デレス君主国1 草原の巻
年内に終わりそうな目処が出たので投稿再開します。
約六日ほど枯れた草原の中をひたすら走りすぎると徐々に吹き付ける冷たい風が緩やかになってきた感じがします。地面に生えている草の数も徐々に増えている気もします。しかし、馬車の中で長時間すごすのは、はあまりに退屈なので幻影が見えている可能性も否定はしません。退屈とは言っても一応しなければならない事はあります。エレシアちゃんと会話したり、日記をまとめたり、竜を躾けたり、魔法の研究——馬車を壊すなと言われたらのであまり派手な研究は出来ませんでした——など馬車の中でもできる事は山ほどあります。
お昼が過ぎると乾いた空気のその先に人の気配を感じとります。ここまで無人の荒野が続くのも不思議なものですがそれもここで終わりでした。人以外の動物の気配も感じ取れます。むしろ人より動物の方が圧倒的に多い気がします。馬や羊が沢山居そうな気配がします。
それからしばらく馬車が進むと日が暮れ始めたところで大きな天幕が徐々に見え始めてきます。御者の言うにはデレス君主国の冬の都だそうです。
そこには、とても大きな天幕の周りに小さな天幕が散らばっており、その中でも大きな天幕には百人以上入れそうなぐらいな大きさで、小さな天幕は数人から数十人入りそうなぐらいの大きさに見えます。それでも私が持ってきた旅行用の天幕に比べればかなり大きな天幕です。
大きな天幕を囲っている小さな天幕の間をすり抜けながら大きな天幕の一つに馬車は進んで行きます。天幕のハズレには馬や羊などが群れをなして草を食んでいます……とはいってこれだけの動物を食べさせるだけの草はこの一帯には十分には無い気がします。
馬車は天幕の間に出来た道をゆっくり進んで大きな天幕の近くまで行くとそこで停止します。
「皆様、ここにデレス君主国の君主が住んでいます。失礼に当たらない様にしてください」
先に馬車から降りてきた外交官がエレシアちゃんの馬車の前に降りたって言います。
外交官が言うにはデレス君主国の首都には年が明けるまで六日ほど滞在するそうです。今日がヴェルティス(第十二の月)の第二十八日に相当しアリエス(第一の月)の第三の日まで滞在するそうです。ちなみに一月は三十日で、エルフの王国暦では白い月が新月から満月、満月から新月に戻るまでの三十日間を一ヶ月と呼んでいます。
エレシアちゃんには秘書と外交官と通訳が横につきその前を左右——エイニアとユイニア——の二人が、後ろを私と竜——ノルシア——がついて行きます。
外は日が隠れ既に暗くなっており大きな天幕の周りにはかがり火が灯されています。それを道しるべにしながら大きな天幕の方に向かっていきます。しばらくするとデレス人らしき従者がやってきてたどたどしい共通語で案内をしてくれます。
「エルフの王国の外交使節の皆様、デレス君主国にようこそおいでくださいました。これからデレスのドゥエム・大ハン様の元に案内します。道が暗いので足元には十分お気を付けてください」
ところで〔大ハン〕とは一体何でしょう?
外交官に聞いてみると〔大ハン〕とは国の君主の事らしいです。デレスの言葉で〔大ハン〕に相当する言葉を共通語に訳すのに適当な単語が無いので共通語では〔大ハン〕を君主と訳しているのだそうです。デレス君主国はデレス大ハン国と言う方が正確らしいのですが共通語では通じることが重要なので君主国と訳すそうです。
ちなみに共通語で〔君主〕と訳すのは〔大ハン〕以外にもいくつかあるそうです。そういえば、昔のどこか北の地方にある大公といくつかの公爵領——飛び地だと思いました——を掛け持ちしている一族が支配する領土を総称してをなんとか君主国と書いてあった本があったような気がしました。
従者の案内で大きな天幕の前までたどり尽きます。かがり火で出来た道はそこで途絶え天幕の前には厳つい男の戦士達が天幕の入口の左右脇に建ち並んでいます。その大きな天幕の入口は大人数人が一度に入れるぐらい広い入口で、天幕は木の枝と動物の皮と骨と布を組み合わせて出来ていますが組み立てには沢山人を動員したとしても魔法無しでは三ー四日間はかかりそうな大きさがあります。下手な屋敷よりも大きな天幕で、そこの入口をくぐる様に従者が促します。
それに応じるように左右の二人が最初に天幕の入口をくぐります。それに続いてエレシアちゃん達が天幕に入り、最後に私と竜が入ります。
天幕内は広い空間が広がっており周り火が焚かれており意外に明るいです。天幕の天井部には換気窓が着いており、そこから煙が抜け出しています。天幕の中で一日中火を焚いても大丈夫な感じです。
中に入ると絨毯が引かれ椅子や卓上らしきものはおかれておらずデレス君主国人らしき人達はほとんど絨毯の上に足を組んで座っています——胡坐と言うそうです——奥の方には座椅子に座った着飾った人が居り、恐らくこれがデレス君主国の大ハンだと思われます。その姿は身体は筋骨隆々とし血管が浮き出ています青白い肌がそれを一掃強調しています。髪は金髪、瞳は薄い碧色です。フェルパイア連合の人達の肌は茶色から褐色、髪と瞳は黒から茶色が多いそうなのでデレス人はフェルパイア人には、奇異に映るそうです。しかしながらデレス君主国の人達はここよりずっと東——里よりも更に東——に有るという北の砂漠を故郷としておりそこから西へ西へと移動して今の土地へと流れ着いたらしいので他のフェルパイア人とは見た目が大きく違うのではないかと思われます。
二人の従者が〔大ハン〕の前に立ちデレスの言葉で何かを告げている様です。通訳が言うにはエルフの王国から外交使節が来たことを説明しているようです。それとエレシアちゃんの生い立ちや立場の説明もしているようです。
「エルフの王国の人達よ。我がデレス君主国によくぞ参られた。そこに座ってゆるりとするが良い。私はデレス君主国の〔大ハン〕であるドゥエム・ウヌ・イルム・ウヌ・ディトゥ・ウヌ・ジルチ・ウヌ・ヤンジ・ウヌ・ディエン・ウヌ・ボルム・ウヌ・ヤルク・ウヌ……」
その後もウヌ、ウヌが永遠と続くので省略します。ウヌとはデレスの言葉で息子と言う意味で訳すと……の息子のヤルクの息子のボルムの息子のディエンの息子のヤンジの息子のジルチの息子のディトゥの息子のイルムの息子のドゥエムとなります。
「……ラルド・キャンである。年代わりの忙しい時期ではあるが、ここに居るときは第二の故郷だと思いゆるりとして行きたまえ」〔大ハン〕の長い口上が終わると入れ替わりにエレシアちゃんがお礼をします。
「こ……このたびはお忙しいところエルフの王国の為にこのような席を設けていただきありがとうございます。これがデレス君主国とエルフの王国の友誼をより深めるきっかけになれば……う……嬉しいと思います」
「それより我が盟友よ今から酌み交わそうぞ」
女従者が大きな碗を運んできます。色の付いた液体がなみなみと入っておりそれを各々の前に置いていきます……これはもしかしてお酒では無いでしょうか?飲んでも良い代物でしょうか……そもそもエレシアちゃんはまだお酒という年では……よく見ると湯気がたっており香しい芳香が鼻腔を突き抜けていきます……。
「……これはお酒ではないのでしょうか?」
「我が盟友よ何てことを言う。酒と言うものはこのような場所では出さないのが我が国の礼儀だ。そもそもこのような場所で酒を出す意味とは酔わせて油断した隙に後ろからぶっ殺して細切れにして犬に食わせると言うとても縁起の悪いしろものであるゆえそんなものは絶対ださぬ」
〔大ハン〕が大笑いしながらしれっと物騒な事を言っています。確かに観察すると毒(酒精)のようなものは見当たりません。
しかし、お椀が熱いので回転させながら冷ましてゆっくり口を付けると口の中に芳香が駆け巡ります。飲んだ後に爽やかな香りが鼻腔を突き抜けていきます。これは初めて飲む感覚でした。
「これは大変良いお茶ですね」
「おお分かるかそこの客人。これは東方から来た高級茶じゃ。そもそも餞別された茶の木をなるべく日を当てぬように丹精こめた葉っぱを丁寧に摘み取りかわかし燻蒸したものだ……それを低温の湯でじっくり煮出したものだ」
そういいながらぐいっと碗を飲み干します。
説明の大半がよく分かりませんがエルフの王国で飲まれている香草茶とはまるで違う代物です。
「こ……これは大変美味しいです」
エレシアちゃんも顔をあからめながら言っています……酒精は入っていないと思いますが……。
「客人達がこの茶の味が分かってくれて大変気分が良いぞ。では一息ついたところで晩餐と参ろう」
〔大ハン〕が手を叩くと女従者が次々入ってきて食べ物の入った大皿を沢山並べていきます。
真っ先に目に入ったのは羊の丸焼きです。これは大変手間のかかるしろもので丸一日かけて焼き上げた逸品だそうで見た目も大変迫力があります。他にもエルフの王国では見かけない馬肉の腸詰めや茹でたモツなどが並べられたていました。串焼きにした肉は肉汁が滴り落ちて芳ばしい香りを漂わせています……胡椒や香辛料をふんだんに使っている匂いがします。
それから白い謎の液体の様な固体のような物体が置かれています。乳を濃くしたようなモノや酸味のあるモノ淡白なものいろいろな種類なものが有ります。
「この大地は人の食べられる草と言うものが大変貴重で野菜が好きなエルフには申し訳ないがたっぷり出せない。その代わり肉なら申し分なくある。遠慮せずに存分に食べてくれ」
私は草が大好きですがそれに劣らず肉も大好きなので問題ありません。他の人達はどうでしょう左右の二人は目を輝かせています。とても現金です。竜に居たってはよだれを垂らしていました。
食事が並び終えたら〔大ハン〕の声かけて晩餐が始まります。皆手づかみで肉を食べ出します。肉は骨が付いている部分が最高で骨をしゃぶればしゃぶるほど美味しいそうです。十分に火が通った骨は割れやすくそこから出ててくる骨の髄液が大変美味しいと言う話です。それから指についた肉汁も美味しくそれもしゃぶりつくす様です。
流石にそこまでするのは遠慮することにしました。
晩餐会に出席した飢えた狼の様に皿の上に乗った肉や肉を食べ尽くしていきます。肉は香辛料などで味付けされ野性味溢れながらも元の肉が良いのか噛めば噛むほど口の中で旨味が広がっていきますが。周りのデレス国人達は肉を飲む様に食べて骨をしゃぶっていました。
山盛りだった肉や肉はあっと言う間に食べ尽くされてしゃぶり尽くされた骨が一面に散らかりました。そして皿が空になると新たな皿が追加されます。
流石にお腹がいっぱいなので少し遠慮させて貰いました。
左右の二人はお腹がはち切れそうになってもまだ食べています。それだけ食べたら太るのでは無いでしょうか?エレシアちゃんは小さなお口をハムハムさせながらゆっくり食べています。ゆっくり食べてもこの勢いで皿が追加されているなら十分すぎるほど食べられると思います。竜は羊を皿ごと丸呑みしようして失敗して諦めて小さく肉をちぎって食べています。大きさが変わっているから勝手が違う様な感じです。
肉の合間に食べた白い液体と固体が大変美味しいです。これはミルクを原料にした加工品の様です。チーズやクリームの一種だとは思いますが食べたことない食感で味がします。それが何種類も並べてあります。これは肉に付けて食べると肉の脂っこさが緩和されます。
そろそろ食事の方は遠慮させてもらう事にして会話をする事にします。そもそもこの旅の目的が人間さんについて知る事ですし本来の目的を果たす必要があります。
そこでデレス君主国の歴史や社会などを尋ねて話を聞くことにしました。




