アルビス市民国編31 朝の屋敷の巻
翌朝。久しぶりに美味しい朝食にありつけました。この刻んだ生の草の上に掛けた白い粘着質のチーズと堅果油を混ぜ合わせたドレッシングを掛けたサラダが美味しく、いくらでもおかわりしてしまいそうな勢いです。隣の竜は野菜より肉を寄こせと呟いていましたが、たまには草も沢山食べるべきだと思います。デザート代わりに干し葡萄を摘まんでいるとメイドがやってきて「ルエイニア様がお帰りになられて事情を離されるので総督執務室においでください」とエレシアちゃんと筆頭書記官に言っていました。そこで蜂蜜水を一気飲み干すと総督執務室について行きます。もちろんエレシアちゃんの護衛としてです。ちなみに左右の二人は早朝から出かけていました。
総督執務室は入口にやたら大きく固たくて茶色く分厚い木の板を贅沢に使った両面扉があり、それの左右を武器を構えた二人の護衛が屹立しています。筆頭書記官がドロルに呼ばれて来たと護衛に声かけすると少し待てと一人が紙束を開いて何かを確認し、「エルフの王国の一行様ですな。お疲れ様です。ドロルが中でお待ちしております」と言うと重厚な扉を左右にゆっくり開いていきます。蝶番のきしむ音が響いて扉が開き、部屋の中に案内されます。部屋の中は古めかしい調度品がポイントごとに置かれています。天井は幾何学的な紋様が描かれ、右の端には人の背丈より多きな鏡が置かれていました。部屋はかなり広く贅沢に家具が配置されており、窓際には黒く大きな執務机が置かれ、その手前に長めのソファが2つとテーブルが置かれています。手前のソファの上にちょこんとルエイニアが座っており、ティーカップに何かを注いで一見優雅そうに飲んでいましたーーどうみても子どものままごとの様に見えてしまいますーー一方、ドロルは執務机で何やら書類を読みあさっていました。
「御客達、来られましたか……どうぞ、こちらに……」
ドロルがソファを指さします。その横でルエイニアがお茶を啜っています。ドロルは天井から吊り降ろされた紐引っ張り、メイドを呼び出し、客人達にお茶を出すように言付けます。筆頭書記官に促されて、エレシアちゃんがソファに座りそれを囲む様に私と筆頭書記官がソファに座ります。ちなみにルエイニアはソファの上に正座していました。
しばらくするとメイドがカップを私達の前に並べポットから茶を注いでいきました。「お好みで、こちらの砂糖をどうぞ」とスプーンをカップの横に添えていきます。「これは茶菓子で御座います」と器に入った菓子と堅果をおいていきます。干菓子を囓っていると「遅れてすまない」と法学官長が入ってきました。
「では、人も揃った事ですし話をしてもらいましょう」
「では森の中にあった隠れ砦の話なのだけど剣闘士の育成道場を隠れ蓑した奴隷売買の隠れ家でさぁ。育成道場に思い切り併設してあったのさ。なので正面から殴り込んで一気に叩きつぶしてきた。見張り番はふん縛って転がして後は同伴した警邏隊達にお任せしてきたというわけさ」
なにげに滅茶苦茶やっているような気もしますが……それより弟さんの事が気になります。
「それでは奴隷売買の隠れアジトだったと?」
「厳密には奴隷売買と言うより奴隷交換かなぁ……。救出した子達は昼頃連れて帰ってくるはず。僕は報告しないと行けないから一足先に帰ってきたけど。」
そう言うとルエイニアは栗鼠の様に堅果をほおばります。
「奴隷交換だと?」
ドロルが拍子抜けした質問を投げかけます。
「そう。見る限り、子ども達を奴隷として帝国に送る代わり剣闘士を帝国から受け容れていたみたいな感じだよねぇ。何かを企んでいたような気もするけどねぇ……まぁあの評議員達はそこまで頭良さそうには見えないから、単なる思い過ごしだろうけど」
「んー、それも調査せねばならなぬか」
ドロルが頭を抱えています。
「それで弟さんは見つかりましたか?」
ルエイニアに聞いてみました。
「……あ、まぁそうのは子達が戻ってきてから調べるから少し待って貰えないかなぁ。あんな場所で、一人一人の身元を確認している時間も人も居ないんだからさぁ……そりゃ大賢者様なら一瞬で探し出せちゃうと思うけど……なんだっけ、魔力の流れとかも見えるんでしょ」
「どちらかと言うと魂と魄の色を見わける感じでしょうか?」
「また、大賢者様がさらっと凄いこと言ってますよ……」
ルエイニアが肩をすくめています。「その程度の事って普通にできますよね?」と周りを見渡すと全員首をふっていました。
「いやいや普通に出来ますよね?」
「そ……それより昼頃戻ってくるなら準備をしなければなぁ……あ、客人達はお茶でも飲んでゆるりとしているといいぞ」
ドロルがそう言い残すとそそくさと出て行きます。
「ああ、わしも昨日の娘を連れてこないとなるまいて弟君を探しているのだろ。恐らくその中にいるのだろうし……そういえば会計に詳しい商人も呼び出さなねばならぬわ……スラムの調査もしないと行けなかった……ああ、忙しい、忙しい……すまんが筆頭秘書官殿も少し手伝ってくれないか」
法学官長もそう言い残すと渋っている筆頭秘書官を無理矢理連れ出しそそくさと出て行きました。
「あ、僕もちょっと用事があるから後でね」
ルエイニアは一瞬で闇に紛れていきます……また妖しげな幻術を使ったようです。仕方ないのでお茶でも啜っていることにします……この鼻から抜けるような感覚は、ミントティーです。これに砂糖たっぷり入れると爽快感が増します。それからエレシアちゃんと茶菓子を摘まんでいました。
竜は皿に盛ってあった菓子のおかわりをしていました……少しは加減を知るべきだと思います。手持ち無沙汰の時間をエレシアちゃんと団欒しながら過ごすとお日様が真南を向いている時間になっていました。
「フ……フレナ様、夜明け四刻の鐘が鳴っています」
エレシアちゃんが語りかけてきます。
「そういえば、お昼の時間ですね」
「そ……そうではなく、フ……フレナ様、そろそろ準備を……」
「そうです。エレシア様も準備をなさいませんと」
筆頭ではない方の秘書官がエレシアちゃんに声を変えるとおめかしをすると言い始めて連れていきました……宮殿将軍猫が居ないか探してみましたが、近くには宮殿将軍猫どころか猫一匹も居ないのでその間、竜と人間さんの世界の常識について復習をすることにしました。
エレシアちゃんが戻って来たところで従者が駆けつけて「外の広場までお連れします」と言うのでその後をついて行きます。広場に向かうと警邏隊と数十人の子ども達と縛られた山賊達が転がされていました。
ドロルと法学官長も駆けつけています。ルエイニアと筆頭書記官が何やら作業をしていました。
広場の一角の子ども達が集められている一角に足を運ぶと筆頭秘書官は今まで見たことの無い様なテンションで少年に話しかけています。その少年は鼻筋が良く均整の取れた顔立ちをしています。その顔立ちは父の足元にも及びつきませんが、いい線言っているのでは無いでしょうか?背丈は中肉中背と言ったところで襤褸切れを纏っているのですがそこはかとなく尊い雰囲気を醸し出しています。その黒い瞳は少し虚ろで潤んでいました。少々やつれた感じもしますが、それは長い拘留生活の所為でしょうか?その子に向かって筆頭秘書官は半分裏返った様な声で矢継ぎばやに質問を投げかけていますが『好きな食べ物は何か』とか『年上の女性は好みか』など本来聞くべきないようとは全く違う話を聞いている気がします。そこで私が横から声かけしてみました。
「少し失礼します。貴方は昔、エリウ議員の館で働いていませんでしたか?」
「は……はい、そうですけど……」
少しぎこちない感じで少年が答えます。これは魂魄の感じから屋根裏部屋の少女の弟に間違いありません。そこで一声掛けておきました。
「あちらでお姉さんが待っていますよ」
少年は潤んだ瞳で指さした方向を見渡すと目的の人影を見つけたのか「姉さん」と叫んででそちらの方へ駆けていきました。姉弟の再開と言うのはとても気持ちの良い物です。横で、「せっかくイケメン少年を捕まえたのに、みすみすリリースしやがって」と筆頭秘書官が愚痴っているのを除けばです。
一方、広場外では何やら騒がしい叫び声が聞こえてきました。耳を少し動かし聞いてみると……。
「議員の屋敷を燃やした亜人どもを捕らえて処刑しろ」とさけんでいる様です。それを聞いたドロルと法学官長が慌てて駆けていきます。私は、もう少し姉弟の再会を眺めていたいところですがそれはエレシアちゃんに任せてその後を追いかけることにしました。その瞬間、筆頭書記官の瞳がキラリと光った様な気がしますが恐らく気のせいでしょう。
広場の出口の方では庶民派議員エリウの率いるデモ隊と警邏隊が押し問答を繰り広げていました。
「何を言う、お前らはこの屋敷を見て何も思わないのか?さては、亜人どもにたぶらかされたのか?灰燼にこした、俺の屋敷を見て何も思わないのか……さてはお前もグルだな。法学官長どのそう思いませんか?」
庶民派議員のエリウは声を荒げて叫びます。
「いや、灰燼にはなっていないぞ、幻覚でも見えているのか?」
「そんな事は無い。そうですよね。アグル様、ドマル様」
「そうだ。我々を貶めようとしてもそうもいかぬぞ」
「それなら屋敷を見に行こうではないか」
法学官長はそう言うとエリウの屋敷の方に向かいます。屋敷に辿りつくとアグルとドマルも手下を集めてエリウの屋敷の前で騒ぎ立てていりようです。その様子を見かけた市民達は怪訝そうな顔をして見てはいけないものを見たような顔をしながらそそくさと立ち去っていきます。
「あいつに投票したのは間違いだった……」
などと言うつぶやきも聞こえてきました。屋敷は燃えてはいませんから通り掛かりの人達は白昼からおかしなことを叫んでいる人でも見たとでも思っているのでしょう。
「それならばマースの神託で決める事にしましょうか?異存はありませんね」
「こちとら被害者なんだ、俺らを加害者に仕立てあげようとしても無駄だぞ」
彼等は法学官長と大祠に向かいました。大祠と言うのはマースドライア教に於ける神殿の様なものだそうです。マースドライア教には巫女や神官の様なものが存在しません。ただ唯一の名を持たない神を信じるマースドライア教には宗教的な指導者は教典上は存在しません——ただし宗派によって解釈が変わります——。そのため信者が祈る為の施設は単なる祠で、沢山人が入れる祠を大祠と呼びます。法学官長は、マースの聖典を解釈し、教法なるものを発布する権限がありますが、それも全てが受け容れられる訳ではありません。あくまでマースならこう考えると言う指針を述べると言う建前になっています。あくまでアルビスの法は議会が採択し発布したものだけが有効になるだけです。しかしながら法学官長の教法は事実上の法として機能することもあります。なお、この下りは全て外交官から聞いた話をそのまま書き写しただけなので幾分意味が理解出来ていません。
大祠の中に入れるのはマースドライア教の信者だけなので私はドロルと一旦宮殿に戻りました。宮殿に戻ると騒ぎを聞きつけたのか富裕派の議員達が宮殿に集まっていました。話の流れでその会合にドロルと顔を出す事になりました。既に富裕派議員は会議室に入り、警邏隊やルエイニアがまとめた報告書を読んでいました。
そのうちの一人、富裕派議員のダムルが言います。
「アグルは帝国から剣闘士として受け容れた奴隷を使ってスラムを制圧し、剣闘士を利用して最終的には国を乗っ取ろうと言う魂胆だった訳だな。それで、あやつらはスラムにやたらと執着していたのか」
それに対して私は聞きました。
「街ハズレに奴隷居住区がありましたが、そちらの方がやりやすいのではないないのですか?」
「あそこは制圧しても何も手に入らない場所だからな。何も無いから維持するのに金がかかる。市民居住区とは離れているから地区ごと切り離せば終わりだ。維持する食糧と水だけでも金がかかる。スラムは、今では瓦礫となっているとは言え一応市民居住区、中央広場にも近くこの国にとっては喉元に突き刺さったナイフみたいなものだ。何かと理由を付けて国税を引き出す事が可能だ。まぁ……結局やつらの目的は金にすぎんな。とはいえスラムをあのまま放置するのも危険だな……再開発を急がねばなるまい。……孤児院も作らねばならぬか……運営は法学官達に任せるか……予算は……」
ダムルがぶつぶつ言っています。続いてエーユが口を開きます。
「そしてスラムの制圧をアグルの右腕の〔千倍のロビネ〕、奴隷の調達をエリウと女中頭がやっていたと言う訳だな。ああ、この女の名前は話を聞いた事があるアグルの古なじみで詐欺奴隷商人で昔名を馳せた女と同じ名前だ。あの旦那も難儀な奴に絡まれたものよのぉ……あいつはお人好しすぎるんだな……奴ほど庶民派にふさわしい人材はいなかったのだが最近姿を見ないと思ったら既に亡くなっていたのか……彼に神の幸あれ」
今度は感傷に浸っている様でした。一方、向こうの方で筆頭書記官が弟さんに詰め寄っていました。頬を赤らめながら息が荒くしながら話かけているようです。弟さんが、どん引きしていまいした。
最後に富裕議員ユサンが報告を読みながら顔をしかめながら話し始めました。
「ドマルは闘技場の八百長賭博で資金稼ぎをしていたわけか……本命を負けさせる為に会場を出た後に襲わせたり、妨害工作をしていたわけか……これは酷いわ……薬物は混ぜるわ、下剤は飲ますわ、ミスマッチに負けさせるためならホントに何でもありかよ……こいつらはちゃんと市民達に裁かせよう。市民達に信を問わせようぞ……庶民派で残るのはユーグだけになるか……しかしユーグは庶民派でも特殊な立場だな……代わりの議員は市民派から選ばせても良いな。危急の自体であるからな」
「「それについては意義はない」」
三人はその点については同意していました。
「ああ、そういえばユーグはマースドライア教徒ではありませんね。異教徒の代表でした。彼がこの企みに参加していなかったのはそれもあるのでしょうかね。彼等とは距離がありすぎる」
「マース曰く『異なる神を信じるものも同等に扱え、なぜならその神も根源は同じだ』だな。ユーグは庶民派と言うより異教徒の代表だ」
「市民総会にかけるとすれば庶民派を追い込む事は出来ない相当の譲歩は必要であろう。全ては神と市民の為に」
ダルムが締めます。
その後、ドロル達とたわいもない話をして時間を潰していました。




