エルフの王国3 お風呂の巻
それでは私は今どこにいるでしょう? —— この本を読んでいる方は心の中で答えてください。
正解です。お風呂におります。正確には風呂場の前にある脱衣所にいます。これからお風呂に入るところです。
それでまずは服を脱ぎたいと思います。服は土埃まみれですし、そろそろ洗濯する必要あるかも知れません。洗濯の必要が無い服を作るべきだったと少し反省します。洗濯しなくても汚れない服を作ればいちいち着替えなくても楽ですよね。心に汚れない服について書き留めておきます。それから雑に服を脱ぎ捨てまして雑に籠に放りこんでおきます。
それではお風呂に向かって走りたいところですが、ここでは走ってはいけません。久しぶりのお風呂に思わず取り乱してしまうところです。
気を取り直してゆっくりお風呂場に向かう事にします。お風呂場の扉をあけるとそこには大きなお風呂場が広がっております。洗い場も広いですが、浴槽もかなり広いです。軽く泳げるくらいの大きさがあります。
それでは洗い場で一から身体を洗うことにいたします。まずかけ湯をしまして私特製の石鹸を泡立ていきます。泡が徐々に泡立ってきます。この特製石鹸で身体を洗うと肌がつるつるになるのです。まず先に髪を洗い流していきます。髪も旅で大分汚れてしましましたからそろそろ丁寧に手入れしないといけません。この特製石鹸で髪の毛をあらうとたちどころにツヤツヤになります。
「賢者様、お邪魔します」
髪を洗い流して身体を洗おうとしたら風呂場の中に声が聞こえてきました。一瞬、空耳かと思いましたがお風呂場の入口には王女様とおつきの人達が立っておりました。
しかし、王女様は良い柔肌を持っています。胸の双球の緩いカーブと腰からお尻へのカーブがなんとも言いがたいと申しますか、何だか興奮してしまいます。曲線の美学を追究する者として大変良いモノを見させていただきました。恐らくハイ=エルフは曲線を愛する生き物なのです。直線より曲線の美を追究するのです。特に緩い曲線は至極の産物です。直線と曲線が曖昧なほど美しいものです。それにくらべておつきは……及第点と言うところでしょうか。曲線が急すぎますね。やはり王女様が一番飛び抜けてます。大変良いモノを持っています。取りあえず品評はこれぐらいにしておきましょう。
「王女様もお風呂でしょうか?」
「はい、私も一緒にお風呂に入りたいと思いまして……。ところでその泡は一体ななのでしょうか?」
「これですか、これは私特製の肌を綺麗にする石鹸です」
特製石鹸の効能を一から説明します。肌を
「あ、あの、賢者様、私にも使わせていただけませんか?」
特製石鹸に興味ありそうですね。
「良いですけど、ただし注意して使ってくださいね。泡立てすぎると風呂場の中が泡だらけになります」
「それでは、使い方を教えてください……お隣に座ってよろしいでしょうか?」
「ああ良いですよ」
なにか甘ったるい良い香りがするような気がします。王家の風格というか……それはただの気の所為でしょう。石鹸の使い方を細かく説明すると侍女が石鹸を泡立てて王女の身体を洗っていきます。面倒な事を気がしている気がします。これが王家の格とか品格とか言うやつなのでしょうか……。お付きの者に身体を洗わせるのが……それを見ながら王族と言うのは酷く面倒なものだと思いました。何時もおつきの人が周りにいて、あれこれ邪魔するようです。こういうのは自分で全部やったほうが早くて楽な気がします。
「ところで賢者様には、おつきの人は居られ無いのでしょうか?」
こちらが聞こうとした質問と真逆の質問を王女が不思議そうに聞いてききました。
「そう言うものはおりません。そもそも里にはそう仕事はありません」
「それでは一人侍女をお付けしましょうか?何なりとお申し付けてください。夜伽を命じても構いませんので」
「お風呂をいただいただけでも恐縮なのにそこまでされると困ります」
そもそも侍女などつけれたら面倒です。どうやって接したら良いのですか……。ハイ・エルフには対等な関係しか存在しないのです。人に命令とかすることなどありませんのよ。それより夜伽とは何でしょうか……これは流石に不味いです。そもそも賢者らしくない行動ですよね。そう言うことで丁重にお断りしておきます。
「それでは私めが困ります……。せっかく賢者様が現れたと言うのに何もして差し上げられないと言うのは……」
この王女様、今度は泣き落としに来ましたよ。バレバレな嘘泣きですがどう対応してよいのか困ります。
「それでは分かりました。丁度調べたいものがありますのでそれに付き合ってくれる人を一人お願いします」
調べたいと言うのは本当の事です。ちょうど買い物と言うものがどういうものか調べてみたいと思っていたところです。都に行く前にいろいろな道具を買っておかないと行けなさそうな気がします。特に釣り道具と替えの服が必要な気がします。
「それでは侍女に案内させますので、何なりとお申し付けしてやってください」
「恐縮します……」
「ところで、この石鹸気持ちいいですねぇ」
「それでしたら一つ差し上げます」
「こ、これを……いただけるのでしょうか」
王女様がとても驚いてます。
「無くなればまた作れば良いだけです」
自家製の特製石鹸ですから無くなれば作れば良い代物です。その辺で材料を集めてくれば後は場所と時間さえあれば恐らく誰でも作れるモノだと思います。
「ああ、賢者様は、石鹸までも自分でお作りになられるのですね。しかもこのような大変貴重な高級品をお分けいただけるとか。このフィーニア万感の思いをおって……」
王女様がなんか感動してます。そろそろ墓穴を掘りそうな気もしますので話を切り上げて泡を流してお風呂に浸かることにします。それにせっかく湯船が待っておられるのに何時までも入らないと言うのは湯船に大変失礼な行為です。
「いや、気持ちいいですねぇ」
やはり湯船に浸かるのは気持ちいいものです。それだけで一日の疲れが消し飛びます。なにか今日は一日大変でしたが全部忘れて仕舞いそうな感じです。忘れてはいけませんよね。後でキチンと日記を書かないとかないといけません……心のメモにはしっかり書き留めてありますけど、重要な事は紙に書き記しておく必要があります……例えば至極の曲線の事……。
湯船につかってしばらくしたら王女達も湯船に入ってきました。……しかし、この湯船に一体何人ぐらい入れるのでしょうか……とても広いのです。里の人が全員入れそうな気もします……流石にそれはオーバーな表現ですが家にこんなに大きいお風呂要りません。家の中は三人ですし。むしろ一人でお風呂に入りながらゆっくり本でも読むほうが気分いいものです。家に不相応に大きすぎるお風呂と言うのは恐らく落ち着かないでしょう。
王女達と対角線上に入っていたのですが、王女が徐々にこちらの方に寄ってくる気がします……。そろそろお風呂からの出どきでしょう。王女様に挨拶してからお風呂場から出て行くことにします。しかし人が多いとなんだかとても疲れます。里にはこんなに沢山の人は居ませんので気疲れや音疲れがします。
出るといきなり、メイドさんが現れて、部屋を既に用意しておりますと言われて連れて行かれました。
これはどういう寝室なのでしょう。家が一つ入りそうなほどの大きな部屋の中に一つ大きな寝台が置いてあります。その横に姿見などが置いてあります。しかしとても大きい寝台です。ここには誰が寝るのでしょう……どうみても巨人用の寝台なのです。今日、ここに寝るのはどうやら私の様です。
まずは姿見で髪をとかして束ねていきます。先程の泡の効果で髪がツヤツヤしています。
そういえば部屋に案内されたときにメイドさんに『後で宴がありますので、また呼びに参ります』と言われた気がします。そういえばまだ夕ご飯を食べておりませんでした。恐らく宴で何か食べられるますよね。
宴とか言うので何かやらされると思いましたが普通の立食パーティでした。立食パーティなら時々家でもやります。ただし集まっても数人で、ここでの宴の様に数十人も集まったりはしません。家でのパーティは、油断すると芸やらされるので実はあまり好きではないのです。特に姉には、いつもの歌を聴かせてとなどとおねだりされたりします。勿論、姉の為に声帯を震わせるとか時間と声帯の無駄なので無視しております。
ここは食事を楽しむ事にします。ここのエルフの言葉はなんとなく分かってきましたが元々本の知識がベースなので時々おかしな言葉遣いや言い回しになっている様です。うっかり変な事を口走らないように気を付けながら大皿の上から食べ物をかすめ取っていきます。しかし好奇な視線を時々感じます。確かに耳だけでも目立ちますし髪の色も地味なので逆に目立ちそうです。とにかく何かしら耳を隠すモノとか用意した方が良いかもしれません。例えばフードをかぶると賢者の様な雰囲気がでて良いかも知れません。しかし、賢者に見られるのも困りますので地元民に紛れ混まれる様にした方が良いかも知れません。うまく幻術を使えばなりすませそうな気もします。
食事は里では見ないモノがイロイロありました。それも一つ一つ手間をかけているようです。味も美味しいものばかりでます。少なくとも昨日の夕飯よりは美味しゅうございました。
それはともかく賢者様と呼ばれて居る現状をどうにか打開しないと行けないような気がします。
賢者には何でも知っているような語幹があります。その事で国の歴史や政治の仕組みついて聞こうとしても非常聞きづらい状態です。人間さんについてもイロイロ聞きたい事があります。
という訳でこの街はさっくり通り抜けて都の方に向かってみることにします。上手く旅行者に紛れ込んでしまえば大丈夫だと思います。
少なくとも宴の間は墓穴掘らないようにしばらく大人しくしていることにします。そもそもこういう場所でどうしたら良いのか知りません。里でやる宴の場合は知り合いしかおりません。そもそも里の中に居るのは顔見知りだけです。それも何百年と言う付き合いがある気の置ける人ばかりです。
なので周りが誰も知らない人ばかりと言う状況がどうにも落ち着きません……。これは徐々に慣れていくしかないのでしょう……などと思いをはせながらながら取り皿の上に料理を載せていきます。
……ああ、これは焼いた鳥肉ですねこれ、しかもピリッとするものが入っています。ピリっとしたものが臭みを緩和して、鳥の甘さをより引き出しているようです。このピリっとした黒い粉は一体何でしょうか。仮に手に入ったら里に持ち帰る事にいたしましょうか……。
その時、王女が目配せしているのが目に入りました。
「王女様、一体何の用事でしょうか?」
「賢者様、お料理はどうでございますか……。料理人達も賢者様のお口に合うかどうか大変心配しておりまして、何しろ賢者様は美食についても健啖家でしょうし……」
「王女様、美味しくいただいております。ところでこの口の中でピリッとする黒い粉はなんでしょうか?」
「それは、『胡椒』と言うものらしいです」
「『胡椒』と言うのですか」
「何でも南の方で取れる香辛料だそうで、最近エルフの王国の中に流通し始めたで、価格もかなり高いもので……あまり贅沢には使えないのですが、今日は年の一度の宴の日ですので特別に大盤振る舞いしているのです」
「その年一度の宴の日にわざわざお邪魔しまして恐縮です」
「この国では秋の収穫が終わるとこのような宴を開くのです。これは収穫の神に捧げる宴で、この冬を無事乗り越えられることを神々に感謝する為の宴でございます」
冬を越すですか。大変興味深い言葉を聞きました。里の中では、そう言うことを考えた事がありません。年中食べものには困りません。その辺の草でも食べてれば過ごせます。しかし外の世界は一年周期で食べ物があったりなかったりする訳ですか……。
「来年も神々の恵みがあらんことをお祈りします」
よく分からないので適当な言葉を返しておきます。神々とはもしかして、あのひきこもり達の事でしょうか……確か里の伝承の中では十七柱あった神々が十六の椅子を廻って私達のご先祖様を巻き込んだ大きな戦争を起こし天地を引き裂いて、それが終わると見えざる月に引きこもったと伝わっております。どこまで事実かは知りませんけど。
「ああ、神に比する上級種の方から有難いお言葉をいただきまして……とても恐縮です……今日の様なとても良い日が今後もありますでしょうか……」
何かお姫様が感動しているようですが……恐縮してるのは、こちらの方です。それはともかく神に比するとか上級種とかどういう意味ですか……。ひきこもりと一緒にしては欲しくないです……他にもいくつも疑問符が浮かびます。
横に居る王女様は、なにやらそのまま上を見つめられているご様子なので話に巻き込まれない様に近くのメイドさんを捕まえて、これから休む事を告げると宴の場を退席する事に致します。
今日の記録、それから疑問点の整理、最後に明日の準備。これらを今からやらないと行けません。
しかしその前にもう一度お風呂に入りたいところです。