デレス君主国編18 新年の巻
次の朝、まだ夜が明ける前にたたき起こされます。
「んん、なんでしょうか……」もう少し寝たい所です。
「いまから初日の出を拝みにいくのじゃ」
族長が乗り込んでいました。エレシアちゃんや筆頭秘書官は既に起きていて身支度をしています。竜は……まだ寝ています。起こすのも面倒なので放置しておくことにします。左右の二人は影と一体化していました。一目でバレバレなので、
「そこの二人は何をしているのですか?」と声をかけるとビクッと動いてまた影と一体化しようとしていました。少しおかしくてクスりとしました。
「フ……フレナ様なにが面白いのでしょうか?」
「エレシアちゃん、護衛の二人が面白い事をやっているので……」
「そ……そう言えば今日は影になって私を見守るとか言っていました」
「そうですか。一目で分かりますけど」
「それが出来るのは賢者だけだ」「そうです賢者様にしか出来ませんから問題ありません」
抗議の声が聞こえてきますが、それより身支度を済ませることにします。
「早くしないと日がでちまうぞ」
「族長、流石に外で待っててください」
「ああ、これは失礼した」
天幕に居座っていた族長が出て行ったのでそそくさと準備を済ませてしまいます。巾着から衣服を取り出して早き替えするだけなのでほんの一瞬で終わりますが一応デリカシーと言うものが有ります。
「フ……フレナ様、それでは出かけましょう」
竜は相変わらずイビキをかいて寝ていますが、そっと置いていきましょう。天幕から外に出ると既に外は少し白み始めており、大勢の人達が東の空を見ています。私とエレシアちゃんとその他大勢は、東の地平線がよく見える場所に陣取り座ってその様子を見ることにします。左右の二人が隠れる影などありませんが、あの二人はじっと隠れているつもりようです。一帯どこに隠れているつもりなのでしょうか?
それはともかく時間が経つにつれて赤い光が徐々に東の空を照らしつつ、じっと待っているとやがて太陽の頭が顔を出してきます。太陽が頭を出すと周りから大きな歓声が上がってきました。全員立ち上がって腕を上に上げながら叫んでいます。族長曰く、先祖に感謝する挨拶だそうです。その儀礼は、太陽のお尻が地平線から離れるまで続きました。しかし、地平線から昇る朝日は初めて見た気がします。里は森に囲まれていて、そもそも太陽は地平線ではなく木々の上に昇るものでしたし、デレス君主国内に居る間も見る機会はありましたが日が昇るまで寝ていたので単純に見る機会が無かったわけですけど。こうして日が昇るのを見ているとなにか神秘的なモノを感じます。それに対して何か声をかけたくなるのがデレスの人達の気持ちなのでしょうか?それともご先祖様へ感謝の気持ちを表しているのでしょうか?その辺りはよく分かりません。
「新年おめでとうなのじゃ」 族長が言うので、エレシアちゃんもそれに応じて挨拶します。
年が変わったと言ってもゴブリンの軍勢が立ち去る訳ではないのでこれから最後の軍議を始めるそうです。最後の軍議には私も呼ばれているそうです。
軍議は宮殿天幕で行われるので朝食を軽く済ませるとそちらに向かいます。エレシアちゃんは筆頭秘書官と〔大ハン〕以外の大氏族に挨拶巡りをするそうです。私の方には族長が付いてきました。族長が言うには「わしは、ムルク様の後見人じゃからな」だそうです。
宮殿天幕の一番大きい仕切り部屋の中に案内されると絨毯が敷き詰められた部屋の奥には一段高い段があり、そこには複雑な細工が施された贅沢そうな椅子が置いてありました。恐らく〔大ハン〕が座る場所だと思われます。それ以外のメンバーは、絨毯の上に円形に並べた座布団の上に胡坐をかいて座っています。〔大ハン〕の椅子のある北側は大きく空いており、ここは〔大ハン〕の息子達が座る場所だそうです。
何処に座ったらいいのかよく分かりませんが、族長が言うには北面する場所であれば何処でも良いらしいです。それならばあまり目立たなさそうな場所を選んで座ることにします。よそ者の助っ人に過ぎませんのであまり目立っても困ります。それに軍議に参加するのは男ばかりなので女性と言うだけで目立ってしまいます。
座布団はやがて他所の氏族と思われる人達で埋まり北側の一角だけが残されています。そこに〔大ハン〕の次男、三男、五男、六男が左から右に座ります。三男の足は大分良くなったようでしっかりとは行かないまでもちゃんと歩いていました。ただ、まだあまり無理してはいけないと思います。ちなみに四男は居ない様です。
〔大ハン〕の息子達が座ると一拍遅れて満を持した様に〔大ハン〕一行が入ってきます。〔大ハン〕が取り巻きを連れて豪華な椅子の上に座りました。その取り巻きには昨日見たような熊や狼の格好をした巫術師が混じっていました。〔大ハン〕が部屋に入ると部屋全体には緊張した空気が張り詰め、椅子に座り〔大ハン〕が右手を挙げると緊張の糸が一瞬緩んだ空気が流れていました。ちなみ族長は六男の後ろに座ってました。曰く、『わしは後見人じゃからな』だそうです。
「なんだあれだけ指先一本でゴブリンは皆殺しだと豪語していたシドゥル様は来ないのか」五男がいきなり切り出します。会場は一瞬笑おうとして〔大ハン〕の顔を伺いそれをじっとこらえている様でした。〔大ハン〕の機嫌を損ねると恐らく死刑になるので皆さん慎重なのでしょう。
「グルクよ。シドゥルの事はそれくらいにしておけ。昨日の失態ぐらいはその後の行いで取り返せば良いのだ。それにお前もシドゥルの事は言えた身では無いでろ」
「父上、申し訳ありませんでした。先日の無作法や失態は必ずこの戦いで取り戻して見せます」
五男は、最初に見たときと変わってヤケに丁寧な口調に変わっています……。あの後、あの少女にこってり絞られたのでしょうか?などと思わず空想を廻らせてみました。
「皆のもの知っての通り、ゴブリンの軍勢がこのディルムの大地を侵略しておる。その数は万を超えておる。一刻も早く奴らを皆殺しにしご先祖様に捧げるのだ。そのための知恵求める。遠慮無く申すがよい……いやその前に賢者殿にゴブリンの軍勢について説明して貰う」
〔大ハン〕がいきなり私に話を振ってきました……。周囲の視線が一気にこちらに集中します。これでは目立たない様に座っていた意味が全くないのですが……仕方が無いようです。仕方が無いので遠目や聞き耳から推察したゴブリンの現在地やその配置、それから後ろについているオーガやトロルと言った督戦部隊について説明しました。
「……そうするとゴブリンは自分達の意思では無く強力なボスに引きつられてこちらに向かっているわけだな。このまま行けば半日後に戦闘になるだろう。まぁあの頭の弱い輩がデレスの都に一直線に来ること自体がおかしいな……と言うことは」
「はい、魔法を操るものも居ります。ゴブリンの軍前のところどころで濃い魔素が感知できます」
「それはここに居る巫術師達で対抗出来るぐらいのものか?ゴブリン巫術師ぐらいであれば羊の首を折るぐらいに簡単に倒せるぞ」
そういいながら取り巻きの熊や狼の格好した者達を見回します。彼等は胸を張ってお任せくださいと言う仕草をしました。しかし、羊の首を折るぐらいに簡単は恐らくデレスの慣用句だと思うのですが、そんなに簡単に首が折れるとは思います……それはひとまず置いときまして……
「それ以上の魔法を使うものが居ると思います。恐らく魔族か不死者の王クラスが居るのでは無いかと思います」
「しかし不死者の王であれば、トロルではなくゾンビや死霊の類を使うであろう。そうなると魔族か悪魔の類か」
「その辺りは近づいて確認しないとどうにもなりません」
「それで賢者殿はその魔族と対等に戦うことが可能か?」
「……たぶん大丈夫だと思います」
竜も居ますし魔王さえ出てこなければどうにかなる気がします。
その後、諸将を交えてどう戦うのか論戦が始まります。ここで私はお役御免なのでどのような話が行われたのかよく覚えていません。やがて議論が煮詰まり〔大ハン〕が結論を出します。
「それででは賢者殿には遊軍をお願いしよう。賢者殿はグルクを連れて行け。それからサトゥは左軍行けるか?」
「父上お任せくだい。このように足も万全です」
「……いやまだ無理しないでください」
治りかけの時に無茶するとせっかく作った薬が無駄になりまし、足がさらに悪くなってしまうでしょう。
「先生、足は無理しないように大事を取りますので大丈夫です」
どうやら賢者から先生にジョブチェンジした気がするのですが……それはともかく助言を与えておきます。馬に乗るときは裸馬ではなく轡と鐙としっかり取り付け足をしっかり固定すること、落馬しそうになったり、足に負荷がかかるようであればただちに馬を下り輿を使うなどと言う事を説明しておきます。
「ジナグには右翼を任せる。ムルクは中軍だ。ジブルよムルクをしっかり守れよ」
「この身に返られて守り通してみせるのですじゃ」と族長がかしこまっています。
「いやこの身に返られても困る。必ず生きて帰るのだ。これは〔大ハン〕の命令だ」
「は、わかりましたぞ」
それから細かい取り決めを行っていきます。〔大ハン〕は素早く的確に指示を出していくのでそれ自体はすぐに終わりました。問題は私に押しつけられた五男の扱いでしょうか……。
「それでは皆のもの戦闘準備だ。決選はアグヌ荒野だ」
〔大ハン〕が言うと「おう」と言う声が天幕内に響きました。アグヌ荒野と言うのはここから真東にある荒れ地でその先は無人の砂漠が広がって居るそうです。ゴブリン達が放牧地に入る前に決着をつけたいようです。
そして軍議が終わり解散と言う時、伝令が飛び込んで来ました。
「シドゥル様が既に軍を率いてゴブリンの軍勢に向かっています……」
「あのバカものめ……少し痛い目に合った方がいいな」
〔大ハン〕は一瞬汚物を見るような顔をして吐き捨てるように言いました。
一足先に年越ししてしまいました




