エルフの王国40 南の砦 二日目の巻3
「それで私にしか出来ない事というのは何ですか?」
「炊き出しじゃ」
「ヴィアニア様、炊き出しと言うのは何でしょうか?」
「砦やその周辺の人民の為の食事を用意するのじゃ」
「それは何人分ですか?」
「取りあえず千人分はあれば十分かの」
千人と言うと里の住民の五倍ですけど、そんな大量の食事は作れません。
「流石に千人の食事を作るのは不可能ですが……」
「いやいや、賢者殿に頼むのは火の番じゃ。地震の時、火を使うのは危なくてな、それなら火の精霊を使って煮炊きすれば良いだろ。中央の塔なら精霊にも不便しないと思うぞ」
「確かに北の塔と中央の塔には十分すぎる精霊がいます……」
「なので火の番をお願いしたい」
——と言う流れでなぜか水を沸騰させる仕事を現在しています。幸いなことに水の方は十分あるのでそれを火精を使って沸騰させて行きます。正直火精に全部おまかせるだけなので段取りを終えたら正直、暇です。
「暇です……」
一度口に出してみまました。仕方が無いので厨房の周りに居るメイドさんを眺めています。メイドさんが手際よく草や肉を刻んで、鍋の中に入れて煮込み料理を作っています。一度に沢山の量が作れる時はどうしても煮込み料理を作るのが楽だそうで、焼き物やオーブンを使うと手間と時間がかかりすぎて回りきらないそうです。
そのオーブンも普段は薪を燃やしているそうですが、今日は火精を使っています。これが煙が出ないとなぜか好評で、今後もお願いしますと言われましたが、それはこの砦にずっと居なければならないと言う意味なのでお断りしました。
メイドさんが、オーブンの中に、沢山の白く丸めたものを中に入れていました。その白く丸めたモノがオーブンの中でジリジリ焼かれて取り出されるととこんがり焼かれて大きく膨らんで出てきます。沢山の焼きたてパンが出てきました。その様子が面白いのでじっと眺めていました。
「賢者様は、先程からこちらの方を見ておられますが、お腹がお空きなのですか?」
その様子を見ていたのか知りませんがメイドさんが、パンを持ってこちらにやってきます。
「あ、これはいただきます……ではなく、これはどういう仕組みなのですか?」
「はい、パンを焼いているだけですけど?」
「いえ、その白い塊がオーブンから出てくる時には大きく膨らんでいるのが不思議なのですが……」
「これは小麦にパン種を混ぜ込むとこのように大きく膨らむのです」
「小麦が膨らむのですか?」
「そうです」
「小麦を練っている様子は見られないのでしょうか?」
「賢者様は火の番をしないといけませんので無理では無いでしょうか?」
……まぁそう言われますよね。
「もう大丈夫なので見に行きましょう」
「それは私が、怒られますので……」
私がここで何するより火精さんに全てお任せたした方が安全なのですが、そのことを説明する方がどうやら大変でした。こういう細かい作業は精霊さんにお任せしておけば事故など起こりようがないのですが、どうやら火の番がいないと不安らしいのです。何度か説得を試みたのですが、完全に不発に終わってしまいましたので、仕方なく厨房の中で火の番をしていますーとは言っても厨房で作業しているメイドさんをボンヤリ眺めているだけです。
それではあまりにも暇なので、メイドさん達に聞き取りをしながらメモを書いていることにします。もっぱら小麦の粉を作った料理の仕方を紙に書いていきます。時折サボっているのでは無いかと言う感じに覗き混まれることがありましたが、火の番もしっかりしております。
幾度と無い聞き込みにより小麦に関するいくつか新情報を得ることが出来ました。水の量が重要らしいです。小麦に水を加えすぎても足りなくても上手くいかないので粉と水の量はきっちり量った方が良いと言う事です。それから粉を練りすぎると弾力が出て硬くなるので柔らかくしたいときは練り込んではいけないそうです。パンを作る時は、しっかり練り込まないとふっくらとした美味しいパンは出来ないそうです。パンを焼くための種を作る作業はかなりの体力使うそうです。
試してみたいところですが……持ち場を離れることが出来ないのが残念です。まだ時々小さな揺れが繰り返し起きていますし、小麦の粉をいじるのは一度落ち着いてからすることにします。
そうして火の番を続けていると大量の煮込み料理とパンの山が積み上がっていきます。大きな鍋とパンの山を騎士や兵士が担いで運び出していきます。話によると鍋やパンは近くの避難所に配給として送られるそうです——配給と言うのは、どうやら、そこに集まった皆様に料理を振る舞うことらしいです。
そうこうしている内に一段落した様です。メイドさん達がぐったり休んでいます。そろそろ火精さんもお休みした方が良いでしょうか……。
そういえば途中で聞いた話では、館の横には、水をたっぷり張っている水瓶があり、夏場はその中で泳ぐことも出来るらしいのです。今は冬なので水が冷たいので誰も中には入りませんし、いざと言う時の水の備蓄にするにも砦の中に大きな川が流れており無用の長物だそうです。それ以前に夏が過ぎてから一度も掃除をしていないので水草やコケや汚れでとても飲み水にはならないと言う話です。
その話を聞いた私は、ふと思いつきました。その水瓶の水を一度抜いて、精霊さんに掃除させて、そこに火精で沸かした水を注げば大きなお風呂が出来あがるのではないかと。
それならば行動有るのみですが、その前に腹ごしらえする事にします。
手元にはお椀に注がれた草と肉の煮込み料理と焼きたてのパンがあります。焼きたてのパンは独特の芳ばしい匂いが立ち込め、ふんわりとパンを覆っています。一口ちぎって口の中に放り込むとふんわりふっくらした芳香とほのかな甘味が鼻腔の中を駆け巡ります。できたてと言うものはここまで美味しいモノのでしょうか?
更に煮込んだ汁にちぎったパンを付けると草と肉の旨味がパンにしみこみ味を引き立てます。これはこれでなかなか粋でした。こういう非常時だからこそ美味しいモノが食べたいのでしょう。
あれだけ慌ただしかった厨房が静かになり、用事も終わったので火精を呼び戻します。そこで大きな水瓶をお風呂にする計画を始めることにします。まずは王女の説得からです。
「……まぁいいぞ。好きにしろ。翌朝の火の番も頼むぞ」
……あっさり許可が出ました。
そう言うわけで屋敷の裏手の水瓶の方へ向かうことにします……。見ると水瓶と言うより池の様な感じでした。その池がかなり良い具合に緑色に染まっています。一度水を抜いてからお掃除することにします。
流石に塔の外にでると精霊さんはほとんどいません。精霊は塔の中にだけ存在するわけです。ただし、都の様に結界を使って封じ込めている訳ではない様です。塔の中に精霊が沢山いるのは塔自体にどうやら仕掛けがありそうです……。その仕掛けは、感覚的には理解できるのですが言葉で説明しようとするとかなり難しい気がします。
精霊に関しては中央の塔から連れていくことにしました。土精の軍団を引き連れて水瓶の水を抜いていきます。水門を開けると勢いよく水が流れだし、しばらくすると水瓶は空になりました。ここから土精の出番です。
「お掃除始め」と号令すると土精が水瓶を綺麗にしていきます。あっと言う間にピカピカになりました。
「賢者殿は面白いことをするな……。土の精霊をこのように無駄遣いするとは」
「ヴィアニア様、お仕事はよろしいのですか?」
「ああ、後は任せてきた。妾は休むときは休むからな。してこれはどのような魔法じゃ」
「土の精霊さんにお掃除をお頼みしただけです」
「賢者殿は、精霊にお願いするのか?命令するものではないのか?」
「精霊さんは丁寧に説明してあげればその通りに動いてくれます。もちろん得意不得意があるので特性を理解して使い分ける必要がありますけど……それさえきっちりやれば自分がやるより早くて正確です」
「んー土の精霊は守り手だと思っていたのだが……」
王女が考え混んでいます。それはさておき続きをします。綺麗になった水瓶の中に今度は水を張ってきます。水門を開けて川の水を流し込んでいきます。
丁度良いぐらいに水があると次は火精の出番です。水を温めて人肌より少し高いぐらいのお湯を温めます。もちろんこれだけ大きい水瓶だと火精さんも沢山必要になります。先程厨房で呼んだよりも沢山の火精を使いました。
こんな感じで湯気が立ち込めるお風呂が出来ました。お湯に手を入れて温度を確かめます。
「ちょうど良い温度です。早速入る事に……」
「少し待て賢者殿……。お風呂は混浴にするつもりか?」
「混浴とは何ですか?」
「男と女入り混じってお風呂に入ることじゃが」
「……それはエレシアちゃんが嫌がりそうですから分けますか……」
「賢者殿は、そう言う基準でモノを決めるのか?」
王女にそう言われましたがそう言うモノだと思います。王女の提案により、このお風呂は時間で区切って男女別々に入る事になりました。まず最初に私達が入ることにします。
引き上げてきたエレシアちゃんを捕まえて早速お風呂に入ることにします。その間に王女が周りのモノに命じてお風呂の周りを幕で覆って居たようです。周りが殺風景になったので少し不満なのですが……。ちょうど日が暮れて星も見えてきたので、光精を呼び出してお風呂の周りを照らすことにします。湯気が立ち込め幻想的な雰囲気を醸し出します。
「まぁクァンススみたいな輩がおると困るからな……」
「確かにそれは困りますね……」
ただ、この程度の覆いでルエイニアには効果がなさそうな気がします……夜の風は寒いので防寒効果はあるとは思います………それはともかくお風呂を楽しむことにしす。エレシアちゃんと合流し、お風呂に入ることにします。
やはり大きなお風呂は気持ちいいです。やはり、これは癖になりそうです。
一体、この水瓶に何人ぐらい入れるでしょうか……西の砦のお風呂より大きな水瓶ですので本気になれば里全員が入ってもおつりが来そうな気がします。しかし、それだけ入ると都の人混みみたいな感じになってしまうので私は勘弁して欲しいところです。
エレシアちゃんとお風呂でゆったりつかいながら今日の出来事について話し合っていると遅れて王女がやってきました……どうやら王女は一人の様でした。ヴィアニア王女は、フィーニア王女の様に周りにメイドを侍らせて身体を洗わせたりはしていないようです。
「ヴィアニア様、もしかして……南の砦では、身体を洗うメイドを雇う余裕がないとか……」
「妾は、メイドにまとわりつかれるのがが嫌いなだけじゃ。それにだな。妾は一人で身体ぐらいあらえるのだぞ。ほら」
そう言いながら王女が身体を一人で必死に洗っています。その仕草がとても可愛らしいです。
しかし、今晩は長風呂は出来ません。まだ弱い地震が続いているので私達は夜も警戒を続けないといけないのです。名残惜しいのを我慢して素早くお風呂から出て着替えることにします。
そして、このお風呂は一般に開放するそうです。地震で疲れた心と体を休めるにはお風呂は必要不可欠ですから当然の措置だと思います。今日一日働いたメイドや兵士の皆さんもお風呂でゆっくりできると良いなと思います。
私もできればもう少しお風呂に入っていたいところですが、まだまだ余震の警戒を続けなければならないので私とエレシアちゃんと王女は塔の方に急いで戻りました。
「あ、そういえば、クァンスス達のことを忘れておった……まぁいいか」と王女が呟いていました。




