エルフの王国27 派遣団の巻
私が、魔法の探求の為、図書館と荷馬車を往復しているあいだエレシアちゃんは用事があるようでしばらく見かけませんでした。一段落したのでそろそろ冒険者ギルドに顔を出そうとしているところ、そいつが来ました。
「フレナ様、王妃フィルニア様がおこしです」
メイドはそう告げました。王妃は一体何をしに来たのでしょうか。メイドに連れて行かれるままに応接室にいくと既に王妃がいました。
「お久しぶりです王妃様。御機嫌いかがですか?」
如何にもテンプレ的な挨拶でお茶を濁します。お茶も飲みます。この茶葉は良い物を使っています。しかもいい湯加減で煮出したお茶の様です。雑味が少なく甘味がふんわり口の中に広がります。
ところで王妃は一体何の用事出来たのでしょうか。親バカぶりを発揮しに来たのですか……。
王妃は「いえいえ、賢者様が北の砦に行ったと聞きつけて……フリーニアの話を聞きたいとは全く思ってはいませんのよ」と言うとティーカップを口に付けてゆっくりお茶を飲みます。
やはり聞いてると思います。フリーニアがサソリと格闘していた話をしないと行けないのでしょうか……。
「北の砦の件で来たのでしょうか?」
「いえいえ、それだけでは無いのですが今日は時間がありますのでゆっくり賢者様とフリーニアについてゆっくり話そうと思ったのですよ」
やはり親バカしにきたようですね。仕方ないので北の砦のフリーニアの行動について説明していきます。
「……と言う事です。しかし、大丈夫なのですか……」
「何がですか?」
「大地を穴だらけにしたり、建物を破壊したり、毒サソリと格闘したりといったことですが……」
「子どもは少しやんちゃな方が良いと言うではないですか。フリーニアは相変わらず可愛いですよね」
王妃は、お茶を一口飲むとテーブルの上に山のように積んであるクッキーをつまんで食べています。
……あれはやんちゃと言うより狼藉だと思うのですけどね……。
「……北の砦は水が不足し、お風呂にも入れない有様です。一エルフ里ぐらいに大きな川があるので、水路を一本引けば大分楽になると思うのです」
「いえいえ、フリーニアのやりたいようにやらせるべきです。水くみが鍛錬になるなら水くみをさせるべきです。水路を引きたくないなら引かせないで良いべきです。子どもは自由に育てるべきだと思うのです」
フリーニアはあれで良いとしてもその下に居る部下が困ると思うのです。たとえば猫耳騎士さんですね。再び胃がえぐれるような目にあっていそうです。少し考えて上げても良いのでは無いかと思いその点を伝えておきます。
「……それでもフリーニアの思うままにさせるべきだと思うのです。可愛いところは褒めて伸ばすべきでしょ」
暖簾に腕押しでした。
王妃フィルニアは、その後延々とフリーニアのやんちゃ話を続けます。よくそれだけ出てくるなと言うぐらい細かい所まで克明に描写していくのですが……やんちゃと言うよりやはり狼藉だと思うのは気のせいでしょうか。それから前回聞いたことのある話が割と混じっていました。
「……フリーニアとディーニアは真逆の性格ですよね。フリーニアが乱ぼ……活発で、ディーニアは陰け……クールな性格ですよね。フィーニアは変た……おっとりしていますし、みなさん極た……個性的な性格をお持ちですね」
そろそろ口を滑らしそうです。
「いえいえ、愛らしいと可愛いは誰も同じですよ。それはもう目に入れても痛くないぐらい……みんな同じぐらい可愛いですよ。フリーニアも、ディーニアも、フィーニアも、ヴィアニアも……それはみんな可愛いです。フリーニアはお日様、デキーニアは大海原、フィアニアはお星様、ヴィアニアはお月様って感じかしらねぇ」
王妃様の感覚は世間と少しズレている気もしますが他人の事を言える身分ではないので黙っていることにします。里の人達は外界と全く違う価値観と感覚で生きています。働く必要もありませんし身分やしがらみもありません。身分やしがらみや働く必要ある世界と同じ目線で見るのは少し違う気がします。
……どうでもいいけど王妃はひたすら娘の話をするためここに来たのでしょうか?
「ところで」
「はい、なんでしょうか」
「結局、何しにきたのですか?」
「ああ、本題を忘れていました。実はここからが本題なのです」
王妃が突然かしこまっていいます。何か嫌な予感がしますので、取りあえずお茶を飲み干しておきます。
「はぁ……」
「また大使館に行って欲しいのよ。前はディーニアちゃんのお付きで行ったのでしょ」
「そうですけど……」
いきなり話が飛んでいますが王妃は一体何を考えて居るのでしょう。
「で、今回はエレシアちゃんと二人でよろしく」
「いきなりよろしくといわれても困りますけど」
「まぁまぁ一応フィーニアの屋敷に住んでいるといことは食客みたいなものですよね」
「確かに食べるだけの客ですが……それがどうかいたしましたか」
「食客は、普段は食っちゃ寝しているけど、いざという時に主君の為に働くんですよね。そこでフィーニアちゃんの為にも働いて欲しいの」
「えっと、そう言う物でしょうか……」
「まぁそう言う事なので後はよろしくね」
いきなりよろしくと言われても訳が分かりません。
「よろしくと言われても事情が全く渡っていないのですが……取りあえず喉が乾いたのでお茶のおかわりを……」
メイドを呼んでお茶を持ってこさせる間に覚悟を整えます。
その間に王妃が一方的にまくし立ててきます。要するにフェルパイア連合との外交が上手くいっていないと言う話の様です。
「……それで四王女は動かせないのでフェルパイア同盟に送るの事が出来ないのですがその代わりの名代としてエレシアちゃんが外遊に出ることになりました……」
「エレシアちゃんがどうかしたのでしょうか……」
「いえいえ、大した事はありません。エレシアちゃんが王国の代理として向こうに赴きます。ただし少人数での外遊になりそうなので護衛と相談役が必要なのです……」
「それで私を……ですか」
「ええ、大賢者様にはエレシアちゃんがよく懐いておりますし、この任務に赴くときの護衛と相談役にはぴったりだと思いません」
……思いませんと言われましても結局のところエレシアちゃんと人間さんの国の旅のお供をすれば良いのですよね……。
「それは構いませんが……」
「はい。大賢者様の言質いただきました。それでは後で正式に依頼させていただきますのでよろしく」
王妃はにこやかに笑っております。最初からはめる様だったみたいです。
「……いきなりよろしくと言われても困りますので、せめてギルドを通してください」
「あらら、いつの間にか冒険者ギルドに登録したのですか……。まぁ知ってましたけど……それでは冒険者ギルドで正式に依頼させていただきます。後で断るとは言わせませんよ」とこちらをじっと見つめています。
まぁ人間さんの国に行くのは決定事項ですし、ここは予定が少々変わるぐらいでしょう。
ちょうどその時、おかわりのお茶がきたので、お茶を飲みながら頭の中を整理していきます。
「それで、この件についてはエレシアちゃんには話をしてあるのでしょうか」
「その話は、既にしてあります。むしろエレシアちゃんの方からフェルパイア王国に行ってみたいと行って来たので、外交の案件に絡めれば実現できるのかと掛け合ったくらいです。この話を聞いた外交官が《《猫に鰹節》》みたいに飛びついて話をとんとん拍子で進めてくれましたわ」
要約すると王妃の暴走でエレシアちゃんの外遊が決まったということらしいです。それより《《猫に鰹節》》とはどういう意味なのでしょう。何かの隠語でしょうか……。淫語では無いと思いますが、あとでこっそり調べないと行けなさそうです。
「エレシアちゃんは、何か思うところがあったと言う事ですか?」
「んーそれは分からないけど広く見聞を広めてみたいと言っていた気がしますわ。エレシアちゃんもそろそろ公務や政治を理解しないと行けない頃ですし、諸国をみてまわって見聞を広める事は悪いことではないでしょうね.。後何十年もすれば、そう言う機会はなくなるでしょうから」
「四王女みたいに公務に張り付くとか?」
「いえいえ、そこまでは考えてないわ。エレシアちゃんは王家のゆかりの者には違いないけど王家の血筋は引いてないから、王家としての義務は無いから最後の判断はエレシアちゃんが決めることなの……でもエレシアちゃんは妙にかたくなで思い詰めるところがあるでしょ」
「義務感で動いているところがありますね……。それに精霊魔法が使えないことに劣等感を感じていましたね」
「そうそう、だから本心は自由でいたくてもあの娘は義務感で王宮に残る選択をしそうなの。それではあの娘は不憫でしょ。だから今のうちに見聞を広げて、沢山の人と交わって、自分の本心を知って、自分の意思で自分のやりたいことを見つけると言う選択肢を与えたいとおもうの」
王妃は意外にエレシアちゃんのことを考えている様です。
「それにねエレシアちゃんの両親は親バカでね。いつまでも子離れしそうにないから子離れさせてる意味もあるのよ」
前言撤回します。親バカの代表に言われてもエレシアちゃんの両親も不憫だと思います。
「それで両親……ディルミス公でしたか……はどこに居られるのでしょうか?」
「ディルミス公はしばらく地方の視察に出かけていてね……先日戻ってきたばかりよ。今頃は我が娘を溺愛しているころじゃない。それはともかく外遊の話は両親が反対するかも知れないし、自分達もとついて行くとか言うかもしれないけど、その辺は上手く黙らせておくから大丈夫。それでね、大賢者様はエレシアちゃんと一緒にフェルパイア連合大使館に挨拶と細かい調整をしてきて欲しいの」
「それは決定事項なのでしょうか……」
「その件についてはさきほど言質を取りましたよね」
「それはそうですけど……私にも準備と言うものが……」
「まぁまぁ、それは今日明日の話では無いので準備する時間は十分にあるわよ。何なら部下にレクチャーさせるわよ」
それは、そう言う問題では無いような気がします。
そう言うわけでなぜか大使館に出かける事になってしまいました。また黒いスーツとやらを着ていかないと行けないようです。あの服は窮屈なのでのであまり好きではありませんが外交には決まりがありその場にそった衣服を着る事が求められるらしいです。
大使館に行くのは数日後とは言ってもその間、読書して過ごせるわけではありませんでした。翌日から外交についてのレクチャーをするといかいう教師が数人やってきました。前回はお付きの賑やかしと違って今回は正式な外交官として行くのでちゃんとしてくださいと言われました……。いやいや、私はエルフの王国と何の関係ないはずですけど……。反論しましたが誰も話を聞きません。
服の着こなしかたから食器の使い方、話し方、話題の切り出し方まで朝から晩までぎっしりレクチャーを受けました。正直、全部忘れましたけど。
時間が少し出来たのでその間に冒険者ギルドに出かけてみます。何か面白い他国の依頼があったら、それを引き受けてこっそり離脱するのも良いかも知れません。しかし、冒険者ギルドに行ってみると受付に言われます。
「次の依頼を受けられたのですね。それではここに確認の署名をお願いします」
受けた覚えはありませんけど……文面を覗いてみると依頼人は王国の宮殿で、〔口頭契約済み〕と大書されていました。冒険者ギルドにも既に王妃の手が回っていた様です。
仕方が無いので、ギルド隣接の酒場で焼け葡萄ジュースをあおることにします。
「飲まないとやってられないぜー」など酒飲みのセリフを言ってみます。
「そうだろ飲まねぇとやってられんよ。一杯奢ってくれよ」
隣で何か言っている人が居ますが無視しておきます。
冒険者ギルドから戻ると講師に捕まり再びレクチャーが始まります。正直しんどいです。しかも新しい事を覚えると古いことを忘れていきます。何度も同じ事をレクチャーしている講師は、「こういうことは繰り返しやって体に覚え込ませるかしかありません」と言っていましたが、それは確かに正論ですけど時間が無い上に面倒この上ないです。そもそも必要有るのでしょうか……。
 




