エルフの王国22 北の砦の巻
それでは北の砦に出発です。北の砦には荷馬車で移動します。エレシアちゃんを連れて行きますので少し改造してあります。当然、フィーニアの仕掛けは全部取り除いておきました。
ほら行きますよ、馬。久しぶりの馬はすっかり怠け者でした……。さては良い物ばかり食べていたな……馬が首を横に振っております。嘘ついてもバレますから。ほら行きますよ馬。
気だるそうに歩く馬を叱咤激励しながら北の砦へ向かいます。北の砦までは都まで荷馬車だと3日かかります。東とは逆で北にいくと徐々に畑が無くなり灌木が広がっていきます。
乾いた大地はひび割れし風が吹き付けていきます。その中を荷馬車が進んでいきます。それでは馬を応援することにします。エレシアちゃんも一緒に「頑張れ、馬」と言いましょう。
「フ……フレナ様、何か意味があるのでしょうか……」
「馬が頑張ってくれます」
「……そう言う物なのでしょうか」
「ええ、馬はちゃんと聞いてますから」
エレシアちゃんは、何やから首を傾げて考えているようですが、馬はちゃんと聞いています。先程から嬉しそうに馬が歩いているのがよく分かります。
寂れた街をいくつか過ぎると北の砦が見えてきます。この砦は、どうやら版築で作った壁に囲まれている様です。
砦の門番にギルドの紹介状を渡すと「す、すこしお待ちください……」と言い門番が慌てて走って行きます。
もう一人の門番が「ただいま上のものをお呼びしますので少しお待ちください」と言われたので門の前で待っております。
「エレシアちゃん、北の方は灌木だらけですね……」
「き……北の方は……農業に不向きで……雨もあまり降らないので……それに……」
「北の方は魔物が出るのでしたか」
「ま……魔物は北の砦で撃退している……のですが……わざわざ不毛の地に人はあまりおりません……」
確かに精霊の気配も感じられません……。無理をしてまで住む必要はなさそうです。それではなぜこのような場所に砦があるのでしょうか……。
「み……都を守るためです。全ての砦は都からほぼ同じ……距離に置かれています。……これは変事には都からすぐ救援が……駆けつけられることもありますが……仮に砦を突破されても……時間稼ぎが可能になるからです……」
確かに竜でもなければ砦から少なくとも一昼夜はかかりそうです。その間に都の方で撃退の準備を整えると言うことでしょう。
その時、先程走っていった門番が戻ってきて「こちらにお越しください」と案内されます。
荷馬車を止めると門番の案内で小屋のような場所に連れて行かれました。
「ようこそ、北の砦へ」
出迎えたのは四つの耳を持つ騎士でした。横に尖った長い耳が2つと頭の上に猫の耳が2つ付いております。赤い長い髪に濃い青の瞳を持ちフルプレートを着込んだ女騎士がそこに居ました。
「ところでエレシアちゃん、これはどういう人種ですか……」
「え……普通のエルフだと思います……」
「んんっ、これは私が私である印であるゆえ不可分なのだ。この耳は実は飾りだ。本物の猫の耳にそっくりだろう」
などと猫の耳を触りながら女騎士が言います。
「それよりお前がギルドから派遣された者なのだな」
「魔法剣士のフレナと申します。こちらに居るのは治癒術師エレシアちゃんです」
「あのエレシア様ですか……」
「ええエレシアちゃんです」
「これは大変失礼しました。エレシア様。王族に連なるものがわざわざ出向かれるとは……あ、私、北の砦の騎士レシュティシアと申します。砦の出入りの管理を王女フリーニアから任されております。以後お見知りおきを」
「い……いえ、私は王族ではありませんので……」
「それより冒険者ギルド・マスターのルエイニアは来ていないのですか?」
「いやルエイニアなるものは見ておりません」
ルエイニアは砦のどこかに潜り込んでいる気がします。神出鬼没な雰囲気がありましたし少しばかり警戒しておきましょう。
「それでは依頼について説明させていただきます」レシュテシアが依頼の説明を始めます。
「北の砦から北に10エルフ里ばかり行くと広大な荒れ野が広がっております。荒れ野はかつては豊かな森林が広がっていましたが、災厄の大魔王に焼き払われて以来、不毛の地になり既に長い年月を経ております。今ではすっかり魔物の巣窟になっておりますが砦の近くではそれほど強い魔物は本来出てはきません。ところが最近は強い魔物が頻繁に現れる様になっています。
そのため荒れ野の探索は森エルフの王国に取って喫緊な課題で北の荒れ野の先にあると思われる魔物の発生源を突き詰め一気に魔物を攻め滅ぼしたいと考えているところです。魔物の脅威が取り除ければエルフの王国は北への植林が可能になります。植林によって森を蘇らせれば王国に安寧をもたらせると考えられております」
「つまり魔物は沸いて出ているのでしょうか?」
レシュテリアに質問を挟んでみました。
「ええ、その可能性が極めて高いと推察しております。魔王の遺産と言う噂もありますゆえ魔王の呪いを浄化しないと荒れ野を森林に戻す事は難しいそうです」
一呼吸置いてレシュテリアは説明を続けます。
「最近になり荒れ野の砦に近い場所で巨大な大サソリの群れが報告がなされる様になりまして、荒れ野の探索が思うように出来ない状態になっております。掃討部隊を編制したいところですが、砦の人員も不足しているため冒険者に依頼するはずでしたが……」
「……でしたが?」
「それがこういう依頼に書き換えられて居りまして……」
女騎士が先程渡したギルドの紹介状を広げて言います。
「……この手紙によればフリーニア様、御自ら出て行かれると言う話です。そのための魔法剣士と治癒術師を雇ったと書いてあります。せっかく掃討の件を内密にしていましたのに……あの方はいつもやり過ぎるので内密に掃討するつもりでいましたのに……」
レシュテリアが頭を抱えて言います。
「やりすぎとはどういうことでしょうか」
「この間の巨大リザード出現の時は幾つもクレーターが出来まして……今も部隊が穴を塞いでいる途中です……それ以前の大蛇退治の時は湖まるごと蒸発させてしまいまして……あのときは王様にも怒られましたが、反省するそぶりもみせておりません。考えるだけでも胃がキリキリします……」
レシュテリアは胃を抑えながら言います。
「失礼、話がそれました。これはあなた方様には関係無い話なので聞き流してください。
……それで荒れ野の大サソリに関する情報ですが、大サソリは本来荒れ野には出現しない魔物ですので恐らく北の砂漠の大サソリの変異種であると推測されております。北の砂漠の大サソリは、耐灼熱耐性を持ち、表面が硬い殻で覆われています。尻尾には猛毒を吐き出すが針ついており、一撃を食らったら即死も免れないほどの威力があります。尻尾は毒を刺すだけでは無く、吐きだす事も出来ます。この毒は刺す毒よりも弱いですが、腐食特性をもっており金属製の鎧などが溶けてしまいます。先端に付いている二つの鋏は鋼鉄をも切り裂く怪力を持ちこれに挟まれてもひとたまりは無いのです。従ってそれなりの手練れと準備が必要になるわけです」
「そのサソリに弱点は無いのでしょうか?」
「腹の裏側が弱く、ここから切り裂けば比較的に楽に倒せるのですが、まず攻撃するのが難しいわけです。遠距離は尻尾が吐き出す毒液、近距離は尻尾の針と鋏が脅威になりまし、腹をつくにはひっくり返す必要があります。何より大サソリ固有の耐灼熱は火属性と相性が悪すぎます」
「フ、フリーニア様は……火属性が得意でした……ね」
「得意と言うよりそれしか使わないのですよね。先日も『火に強いならそれ以上の火力で吹き飛ばせば良いだろ』などと言っておりまして……。それで内密に掃討の準備を進めていたわけですが……それがどこからか漏れてしまいまして……」
エリシアちゃんがごめんなさいと謝っております……。いえいえエリシアちゃんは悪くないです。無理を通した私が悪いのです。
「それでは、フリーニア王女が出る前に大サソリを一掃してしまえば良いわけですね」
「それが出来れば私達も苦労しません。単純な戦闘力であれば砦の騎士長十人がかりでもフリーニア様の相手にはならないぐらいの差がありますし、それ以前に加減する事をお知りになられなく……」
レシュティリアの長い愚痴が始まりました。
「……それでは大サソリ退治に使う装備を見ていただきたいので奥の部屋にお入りください」
小屋の奥の方に行くと武器と防具が積んであります。
そこでレシュティリアが説明を始めます。
「ここに置いてあるのはサソリ退治に使う道具一式です。防具はサソリの腐蝕性の猛毒に対抗する為、防具は金属鎧ではなく革製のものを使います。皮に特殊な加工を施した者で液体を弾く性質を持っています。それから同じように皮を盾を用意してあります。これで毒液には対抗できると思います。それにこのようなフルプレートですとサソリの素早い動きには対処できないので軽い鎧の方がサソリと対峙するには向いています。問題は武器や防具に付着した毒です。付着した毒も危険ですので、これを魔法を中和していただきたいのですが可能でしょうか?」
「ピ……浄化の魔法で……毒の浄化できると思います……猛毒抵抗と組み合わせれば……」
「それは大変心強いです。さすがエリシア様」
「防御より問題になるのは攻撃の方です……弓は殻を通らないので遠距離攻撃は牽制にしかなりません。なんらかの方法で大サソリをひっくり返し、一気に腹にトドメの一撃を差すのが比較的無難な作戦だと思います。問題は腐蝕性の毒です。サソリを差した剣は使いものにならないのですが、比較的弱い腹でも言え金属製の武器でないと攻撃が通らないので予備の武器を多めにしてあります。フレナ様、いかがでしょうか」
一通り武器と防具を見ていきました、どれもピンと来ません。
「私は、この武器と防具で十分です」
里から持ってきた軽い剣と鎖帷子だけで十分な気がします。毒は外套はじき返せば良いですよね。今来ている外套には汚れ落としの魔法を付与しております。毒も落とすでしょう。
「この様な武器と防具で大丈夫なのでしょうか……。油断は禁物です。これらの武器は全て予備として持っていきますので無理だと思ったらすぐ取り替えてください」
女騎士はそう言いました。
「それでは一通りの説明は終わりましたので屋敷の方に案内します。サソリ退治に向かうのは明日以降になります。今日は休息と睡眠を十分にお取りください。寝不足や疲れは身体の動きを鈍らせます。動きの速い大サソリに対しては一瞬の鈍りが致命傷になりかねませんゆえ。それではこちらにおいでください」
そこは東の砦とは違い、素朴な屋敷でした。そもそも砦に市場や街と言うようなものが存在しません。純粋に砦だけがあるわけです。屋敷はその中央部にあります。この中心部の周囲に宿舎らしきものがあり砦の壁の近くにはいくつも見張り塔が建っています。もちろん屋敷の横にも塔が経っており遠くが見渡せる様です。
屋敷で聞いた話ではお風呂は無いそうのです。なんでも水が貴重らしく飲み水を確保するのにも苦労していると言う話。それでも身体を拭くぐらいは出来るそうなので後で温水で濡らしたタオルで身体を拭くことにしました。
水だけではなく食べられる草も不足しており、都から運んでは来る者の新鮮な草が手に入らないとの事で、この砦で食べられるのは乾燥させた草や発酵させた草らしいです。牛や馬が食む草だけは十分にあるらしく飲み水も水の代わりに牛のミルクを利用することが多いらしいです。
それでは夕食を取ることにしましょう。
「エレシアちゃん、食堂に行きますよ」
 




