に更に付与を追加したり、魔法を付与をした剣にさらに魔法を載せると言うギミックが得意だそうです。普通このような連携はほとんど失敗しとても危険なのですが〔金獅子の夜明け〕はそれを容易くおこなってしまうそうです。彼等が特級に位置しているのもこの快進撃と彼等のホームとしている冒険者ギルドの面子の両方が絡んでいるそうで、お飾りではなく実力もある特級と言う話でした。
〔金獅子の夜明け〕は依頼が特に無いときは鍛錬の為に闘技場に参加しているらしく、数日前からアルビス市に滞在しているそうです。
「そこまで話してしまって良いのでしょうか?」
「この程度はフェルパイア人なら普通に知っている話だし奴らにとってはハンデにもならんよ。むしろ話さないと他所から来たお前さんに不利になるだろ」
と言う話でした……その程度の連携魔法は大した事は無さそうな気もしますが珍しいのでしょうか?それより、このタイミングでそのパーティをぶつけるのは六勝されると赤字になるからでしょうか?
「それからこの試合は明日の昼だからもう帰っていいぞ」
「まだまだ戦えますけど……」
「いやお前の都合では無く相手の方の都合だ。何しろ忙しいパーティだからな今日も今晩も予定で一杯だからな。それに試合は日暮れまでだもう時間がない。それじゃあ夜明三刻半(11時過ぎ)までには来とくれよ」
——闘技場から出るとまだ日は暮れて居ませんでした。他の試合を覗いていきたいところですが闘技場の外に出ると評議員の家から迎えが待ち伏せしていました。馬車に乗ってすぐに屋敷に帰ると言う話でしたが無理を言って途中で市場によってもらい香辛料と塩と果物——昨日の果物は既に竜《ノルシア》の胃の中です——を買って帰りました。金貨1枚払ったところ大きな箱ごと商品を渡されたので全部まとめて巾着にしまいましたが店主が非常に驚いていました。「これは手品ですよ」言っておきましたが「それは無い」と首を振っていました。
丁度そこに悲鳴が聞こえました。
「野犬が暴れている……」
市場の真ん中に狂ったように犬が暴れています。暴れた犬は、近くの買い物客に飛びつき手を食いちぎろうとしていました。そうすると、そこに警邏隊達がやってきてその犬を打ち殺しました。
「死骸はすぐに焼け。死骸には直接触れるなよ病気が伝染る可能性がある」
警邏隊長らしき人が言います。
「ところで、この中に法学官様か治癒術師は居ないでしょうか?」
そこで私が歩みでて言います。
「治癒術なら少々なら使えますが、どういう要件でしょうか?」
「今の野犬の所業をみたであろう。その犬に噛まれたこの人見て欲しい。病気が伝染している可能性がある。発症したらほぼ死ぬ病気だ。そうならない為に早く治療してほしい」
「わかりました」
そう言いながら被害者の傷口をみます。腕にザックリ牙が食い込んだ後がありどす黒い血がだらだら垂れ流れています。これは病気の前に怪我の治療をしないいけません。失血死の可能性が高いからです。これについては傷口を洗い流し治癒薬を塗りこめば恐らく大丈夫だと思います。
まず痛みを感じなくなる草を口に含ませたあと傷口を焼いたナイフでえぐり化膿を防ぎ暴露部を丁寧に洗い止血を行います。傷口に犬の唾液が残っているとそこから発症可能性が高いので入念に洗い流します。その上から回復の魔法をかけておきます。これで失血による命の危機はしばらく無いと思います。その間に巾着の中から何種類かの草を取り出し、いくつかをすり鉢でこすりペースト状に混ぜ合わせます。残りの草はお湯を持ってきて貰い煮立てて成分を抽出します。ペーストに抽出液を注いで混ぜ合わします。最後に溶いたでん粉と混ぜ合わして塗り薬にします。でん粉は小麦粉から作った浮き粉を使いました。普段は草の根っこから作るのですがそれでは加工に時間がかかりすぎるので市場で手に入る浮き粉を使ったわけです。作った薬を入念に傷口にすり込みます。
そして恐らく病気とは狂犬病と言う病気だと思われます。病気になるとほぼ助からない病気だったと思います。《里》ではこういう病気に対処に関しては生まれてすぐに行います。様々な病気に対抗できる混合抗病薬と言うものあらかじめ接種します。この抗病薬を接種しておくと病気になっても発症しなかったり仮か掛かっても重症化が防げるのだそうです。《病気平癒》で治せない病気の大半はこの抗病薬をあらかじめ接種しておくことで簡単に治せる様になるそうです。これは先の戦争——曾曾祖父の時代に起きた戦争を指すそうです——の時に《里》の戦力が《混沌の病神》によって大幅な戦力ダウンを余儀なくされた事に対する対抗法として開発された方法と母から聞いたことがあります。話によれば《里》の大半を病人にしてしまい残った治癒術師では到底対処切れなくなってしまったそうです。そのため抗病作戦として開発されたのが抗病薬らしいです。抗病薬は《混沌の病神》の返り血を魔法で変質させ弱毒化させたものをあらかじめ接種する事で属性である病気に対抗する為に開発されました。これは《混沌の病神》の攻撃を受けて病気になった場合、同じ病気には二度とかからないと言う事を発見したから出来たそうです。それでも《混沌の病神》が持っている病気の種類は数百種類に登ったので数百種類の抗病薬を作るのに百年以上かかったという話です。
この方法だと《混沌の病神》の血が必要になりますし《混沌の病神》は既に滅んでいるので血の入手が既に不可能です。しかしそれ以外の方法でも作ることは可能です。特に狂犬病に関しては手持ちの薬で対処可能です。これは病気に対する抵抗力を上昇させる汎用薬で早く投与すれば発症を未然に防ぐことも可能だと思われます。この薬を丸薬にして被害者に渡します。これを一日三回当分の間接種するように指導をします。取りあえず最初の一回は飲ませて起きます。
「後は治療術師に《病気平癒》をかけて貰えれば、ほぼ大丈夫だと思います」
「それでは法学官様を呼んで参ります。それからこれは礼金になります。市場に野犬が入り込んだのは警邏隊の失態であります。後は我々が責任を持って被害者の面倒みますゆえ。見知らぬエルフの御人、ありがとう御座いました。ところで後日伺いたいのですがどこに伺えばよろしいのでしょうか?」
と言って貨幣の入った袋を渡されます。慇懃な議員の屋敷を伝えてもあれですし、宮殿を指定しても迷惑になりそうです。
「エルフの王国の公使館は分かるでしょうか?そちらにフレナに用事があると連絡してくだされば連絡はつくと思います」
「では何かありましたらそうさせて貰います。フレナ様。神の名においてフレナ様に幸運がありますように」
いつまでも警邏隊がこちらを向いてお辞儀しているのでに居づらいので今日はそのまま帰ることにしました。
戻ってエレシアちゃんに何か変わったことは無いかと尋ねると特に無いと言うことでした。実は闘技場にいる間もジニーを介して見ていましたがエレシアちゃんの周りでは特に変わった事は起きていませんでした。ただ《里》の長老みたいなのが続々出てきて延々と意味の無い話を聞かされ続けるという大変なお仕事だったのが心配です。屋根裏部屋は相変わらず誰が詰めており気軽に行けそうな雰囲気ではありませんでした。
 




