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ハイエルフの人間学入門  作者: みし
第三章 アルビス市民国編
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アルビス市民国編3 宮殿の巻

 外交官と頭髪の無い男が戻ってくると少し気になったところがあるので尋ねることにしました。


「ところでこの国では屋内で帽子は脱ぐものなるのでしょうか?」


 頭髪がない事ではなく市民が付けている頭に布を巻くタイプの帽子を付けていない事が少し気になったのです。


「いや、公の場所であれば屋内でも帽子をかぶるのが礼儀と言うものです」


「それでは何故、帽子をかぶっていないのでしょうか?」


「……ああ、どこかに落としてきてしまった……」


 頭髪の無い男は頭に手を当てておかしい事に気がつき慌てて帽子を探しに行きます。すぐ気がつくと思うのですが……うっかりさんでしょうか?まぁ自分も目の前に置いた薬草をどこかにしまい込んでしまったと探す事がよくあるのであまり人のことは言えませんけど……。


 男が帽子を探しにいっている間に宮殿の内部を拝見する事にします。バーユ宮殿は外から見ると窓が高い所にしかない無い素っ気ない建物でしたが内部は中央にロの字状の大きな中庭があり長方形の大きな池があります。それを囲む様にアーチの柱で区切られた回廊が廻らせ、その奥に部屋が配置されています。石で作られた柱には幾何学的な紋様が刻まれており建物は中庭から光を取り込む仕組みになっています。どうやらアルビスの建物は外から見るより内側から見た方が見栄えがするように作られている様です。これは夏を涼しく過ごためのギミックの様です。宮殿全体はこのロの字をいくつか組み合わせた構造になっており、四つ角に尖塔が存在します。尖塔の一番上には鐘付き部屋と展望施設があるようです。


 しばらくするとさきほどの男が小走りに布切れを抱えて息を切らして戻ってきました。


「うむ汚れては居ないな」


 布をはたきながら汚れを確認すると男は丁寧に頭に布を巻き付けていました。布が巻き付けられると帽子みたいな感じになりました。


「これは失礼をいたした。どうも頭の滑りが良すぎてな。帽子が良くすべり落ちてしまうのだ。改めてエルフの王国の皆様。ようこそ、ここはアルビス市民国の総督の館、バーユ宮殿で御座います。皆様にはここの一角を使って頂きたいと思います。しかし総督は現在所用で不在でしてな日暮二刻ぐらいにならないと戻っては来ませぬ。それまで部屋の中でくつろぐなり街を散策するなりしてお過ごしくだされ」


「ところで日暮二刻とは何時のことでしょうか?」


「ひ……日暮二刻は、日が暮れてから二番目の時を差します。ア……アルビスでは昼と夜をそれぞれ……六分割して時間を表記……します。六等分した時間を一刻と呼んでいます。そして日暮時を日暮一刻と良い、それから一刻たった時間を日暮二刻と言います。ひ……日の出の時間を夜明一刻といって、正午はそれから三刻経った時間なりゅの……で夜明四刻になります」エレシアちゃんが言います


「エレシアちゃん、よく知ってますね」


「こ……この日の為に一生懸命フェルパイアの文化を覚えましたから」


 エレシアちゃんは努力家なのです。ここはいっぱい褒めちぎるに限ります。筆頭書記官(オーガ・ロード)が何故かニコニコして居ますが気のせいでしょう。


 エレシアちゃん派遣団にあてがわれた一角に案内されると、それぞれ割り当てられた部屋に荷物を片付け、今後の予定について話をする事になりました。因みに私は竜と同じ部屋で、残念ながらエレシアちゃんと同じ部屋ではありませんでした。エレシアちゃんの部屋は一人部屋ですが左右の二人が護衛として泊まり込むそうです。筆頭秘書官にその任務は私が変わりにやりましょうと提案しましたが、『それは依頼内容には入っていません』と(にべ)も無く断られました。特に部屋に置くものは無いので素早く軽装に着替えるとそのままホールに向かいます。ちなみに、このホールはエレシアちゃん派遣団用スペースの一部で給仕や掃除の人達しか出入りできないようにされているので、アルビスの偉い人達もここにはやってこれないそうです。


 秘書官(筆頭が付かない方です)の説明によればアルビス市民国には七日ほど滞在するそうです。《《ほど》》とはっきりしていないのは、この次に向かうイルム王国との調整がまだ着いていないと言う話です。それ以外にもデレス君主国との取り決めやその後の方針を王国の都に早馬で届ける必要があり、そのための人員がエルフの王国から来るのを待つ必要もあるそうです。何やら疲れ果てている外交官さんは手紙を持って王都に帰る必要があり、変わりの外交官がアルビスに来たら交代でそのまま今までのルートを逆にたどってエルフの王国の首都まで帰るそうです。


「……外交官はこういう仕事ですからね」


 外交官さんは虚ろな目をしながら諦観した様に言っていました。


 ちなみにアルビス市民国の中にはエルフの王国の非公式な公使館があり、そこにはエルフの王国の役人が常駐しています。この公使の仕事はフェルパイア連合とエルフの王国の間の中継で主に補給や物資の調達を行っているそうです。


 エレシアちゃんと筆頭秘書官は打ち合わせがある様で少し遅れてくるので、その間に何か飲み物でも頼む事にします。どうせならアルビス(ここ)でしか飲めなさそうな飲み物を飲んでみたいものです。


 ホールの隅には紐がぶら下がっていて、それを引っ張ると鐘が鳴ります。鐘が鳴り終わるか終わらないかのタイミングで侍従が走ってやってきました。侍従もやはり頭に布で巻く帽子をかぶっています。そこでどのような飲み物があるかと言う蜂蜜水と言うものがあり、少し気になったのでそれを頼むことにしました。


 侍従は小走りに下がるとすぐにお盆の上に蜂蜜水の入った陶器の瓶とカップを持って戻ってきました。


「……これが蜂蜜水ですか?」


 侍従が瓶の中に入って居る薄い黄色みを帯びたお湯をカップに注いでいるのを見ながら聞いてみました。


「はい、蜂蜜を水で割って、柑橘類を搾って混ぜたものです。今は冬場なので温めてあります」


 飲んでみるとくどくなくサッパリした甘味にほんのりした酸味——酸っぱい柑橘類の汁の様です——が口の中に広がります。これは割と飲みやすい飲み物の様です。冬場なので温かくしたということは夏場は冷たくして飲むのでしょう。


 エレシアちゃんが来るまで私と(ノルシア)と秘書官はフェルパイア・カードをして時間を潰していました。フェルパイア・カードと言うのはフェルパイア連合で有名な遊びで、水、火、土、風の四種類の記号と1から9までの数字がかかれた三十六枚の数札と二十六枚の切り札と呼ばれる絵札の全六十二枚の葦紙で作ったカードを使って遊ぶゲームです。同じ大きさの紙や板があれば自作できそうな感じです。実際のフェルパイアの人達もそのように自作したカードで遊ぶことあるそうですが、ここにあるカードは宮殿の備品で裏面にはカラフルな幾何学的模様、表面は縁には豪華な意匠が描かれ切り札は沢山の色を使っており、切り札のカードにはその意味を示す綺麗な絵——魔法使い、剣士、狩人と言ったモノです——が描かれています。


 フェルパイア・カードを使って出来る遊びは何種類かあるそうですが、その中でも簡単な配ったカードを一枚伏せてだし一番大きな数字を出したものが勝つと言う《総取りゲーム》をやります。もっと複雑なルールの遊びもあるそうですが、フェルパイア・カードの遊び方を知っているのがこの中では秘書官以外に居ないので簡単なゲームを教えてもらって遊ぶ事にしました。《総取りゲーム》は通常四人でやるゲームですが、三人で遊ぶ事も出来ます。三人でゲームをする場合は一人二十枚ずつ配るやり方とをノンプレイヤーを一人おいて十五枚ずつ配り、ノンプレイヤーは上から順番に自動的にカードをめくるやり方があります。このノンプレヤーを置くやり方は、駆け引き中心になる四人プレイより偶然性がかなり高くなるのでギャンブルでよく行われる遊び方だそうです。


「本当に金銭をかけると盛り上がるんです」と秘書官が言います。


「……そうですか、また勝ちました」


 三人が一斉にカードをめくると竜は一番強い皇帝、秘書官は魔法使い、ノンプレイヤーは風の6、私は切り札で一番弱い道化師を出して革命の総取りです。切り札の中では皇帝が一番強く、道化師が一番弱いのですが、皇帝が場に出ている時に限り道化師が最強になります。これを革命の総取りと呼びます。


「これで負けるとは我は解せぬぞ」


「そう言うルールですから」


 秘書官が竜をたしなめています。


 《総取りゲーム》を十回やって十回ほど私が勝ちました。十一回目のカードを配ろうとしたタイミングでエレシアちゃんと筆頭秘書官が戻ってきました。


 筆頭秘書官はゆっくり合図をするとこれからの予定に関しての説明を始めました。アルビス総督による晩餐会が日暮二刻(19時半頃)から行われるそうです。今は夜明五刻(14時ぐらい)前なので晩餐会までかなりの時間があるとの事。それまでの間が暇になるのでその間は自由行動とし日没の鐘が鳴ったら宮殿まで戻ってくる事になりました。


「外出した場合、日没の鐘の音がしたら迷わず戻ってきてください。迷いそうなら案内(ガイド)を付けさせます。買い食いは禁止ですよ特にそこのお二人さん。」


 筆頭秘書官がこちらの方を見ています……恐らく竜の事を言っているのでしょう。


「賢者様もです。食べ過ぎて晩餐会で食べられないと言うのはおやめください」


 ……え、私もでしょうか?


「それから滞在時に必要な分の貨幣を渡して起きますが使いすぎない様に」


 ほとんど存在感の無い会計がそれぞれに貨幣の詰まった袋を配りました。しかしこの会計の存在感の無さは相当なもので油断している薄い本の中に出てくる忍びの様に消えてしまいます。目をこらしていてもうっかり見逃してしまうレベルでこの才能は会計にしておくのは逆にもったいない気もします。会計から貰った袋の中を覗いてみると帝国金貨が十数枚と帝国銀貨が十数枚入って居ました。金貨十枚は無理をしなければ一家四人が一年暮らせる金額だそうなのでかなりの金額です。ここで言う帝国とはフェルパイアの南にあるティルティス朝のことをさし、現状フェルパイアと一触即発の状況になっています。


 エレシアちゃん派遣団の目的の一つは帝国とフェルパイアの間で戦争が起きそうか、起きるならどの時期か、起きた場合エルフの王国が中立を維持するかフェルパイアを支援するかどうかを調査する事です。


 話がそれましたが、帝国金貨、銀貨はその表面には皇帝肖像らしいモノが刻んであり一目で見るだけでそれと分かります。肖像にはいくつかの種類があり、これは作られた時代が違うと言うことです。帝国金貨にはその時の皇帝の肖像画を刻むそうで、金貨の肖像を見れば何時の時代に作られた金貨が大体わかるそうです。ただしたまに偽の金貨も混じっているらしいです。金貨の中に金がどれぐらい入って居るかは見ればすぐ分かりますがおおむね金貨の八割が金で後は銀や銅を混ぜている事が多いです。エルフ金貨は八割で一定しておりディベーユ金貨は若干少なくばらつきがあります。つまりこれより少なければ偽金の可能性があります。しかし帝国金貨は他の金貨よりあきらかに金の量が少ないです。とある肖像の金貨は六割ぐらいしかありません。この金貨はいつのものか外交官に聞いてみたところ、今の皇帝の肖像と言う話でした。そうすると最近になるほど金の量が減っている事になります。これでも偽金では無いそうです。


 フェルパイアでは通常ディベーユ金貨というフェルパイアの二大国の一つであるディベーユ共和国が発行した金貨が使われるのですがアルビスでは帝国金貨の方が使われているそうです。会計の話によると帝国金貨が主流になったのはここ十年ぐらいで、それ以前はアルビスもディベーユ金貨を使っていたと言う話です。しかし最近では市場でも帝国金貨しか受け付けない店も増えておりディベーユ金貨・銀貨だと使いにくいので今回は帝国金貨を配ったそうです。

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