エルフの王国8 魔法細工の巻
「じゃあ食堂に行くぜ……」
「そうしますか」
メイドさんが『腹が減った』などと申しております。帰路の途中で道に迷ったメイドさんが『なんだよ』と逆ギレしていたのはご愛敬です。
今は食堂で昼食を食べております。その中で軽食と呼ばれて居る食べ物です。今食べているのはサンドイッチと言うらしく四角いパンを薄切りにした後、間に草や肉などを挟んだ食べ物です。これは気楽にお手頃に食べられる食べ物の様です。このサンドイッチを片手でつまみながら本を読むとより自堕落に過ごせそうな気がします。
商店から荷物が届いたと言う言付けを受けました。屋敷の裏にある空き倉庫の一つに納品したと言う話なので、お昼の後は届いた品物を確認することにいたしましょう。そろろろ同じ服を着ているのも飽きてきました……。服の汚れも洗濯したいです。身体の汚れも洗濯したいのでお風呂に入りたいところですが先に荷物の整理をしてからにしましょう。
お昼を終えると届いた荷物を見に倉庫に行きます。届いた商品を眺めてみるとずいぶん買った様な気がします。部屋に全部持ち込むのは少し無理なので諦めました。それに倉庫をこのまま借り受け、灯りをつければ作業場にできそうです。旅に出る前やり残した仕掛けをするのにも丁度良さそうです。天幕の仕掛けが途中でしたし、服には汚れ耐性をつけたいところですし、釣り竿にも細工をしたいところです。それから荷車の方にも仕掛けを……これ荷馬車じゃないですか?
「これは、一体どういうことでしょうか……荷車を頼んだのに荷馬車が届いているのですよ」
近くを歩いたメイドを捕まえて事情を聞いて見ます。それから待つことしばし……上へ上へと伝言ゲームが行われているのをじっと待ちます。その間に光精でも呼び出しておきましょう。流石に夜目が利くとは言っても細かい作業は明るい方がしやすいのです。
「光れ」
倉庫の中がはっきり見えるようになります。
「想像とかなり違う気がします」
倉庫の中には思い描いていたものと少しづつ違う品物が届いていました。見た目が豪華過ぎるものがやたらと多い気もします。
そうして荷物を一つ一つ確認しているとエラそうなメイドが説明に来ました。 説明によるとどうやらこの荷馬車には丁寧に馬までついているようです。都までの移動は荷車を引いていこうかと思っていたのですがエルフの王国ではそう言う移動方法は確立されていないそうです。都につながる街道は歩道と車道に分かれていて、車道は馬と馬車しか通行できないと決められているそうです 。馬車は人が引くことを想定していないそうでそこを人が歩いていたら危ないのです。また一つ勉強になりました。
ともかく服だけは思い通りの品が揃っているようです。まぁこれは自分で見て買ったのですから当たり前です。試着してみたいこところですが、今は届いた品々の確認をしないといけません。
……
検品終わりました。これだけあれば大丈夫な気がします。
そろそろ夕闇に日が落ちそうですし天幕の細工は明日からすることにいたしましょう。
それでは釣具の仕掛けも明日から頑張りましょう。どうせしばらく館に居ないといけないわけですから取りあえずお風呂に入ることにいたします。
先に服を部屋に持ち帰らないと行けません。それから一張羅も洗濯しないといけないです。
倉庫から服を担いで出てくると慌ててメイドさんがやってきました。朝の赤髪のメイドさんですね。
「こらこら服をそんな雑に扱うな。すぐにダメになっちまうぞ。こうやってちゃんとたたんでだな……」
うんうんと言いながら服を畳んでいるメイドさんを眺めて居ます。赤髪のメイドさんのワンピースは胸元の部分が大きくあいており上から見下ろすと時々谷間がちらちら見えています……もしかしてこれはわざとやっているのでしょうか……心の中で呼びかけます。
そして大量の服を二人のメイドさんが運んでいきました……。私は手ぶらで部屋に戻ります。
お風呂に入る前に服を着替えて一張羅を洗濯をしようと思いましたが、『洗濯は賢者様がする事ではありません。私達がやります』と言われてメイドに服を持って行かれました。一張羅はメイドさんに剥ぎ取られてしまったので、適当な服を着ています。
仕方が無いので身体の洗濯にまいります。もちろんお風呂の事です。お風呂道具を持ちましてお風呂に入りにいきます。まだ日がくれる前なので、お風呂は貸し切り状態。泳いでみたいところですがお風呂で泳ぐと怒られそうです。なのでじっと我慢してお風呂でのんびりすることにします。
「はふぅ」
いやお風呂は気持ちいいです。 お風呂があるだけでもう満足です。この先お風呂に入れない状況もあるでしょうから入れるときに入れるだけ入る事にしましょう。
……
いや長くお風呂に入りすぎました。湯あたりする寸前です。そろそろ日が暮れていきて早番のメイドさん達がお風呂にぞろぞろ入ってきます。それを横目にコソコソ出て行くことにします。 これからメイドウォッチとしゃれ込みたいところですがこれ以上は湯あたりしますのでサッパリしたところで出て行くことにします。
残りは明日から頑張る事にしましたので今日は夕食を食べてそのまま寝ました。
「んー、おはよう」
次の日の朝です。今日も晴れています。それではどの服を着ることにしましょうか。
悩むこと悩むこと……。まぁ今日は作業しますので作業着っぽい服にいたしましょう汚れても良い奴です。その一点だと昨日着た服と同じになってしまうのが悩みどころです。軽装も買ってあるのでそれにいたしましょう。少し肌寒いので厚手の長袖の作業着風の服です。これで町人になりすまそうと考えて選んだ逸品です。それを姿見でチェックしていきます。
「完璧です」
思わず自画自賛してしまいました。砦をでたあと耳をどうやって隠すか考えますが帽子をかぶって弱い幻術でもかけておけば恐らくバレないと思います。髪の色も適当に変えておくことにします。薄桃色とか空色が良いのでは無いでしょうか。
食堂でサンドイッチをつまんで、昼食用のサンドイッチもつまんで箱にしまいます。この箱は食べ物を保管する為のもので食べ物を新鮮な状態に保ってくれますが魔法の箱ではありません。単に里に掃いてたその辺の草を乾かして編んで作っただけです。草の中の効能により新鮮さが保たれる訳ですが長時間の保存効果は見込めません。
背嚢を背負って倉庫に向かいます。
光精が頑張っているので倉庫の中はずっと明るいままです。私が居ない時は倉庫を暗くしたところですが出入りを感知するのに土精、外と連動させるのに風精が必要などと挙動を考えていくとかなりの精霊が必要になります。精霊の無駄使い出来る場所ではありませんので、ここは一つ光精さんに頑張って貰いましょう。
天幕の仕掛けの変更を初めます。 この天幕は呪文で開閉にするように細工してありますが誤動作すると大変な目に合うわけです。背嚢のなかで天幕が広がったり、寝てる間に寝言で天幕が閉じたりしたらたまったモノではありません。そこで安全策で手動式に切り替えます。直接手動で動かすことで、誤って開閉しないようにする細工です。寝相が悪くても触れられない場所に刻字を刻んでいきます。この天幕、丈夫に作りすぎたので刻印刻むのが大変です。
刻字と言っても円の中に適当な模様を描くだけです。こういうモノは刻字があると分かればいいのです。重要なのはそこに込める魔法の方です。この円を刻むのが一番時間がかかるし緊張するところであります。まず大きさを見定めましてそこに円を描いていきます。必要なのは糸と棒と短刀です。短刀の先を尖らせまして糸をしっかり縛った棒を中心点においてゆっくりと回していきます。短刀が弧を描いていきながら円を描いていきます。かなり神経使う場所です。なんせこの布硬くて十分な力を入れていかないと上手く円が刻めません。力加減が重要です。円は魔力を閉じ込める場所なのでここが浅くて途切れたりすると魔力が溢れてしましますし、歪んでいると無駄な魔力を貯め込んでしまいます。
「はぁ……」
どのぐらい時間が経ったか分かりませんがようやく円が描けました。少し歪な気もしますがこれなら大丈夫でしょう。
倉庫から一度外に出てみると太陽はまだ南中を過ぎていませんでした。お昼の前に茶菓子で小休止することにいたします。
お茶を飲みに食道まで一度戻ることにします。手が疲れてふるふる震えていますし、何より休憩は大事です。そう言い聞かせると屋敷の食道に戻って参りました。お昼にサンドイッチ詰めていったのが無意味になった気もしますけどそれは問題ありません。今欲しいのはお茶と茶菓子です。お昼は後で倉庫で食べれば良いのです。
食堂でお茶とケーキを頼んで食堂のテーブルでボーっと休んでおります。ここの食堂は一日中開いているそうです。屋敷の人員は早番、遅番がありそれぞれ時間をずらして食事を取りに来るので一日中開けていないといけないそうです。食事は部屋に持ってこさせるのもいいのですがやはり食堂で食べた方が良いと思います。なぜなら食べたいものを選びながら食べられるからです。ちなみに屋敷には食堂は数カ所あるらしく、王女専用の食堂、従業員用の食堂、騎士や戦士用の食堂などがあるそうです。今は従業員用の食堂で食べています。どうせ見るならメイドさん一択ですよね。森を巡回している戦士や狩人達も屋敷の食堂で食事を取るらしいですが……むさい連中を眺めながら食事を食べても美味しくはなりません。
そして待ちに待ったお茶とケーキがやって参りました。〔紫苺と生クリームのスポンジケーキ〕と〔林檎の蜂蜜漬けを織り込んだパンケーキ〕らしいです。このスポンジケーキの方はふわふわとしております。その上に生クリームがデコレーションしてあり、所々に紫苺がのせてあります。紫苺はこの辺りで秋にとれる珍しい果実らしく酸味と甘味が交錯して美味しい果物らしいです。特にケーキとの相性がよいそうです。
……と言うわけでこのケーキをフォークで少し切り取り口の中に頬張ってみます。
「んー、おいしい」
本当においしいです。生クリームでコーティングされた紫苺の酸味と砂糖の甘味が調和して口の中に押し寄せ、最後に小麦とバターの香りがふわっとやってきます。そしてスポンジの歯ごたえが楽しく、比喩ではなく本当にほっぺが落ちそうなぐらいに美味しい。
それでは一度お茶で口直しをする事にします。このお茶も美味しいです。最初はほのかな苦味が来ますが、その後、鼻腔を駆け抜けるような爽快感が後からやってきます。これは一体どういう草を煎じたお茶なのでしょう。
次にパンケーキの方を食してみます。厚い円柱状のパンケーキの横に生クリームが添えてあります。フォークで軽く押してみると少し弾力がありそうです。これを少し切りまして添えてある生クリームをつけて一口食べて見ます。切り口には細かく刻んだ林檎達が顔をだしています。
「これもおいしい!」
いやはや、蜂蜜につけた林檎をパンケーキが優しく包んでおります。先程のケーキがガツンと来るおいしさとすれば、こちらは優しいおいしさです。どちらも甲乙つけがたい。
「しかし、これを毎日食べられるとは幸せですね」
……流石に従業員は毎日は食べられないそうです。王女様となれば別だとか……「王女様、美味しいモノをありがとうございます」心の中で感謝しておきます。口にだしても王女はここにはおりませんので大丈夫です。万が一聞かれたらまた長い話を聞かされそうです……。
「いやはや、流石に食べ過ぎたかもしれません」
食堂を後にし倉庫に戻りながらそう思いました。ケーキ二つは流石に後からきます。これではお昼に昼ご飯が食べられそうにないので後でおやつにすることにしましょう。少し休憩するはずが長居をしてしまったかもしれません。ケーキが美味しかったから仕方ないですよね。しかし、このケーキに使われている小麦粉と言う奴は中毒性がありそうです。これは小麦を持ち帰って研究しない行けません。心の中でそう誓いました……とは言っても何時研究できるかは正直分かりませんが……。
午後は円の中を刻んでいきます。適当ですけど一応デザインは考えました。それらしいデザインを紙にスケッチします。スケッチを見ながら円の中をナイフで少しずつ刻んでいきます。……意外に時間がかかります。少しデザインが凝りすぎたかも知れません。中々彫り終わりませんので一度休憩して、軽食を取る事にします。
既に昼は過ぎており西にお日様は傾いています。さて、箱の中からサンドイッチを取りだしてパクつきます。口にくわえながら作業してもよいのですが今回の作業は集中して行わないといけないので食べながらの作業は難しいです。
軽食を食べ終えた後はひたすら円の中を刻む作業に没頭します。
……
……
……
「これは凄いモノができました」
流石に自分でも驚きです。凄く格好良さそうな刻字が彫れました。誰かに見せびらかしたいところですが、見せるものではありませんので日の目を見ないでしょう。母に見せても反応無さそうですし、姉に見せるとケチつけてきそうなのは予想出来ます。まだ刻字を彫っただけ——格好いい紋様が刻んであるだけ——です。使用するには円の中に魔力を注ぐ必要があります。円は魔力を閉じ込める為に必要で刻字は魔力を貯める為に必要になります。
呪文駆動式と刻字駆動式の大きな違いは、魔方式が音声による呪文に反応して魔法が発動するのに対し、刻字式は刻字の部分に手を当てて魔法同調させないと封じた魔法が発動しません。
物体全体にかける呪文式はお手軽ですが暴発の可能性があります。しかも呪文式は最初に込めた魔力を全て使い果たすと役割を終えてしまうので基本的には使い捨て用途につかわれます。安全性を高め長く使うなら呪文式より刻字式です。刻字式は手間がかかる分だけ安全で耐久度もはね上がります。円と刻字が消えない限りは何度も繰り返し使える寸法です。
しかしこれほど快作は初めてです。恐らくケーキのおかげ。明日もケーキすごしましょうか……。いえいえ、ちゃんと草も食べないといけません。小麦の中毒性に惑わされてはいけません。
次に釣り竿の細工に移ります。釣り竿を加工して竿の強度を高め、ついでに疑似餌の作成を行います。これで旅の道中も焼き魚が食べられます。
最初に竿を小さく折りたためる様に加工します。これは釣り道具一式を背嚢入るサイズにするための加工です。釣り竿をためらいなく四分割します。
次に折ったところを補強して再びくっつく様にするわけです。これには背嚢に入れてきたとある草を使っておこないます。粘着草と呼ぶこの草を煎じると粘り気のある液体ができ、この液体を別々の物体に塗ってから乾かすと互いにくっつくようになります。しかも粘着草には同じ粘着草の同士以外ではくっつかないと言う性質があり、つまり別のものとくっついて離れなくなると言うことはありません。つまり、くっつけたい場所だけに塗ればそれ同士以外にくっつくことはないのです。それが現在手元に四枚あります。
今回の作業では一枚あれば十分間に合います。この抽出液同士を折ったところに塗り込むことにより再びくっつけても折れなくなり、折る前より丈夫になります。しかし結合部があまりに丈夫すぎると結合部以外で釣り竿が折れてしまう可能性が高まるので全体強度の調整が必要になります。それでは一度くっつけたものを再び剥がすのにはどうするのかといえば、ひねると簡単に外れるのです。どれぐらいひねると外れるかは粘着液に加える水分量で調整します。弱くしたければ抽出液を薄めに作り、外れにくくしたければ濃いめに作れば良い訳です。
このように便利な草なのですが問題もいくつかあるのです。粘着草の性質により作業の直前に抽出をしないと行けない訳です。抽出してしまった粘着液はは保存が利きません。粘り気のある液体は抽出したのち半日経たずに硬化して効果が固定されてしまいます。そのため粘着液の抽出作業と加工作業は同時に行う必要があるわけです。
目下、最大の問題はこの作業が倉庫の中で出来ない事です。粘着草を煮ると倉庫の中に臭いが充満してしまいす。とても耐えられる臭いでは無いので屋敷の敷地内でもこの作業はやらない方がよいのです。
私にはそれぐらいの分別はあります。私は姉ではありません。
風精を利用して漏れ出る臭いを封印する事も可能なのですが、風精が多く居る場所を探してそこで草を煎じないといけないわけです。倉庫の中には風精は残念ながら見当たりません。
ここで釣り竿加工の作業を一旦やめることにします。四つに切った竿を束ねて保管しておきます。先に疑似餌を作ることにします。これは針金を適当に曲げれば出来ます。呪文で動く様に細工するだけですので簡単に出来ると思います。
……
とても作業に集中できたので疑似餌が五個できました。魚の大きさや性質に合わせて使い分けるように魔法を細工していきます。一番大きいヤツはクラーケンを釣る為の疑似餌です。しかしクラーケンは海の生物ですので出番は無さそうです。




