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ハイエルフの人間学入門  作者: みし
第三章 アルビス市民国編
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アルビス市民国編2 城内の巻

 アルビス市街の北側の荒れ果てた区画を通り抜けるとその次はこぢんまりした土煉瓦作りの建物が無機質に並んでいます。先程通過した奴隷地区の様に荒れ果ててはいませんが赤茶けた似たような建物に茶色い道が広がる街並みが殺風景に見えます。何より建物に窓が一つも無いのがより荒涼感を増倍させていました。ついでに吹き付ける風が道路の砂を舞い散らし荒涼な風景を更に殺風景にみせています。埃っぽい街の通りでは小さい子ども達が遊んでいるのを見るぐらいでかなり閑散としています。それからあばら骨をむき出しにした疥癬(かいせん)まみれの痩せこけた犬たちが路上を我が物顔にしながら寝そべったり餌を探して彷徨(うろ)いています。馬車が通るには路上を彷徨いている犬が邪魔なので御者達は時々馬車を止めては犬を追い立てています。そのおかげで馬車が中々前に進みません。アルビスの市民たちは普段この場所をどのように通過しているのでしょう。御者達が犬を追い立てている間、馬車の中に居ても暇なので外でそのを様子を見ていました。


「ここは何処でしょうか?」


 同じように馬車から降りてきてい清掃係の言葉遣いが丁寧な方つまり左の方が説明します。


「ここは準市民の居住区です。この時間は大半の準市民は市民が多数でる中央区の方に働きにでかけているので、あまり大人はいません。居るのは子どもと育てている母親か雑貨を作っている職人ぐらいでしょう」


「この犬たちはどうしてここに寝そべっているのでしょうか?」


「この犬は街の清掃屋だそうです。道ばたに転がっているモノを掃除するために放し飼いにされているそうです。準市民地区を清掃すべき人達も中央区の清掃に全員借り出されていますから人の代わりに犬がこの地域の清掃をしているそうです」


「それにしては随分痩せこけていますよ。ここの人達はちゃんと餌を与えているのでしょうか?」


「放し飼いしている犬に餌を与える事はこの国の法律では禁じられています。見つかれば厳しい罰を受けるので誰も餌を与えられないのです」


「そのような法律誰が決めたのでしょうか?」


「アルビス市民国の庶民派議員が中心に成立させたと聞いております。なんでも『人の食べ物を犬が貪ことはまかりならぬ。そのような余裕があるなら困窮している市民に与えるべきだ。犬の権利より市民の権利が優先されるのは当然だ』と言う意見を上程して法律を成立させたと言う噂です。それ以前にフェルパイアでは犬は不浄の存在と考えられていますのでそれ以前に近づきたがりません。マースドライアの教えでも『犬は不浄なり。その身を清めんと欲するなら犬に触れてはならぬ。仮に触れたならば神の為にその身を清めるべし』などと書かれているそうです」


 フェルパイアでは犬は不浄と考えられているようです。特にフェルパイア地方に信者の多いマースドライア教では教典に明記されているため犬は避けて通るものらしいです。それはともかく庶民派と言うのは一体何の事でしょうか?


「ところで庶民派と言うのはどういうしろものでしょうか?」


「アルビス市国は市民によって選ばれた七人の評議員により政治が執り行われています。そのためこの国は市民国と呼ばれています。アルビス市民のためのアルビス市民国です。ちなみにこの政体を民主政。市民全部が直接政治に関わらないので間接民主制と呼びます。直接民主制を取っている国はこの政体を寡頭政と呼ぶこともありますが寡頭政とは違います。寡頭政は少数の貴族もしくは軍閥が政治の実権を握っている政体を差します。それから一見民主政を取りながら実質一人が全権力を握っている政体に関しては僭主政と呼びます。僭主政を取っている国で有名な所と言えばディフス国でしょうか?それで話がそれましたが七人の評議員の中で貧困市民の権利を優先して向上させるべきだと主張しているのが庶民派でそれより国を富ませるのを優先すべきだと言うが富裕派と読んでいます。基本的にアルビスの評議員会は、この2つの勢力が拮抗しており数年に一度の選挙で、どちらかに天秤が傾きそのたびに政策が大きく変わるそうです。あ、選挙と言うのはどの市民が一番評議員に適しているのかを市民同士が選ぶ事です。そして今現在は四対三で庶民派の方が優勢になっています。だから庶民派の政策が通り安くなっています」


 ここまで聞いて、庶民派の言い分が少し腑に落ちませんでした。庶民の暮らしより先に国が富んだ方が結果的に貧困な市民も富むのではないのでは無いかと愚行します。話に聞く貧困と言うのは富がどこかに滞っている状態を指すのでしょう。言わば隅々まで行き届いていない水路の末節みたいなものです。それなら、水路の詰まっている部分の泥やゴミを取り除いて大量の水を流し込むべきだと思います。そうすれば隅々まで水が行き渡ります。それを水路の掃除もせずに水が滞っている場所に直接に水を運ぶだけと言うのが庶民派の主張に聞こえました。それは幾分無駄すぎる気がします。しかし数年という随分短い時間。その須臾(しゅゆ)で一体何が出来るのでしょうか?それを考えた上でこのような考えを持っているのかも知れません。人間さんはとってもせっかちなのでしょう。通常こういうことは百年ぐらい腰を据えて話し合って決めるべきことだと思います……とはいえ、私にとって百年はほんの少しですが、短命な人間さん達は生きている自分すら想像できないのですよね……。こういうことを考えても意味はないので質問を変えてみました。


「七人の評議員、それがアルビス市国の政体と言う事ですね。話は変わりますが、ところで準市民のと言うのはどういうものでしょうか?」


「準市民と言うのは、この国の市民の一つ下の階級で居住の自由と納税の義務と負うが政治に参加できない階級を指すそうです。更にその下に農奴と言うのが居てこれは居住の自由を持たず、納税の義務も負う者達の事を差すそうです。農奴の大半は農地に紐付けられているので農奴と呼びならわしているそうです」


「農地と紐付けられているとはどういうことでしょうか?」


「国に与えられた農地を耕作することが農奴の義務で、その耕作地は国によって指定され産まれてから死ぬまで原則変更されることはないのです。そして農奴はその農地のある村から許可無く出ることも許されていません。しかしその農奴の下に納税の義務を負わないが身体の自由もない奴隷がいます」


「奴隷より農奴の方がマシと言う事でしょうか?」


「少なくとも食糧と勝手に殺されない権利が保障されている点では農奴の方がマシです。市民が農奴を殺した場合、厳しい処罰を受けますが、奴隷はせいぜい罰金どまりですから」


「そうするとアルビスの市民はお金を積めば奴隷を自由に殺せると言う事になりませんか?」


「実際にそんな事をする人は流石にいません。マースドライアの教典には、建前とは言え『女性も奴隷も区別なく慈しみなさい』と書かれているそうです。それに国家財産の毀損にもなりますからそのような行為は、法学官の教令で厳しい処分を受けるのではないかと思います」


「国家財産の毀損ですか?」


「ええ、アルビス市民国に於いては奴隷は市民の財産で、市民の財産を集めたものが国家の財産になります。なので無闇に殺してはいけないわけです」


 ——とは言え奴隷をあのような場所に住ませていたらすぐに死んでしまいそうな気もします。


「それから法学官とはなんでしょうか?」


「法学官はマースドライア教の教典を深く学んだものに与えられる称号です。アルビスの場合はアルビス大学神学科の卒業認定証を持つかそれに準じる市民で、その後十年以上マースの教典に学び深く精通したものと定義されているようです。彼等法学官は独自に法を解釈する権利を持っているそうです」


 今までの説明を整理するとアルビス市民国に済んでいる人間には階級があり、一番上が自由民である市民、その次が参政権を持たないがある程度自由に生活できる準市民、農地に縛り付けられて一生を終える農奴、国家か市民の所有物の奴隷の四つの階級に分かれているそうです。評議員を選ぶ権利である参政権は市民のみが持ち、数年に一回市民が選挙を行い評議員と言うものを七名選出するそうです。この七名の多数決でアルビス市民国の政治を執り行うと言うことだそうです。評議員は大きく庶民派と呼ばれる勢力と富裕派と呼ばれる勢力がおり、それぞれの政策でせめぎ合っている様です。


 それにしても遅々として馬車が進まないのは流石の私も少しイラっとしたので犬に対して「邪魔だからどいてください」とお願いするとその瞬間犬たちはびっくりした様に起き上がり路上の隅の方に逃げています。中にはひっくり返ってお腹を見せてばたついている犬も居ます。何かおびえているようですけど、単にお願いしただけですけど……。取りあえず犬達は無視して馬車はそのまま準市民の居住区を通り過ぎていき真っ直ぐ中央区の方に進んで行きます。中央区はその名前の通りこのアルビス市の中心にあり議会、闘技場、宮殿、市民広場、中央市場などの公共施設がある場所です。しかし市民国なのになぜ宮殿があるのでしょうか?そのあたりを未だに私とエレシアちゃんの馬車に乗り込んでいる筆頭秘書官に聞いてみました。


「アルビス市民国は七人の評議員の投票で終身総督を決めます。終身総督は任期に期限が無く引退するか死ぬまでその地位に就いている終身国家元首(ドージェ)で議会以外の国家運営のとりまとめをしております。エルフの王国でいえば官僚の長——つまり宰相みたいなものでしょうか?——その総督が公務を執り行うところがバーユ宮殿と呼ばれています——あそこに見える大きな建物がそうです。それを宮殿と呼び現すのは元々アルビスを含めてた北部の複数の国家が数百年前一つの王国に支配されたときに関係あるらしいのですが詳しくは知りません。そして宮殿の前に広がるのが市民広場で反対側にあるのが市民議会です。それから少し離れた場所にある大きな円形の建物が闘技場になります。アルビス市の闘技場と言うのはフェルパイア連合の中でも有名で周辺の国からも見物客が来るそうです。闘技場はかなり大きくはっきりとはしませんが一度に数万も入れるそうです。百年程前にアルビス市の全市民を招いたイベントが闘技場であったのですが全市民が入ってもまだ入れる余裕があったのですよ。私この目で見たので間違いないです」


 それはかなり大きそうな建物なので一度見てみたいとは思いました。闘技場というからには兵士達が模擬戦をしているところを見物する所でしょうか?そういえばデレス君主国のデレス相撲で興奮していた筆頭秘書官が闘技場みたいなところに出入りしていても不思議ではありません。


 それから図書館もあるそうです。ここは一番最初に見ておきたい場所です。もしかしたら掘り出し物の本が見つかるかも知れません。


 中央区の方は人が忙しく行き交っていました。良く目につくのは荷物を運んでいる人達です。そこには準市民らしき人達が多く奴隷らしき人達が沢山混じっている様な感じでした。奴隷らしき人達の多くは首から札をぶらさげて襤褸切れの布を纏って歩いているのですぐ分かります。一方それ以外の人達は男性はほとんど頭の上に布をまいた帽子をかぶっており、女性はほとんど黒いワンピースで全身を覆っており更に顔が隠れるような大きなフードをかぶっています。


「あの格好で人の区別が付くのでしょうか?」


「区別が付いても困るのではないでしょうか?マースドライア教では女性が外を出歩く事があまり推奨されていないので、いろいろと分からない方が都合がいいそうです。まぁ知っている人が見れば分かるでしょうけど……あと、肌を見せるのも好ましくないとされています。賢者様もをローブなど羽織って身体を覆い隠した方がよろしいかと思います」


 筆頭秘書官が言います。ローブはかなり動きづらいので勘弁したいと思います。そもそも魔法剣士とローブの相性は悪いと思うので着るのにかなり抵抗があるのです。ただし、もう少し寒ければ外套(マント)を羽織ろうと思います。


 そして馬車は市民広場を通り過ぎて宮殿の中に乗り込んでいきます。宮殿の門をくぐり抜けるとそこに広間があります。ここは表の中央広場と打ってかわり静寂が支配しています。ここで私達は馬車を降り、馬車は奥にある馬車置き場の方へ向かいました。


「これはエルフの王国の客人の皆様ようこそいらっしゃいました。お疲れでしょうし、ゆるりとお休みください」


 馬車置き場を出ると頭髪の無い男が現れ挨拶をします。この頭髪の無い男はこの宮殿の役人だそうです。


 外交官は頭髪のない男に挨拶すると二人で奥まったところにある部屋に向かいました。恐らくその部屋は宮殿に入る手続きなどを処理する部屋だと思われます。そこで外交官と頭髪のない男は打ち合わせをして居ると思います。


 しかしその間もこちらを珍しげに見るような視線を複数感じました。


「ここの人達にとってエルフは珍しい存在でしょうか?」


 筆頭秘書官に聞いてみました。


「アルビス市民国はフェルパイア連合の入口にあるのでエルフの行き来は少ないとは言えませんし、ここには公使館もありますので、そこまで珍しい存在だとは思いません。ただ庶民はあまり見る機会が無いですし珍しいかも知れません。たまに闘技場で見るか、ただハーフエルフの冒険者や商人などは割と見かけるそうです」


 しかし、周りからは好奇の視線を浴びている感じがしています。少し自意識過剰でしょうか?


「しかしデレス君主国ではそう言う視線で見られませんでしたけど」


「あの国は特殊です。ドワーフだろうが蜥蜴人(リザードマン)だろうが、ゴブリンやオークでも無い限り同じ対応をするでしょう。デレス人は異国の人に対してはどのような姿をしていても同じ扱いをしますから」


「それとも黒い服を着込んでいないからでしょうか?」


「それは有るかも知れません。先程も言いましたが、顔をさらして道中を歩く女性はほとんどいませんね。仮に居たとしても妓女や剣闘奴の類ぐらいですから」


「ところで妓女とは何でしょうか?」


「賢者様は知らなくても良い言葉です」


 筆頭秘書官は焦りながら言いました。妙に引っかかる物言いで気になるので暇があれ妓女についても図書館で調べてみましょう。


「……それより滞在中は他の女性と同じように黒い服を着込んだ方が良いと思います。賢者様は黒いローブがお似合いだと思います『森に入りては森の掟に従え』と言いますし。是非着ましょう」


 取り繕う様に後から付け足していました。


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