アルビス市民国編8 評議員の屋敷の巻
「酔った勢いとはいえ、どうしてこうなったのでしょうか……」と筆頭秘書官が言います。
お詫びと言う話で何故か評議員の一人の屋敷に泊まる事になりました。それに対して総督も「評議会が決めた事に反対はできんので行って歓待を受けてもらえぬか」と申し訳なさそうに言っていました。「反対したのであるが緊急動議で決まってしまってな。富裕派は少数派ゆえ庶民派がこぞって賛成票を入れてしまってはどうにもならない。」と議長も申し訳なさそうに言って居ました。「気を付けろよ。エルフの王国と友誼を結ぶこと自体を妨害した感じだ。こちらも手を回してやるから簡単に挑発にはのらないでくれたまえ」そう言われて筆頭書記官は一瞬で酔いが冷めたようです。
評議員会の昼餐が終わった後、一番偉そうな庶民派筆頭の議員アグルが「お前は、やつらが逃げないように監視しろ」とここの屋敷の主である庶民派議員のエリウに言っていたのをこっそり聞いていましたが取りあえず素知らぬ顔をしておきます。筆頭書記官も当然分かっていると思います。ちなみにこの屋敷に来たのは私と竜、エレシアちゃんと筆頭書記官と左右の二人です。筆頭ではない秘書官、会計、通訳と御者は宮殿で留守番をし外交官は公使館で引き続き引き継ぎの準備を行うそうです。一両日中には交代の外交官が来るそうで交代要因が来たら早馬でそのまま書類を担いで王都まで全速力で帰らないと行けないらしいです。デレス君主国で決まった話とゴブリンとの戦いについての報告の書類がまだまとまっていないみたいです。本来、外交官の帰国の予定はもう少し先でしたがゴブリンとの戦いの件で繰り上げになったみたいです。王都からは交代の外交官を乗せた急使が昼夜を徹してこちらに現在向かっている最中でした。
「しょ……書記官さんは最善をつくしてますから……」
「エレシア様にこのようなお気遣いをさせるとはとんだ失態を……」
「それより私が闘技場で試合をするとなるとその間のエレシアちゃんの護衛は誰がするのでしょうか?」
「そういえば、そのことも考えないと行けませんね……。エイニアとユリニアの二人はこれから別の用事がありますし……公使館から別の護衛を呼び寄せるにも時間が……」
「それではノルシアを使いましょう。ノルシアさん、タダでご飯食べているのですからその程度の事はできますよね?」
私は竜に呼びかけます。
「それで我は何をすれば良いのだ?」
「エレシアちゃんの護衛です」
「エレシアに近づいてくるものを排除すれば良いのだな」
「そうでは無くてですね……護衛と言うのは……」
戦力的には竜一匹で護衛戦力は十分なのですが細かい内容を理解できないようでした。味方を間違えて退治したり加減を知らずに過剰に暴れて街を壊したりしないか少し心配になってきました。どの状況でどう対応するかと言う話を事前に事細かく説明し、その後も細かく監視しないと無理そうなのですが、あいにく私は一人しか居ないため、常時竜に指示が出せる訳でもないので今回は別の方法を取ることにしました。
「まぁ良いです。ノルシアはエレシアちゃんの近くに居るだけで良いです。護衛は精霊さんに任せることにましょう。護衛についての説明は後でゆっくり説明するので近づくものを片っ端から殴り倒すのだけは辞めてくださいね」
竜の精霊力を使って何体かの精霊を呼び出します。呼び出したのはジニー達です。ジニーは精霊と言っても知性を持ち属性や性格もまちまちな存在です。古竜との違いは古竜は半精霊で生命体の性質と精霊の性質を半々で持ちますがジニーはほとんど精霊体のみで構築されている存在です。古竜は食物を体内で精霊力に変換し蓄え自力で世界に存在できるのに対し、ジニー達は精霊力の補給がないと存在の維持ができません。存在を維持する為には精霊界と大きくゲートをつなげるか精霊力を常時補給する必要があります。逆に言うと竜の精霊力で補充してあれば何もしなくてもジニーは存在し続けられるわけです。古竜のもつ精霊力は半精霊と言っても相当なもので精霊王クラスの存在でも一瞬あら維持できるぐらいの精霊力の蓄積があり、ジニー数体なら一日必要な食事の量が肉一切れか二切れ増えるぐらいですむはずです。
そして竜を媒介として呼び出したジニー達にエレシアちゃんの護衛を頼んでおきました。護衛の内容は何があってもエレシアちゃんの近くから離れないこと。これなら竜でも守れるでしょう。それからジニーの目を通してエレシアちゃんの様子を確認できるように感覚共有を施しておきます。これで一応安心です。
「ジニー経由でエレシアちゃんとお話も出来ますから安心してください」
「フ……フレナ様、そのようなことまでできるのでしょうか?」
「この程度のこと朝飯前ですよ。それよりエレシアちゃんの方は大丈夫でしょうか?昨日、評議員達にバカにされていたと思いますが?」
「あ……あの程度の事なら慣れていますので大丈夫です。平気です。それよりフレナ様も巻き込んでしまってごめんなさい」
心なしかエレシアちゃんの声が震えています。そうでした、精霊魔法が使えない為、エルフの王国の王族として認められる為に苦労していたと言うけなげなエレシアちゃんを思い出しました。
「私はエレシアちゃんの心も護衛するために雇われているのですからその程度のこと当然やりますよ。それより我慢しなくても良いのですよ。私、エレシアちゃんの魅力的な部分も素敵な部分も知っていますし、王妃も四王女の方々も知っています。それでエレシアちゃんなら立派に勤めを果たしてくれるとこの使節に送り出してくれたわけですし、無礼な事を言われたらしっかり言い返して良いのですよ。『私に無礼を働くのはエルフの王国を侮辱したのと同じ事』だと言ってもいいのです。でもエレシアちゃんは優しい人ですからその部分を我慢してしまうのですよね」
隣に居る筆頭秘書官も頷いています。しばらくエレシアちゃんを慰めていると女中がやってきました。
「お客様がた済みません。〔荷物運び〕がちょうど病気で寝ていまして無理矢理たたき起こして連れてくるべきでしたが病気をうつしてしまっては却って非礼になると思いましてね。申し訳ありませんがお自分の荷物はご自分でお運びいただけないかと。ほら私はこの通りもう年でして、あなた方の方がお若いでしょう」
私は見知らぬ人に荷物を預けるより自分で運んだ方が安心ですし、大半の荷物は巾着の中に押し込んであるので大きな荷物がそもそもありません。しかし沢山の荷物を抱えている筆頭秘書官はどうなのかと見てみると「わかりました」と言いました。「エイニアとユリニアの二人。ここの荷物を運ぶわよ」
左右の二人意義を唱えようとしましたが既に諦めたようで沢山の荷物を抱えています。
「そ……その〔荷物運び〕さんはどうしているのでしょうか?出来れば見てあげたいのです……」
エレシアちゃんが言います。エレシアちゃんは治癒魔法使いですから簡単な病気はすぐに治せます。
「いえいえ、あのような下賤な奴隷を仮にもエルフの王室の方が見られるのは行けません……あ、失言でした。そのようなものはそもそも我が屋敷にはおりませぬゆえ。心配なされる必要は有りません」
女中は首を振ると客室の方まで案内すると言います。この年をめいた女中の言いよどみが何かを隠しているような感じがしたので後で調べることにしましょう。しかしこの屋敷の規模だと十数人はメイドを抱えているはずです。それに加えて多数の奴隷も抱えているはずで、女中一人しか出てこないのは流石におかしいと筆頭書記官は呟いていました。
その前に……。
「ノルシアさん、左右の二人の荷物運びをちゃんと手伝いましょう」
——と手ぶらでそそくさと女中の後をついて行こうとしている竜に対して申しつけて起きました。
女中の案内で凄くこぢんまりした——宮殿に比べると——部屋に案内されました。これでも屋敷の中で一番大きな客室をあてがってくれたようです。エレシアちゃんと一緒の部屋になるので良いことにしましょう。
「いえ、賢者様は、ノルシアさんと同室で、エレシア様には私がつきます……」
……と筆頭秘書官が申しています。
この屋敷の主エリウは庶民派の一人で一番若手議員だそうです。それでも頭の方が少し寂しいらしく頭に布を巻いており太鼓の様なお腹をしています。商人の出身と言う話で商人は恰幅が良い方が信頼が得られるのだと言っていました。
その夜の夕飯について特筆する事はありません。白い普通のパンと普通に焼いた羊肉に香草と香辛料をかけたものだけでした。「うちはさほど金持ちではないので宮殿の様な豪華な料理は準備できぬのじゃ」と言っています。
食べものに何か変なものが混ぜられていないかを筆頭書記官に警戒するように言われましたが特にそのようなものは見つかりませんでした。デザートの方はちょっと変わっていました。羊の乳から水分を分離して砂糖と卵黄を混ぜて固めたアイスクリームと言うものが出てきました。
「これは近頃庶民で流行っているスイーツでな」とエリウが得意げに言います。それは乳を固めたものですが氷より冷たいのにしっとりまったりしていました。かき氷との大きな違いはかき氷の方が口の中でサクッとした歯ごたえがして舌の上でジンワリ溶けていくのに対してこのアイスクリームと言うものは口の中でフワッと溶けていくのです。「これは暑い時期に食べたいのですが冬の暖房の良く効いた部屋で食べるのもオツなものです」とエリウは言っていました。




