表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイエルフの人間学入門  作者: みし
第三章 アルビス市民国編
101/138

アルビス市民国編28 死霊使いの巻二

「どうした、小娘。もう攻撃は終わりか、今度はこちらの反撃だ」


 単に見ているだけなのに偉そうな黒ローブが屍竜の代わりに言います。すると竜が首をもたげて、強烈な(ブレス)を吐き出してきました。どうやら人の発音できない唸り声で呪文を唱えている様です。屍竜が息を吐き終えると腐った風が、こちらに向かって飛んできます。屍竜は霊体を持っていないので当然意識は存在せず黒ローブが指示し微かに残った竜の幽魄が本能で魔法を使っているというところでしょう。単なる動く屍体に過ぎないので普通は魔法を使える訳がないのです。そこに幽魄すら無ければ、もはやそれは死に損ない(アンデッド)すらなく単なる屍体を素材にしたゴーレムに過ぎないです。


 竜の(ブレス)は《結界(バリア)》で防ぐことにします。前面に《結界》を張ると風は面前で止まりそのまま拡散して行きました。


 どうやら屍竜の攻撃は大した事無いよう。もしかするとまだ小手調べの段階かも知れません。黒ローブの方をみると何故か微妙に動揺しているしぐさをしていました。微かに動く唇からこんなことを呟いていました。


「……何故だ……あの亜人の周りの魔素も吸収しているはずだ……。故に奴は防御魔法を発動出来ず、我が竜の毒の吐息(ポイゾン・ブレス)を食らって徐々に衰弱していくはず……。まさか魔素を使わないで魔法を発動……もしかしてあの亜人は信仰魔法の《聖なる防護ホーリー・プロテクション》を使ったのか?」


 亜人って言い草が気に入らないのですが信仰魔法は使っていません。やはり外の人達は下代魔法の正しい使い方を知らない様です。下代魔法は魔素が無い場合は変わりになるものを使って魔法を発動させれば良いと言うことを知らない様です。火を得るのに近くに火精が居なければ薪を燃やせば良いのと同じです。火精と薪、手順、火力、燃費などが異なりますが火を得ると結果は同じです。結果さえ同じならどのような手法を採っても構わないのが魔法と言うものなのですけど……とここまで考えて気がついたのですが闇穴竜は魔素を吸収するのであって魔法自体を吸収する訳ではないようです。先程飛ばした魔法は魔素(マナ)を変換して発動したモノなので竜に触れた瞬間に魔法が魔素に還元され吸収されていたと仮定してみました。そうすると魔素を使わない魔法をぶつけてやればダメージを与えられる様な気がします。幸いなことに黒ローブは信仰魔法が使えると思い込んだ感じなので信仰魔法に見えるような軽い魔法を試してみます。


 ふんわりとした柔らかい光球を手のひらの上に発生させ、それをゆっくりと浮かび上がらせます。朧月の様な淡い光を発している《光の球》です。それを屍竜の方に投げつけます。屍竜はやはりその光を避けようとも受けとめようともしません。刹那、光球は竜の身体に衝突し綺麗に弾けます。弾けた光の破片が屍竜の周りをゆっくりと輝きながら下へと落ちていきました。


 ——どうやら仮説は正しかったようです。闇穴竜は、魔素を含まない魔法の分解や吸収はできないみたいです。


 アンデッド化した闇穴竜と信仰魔法の相性は最悪だと思います。闇穴竜は、魔素を使う魔法には強いと思われますが、その代わり魔素を持たない信仰魔法や打撃にはめっぽう弱く、多くの信仰魔法はアンデッドに対抗する為の術が充実しているからです。《生きる屍よ大地へ帰れ(ターン・アンデッド)》の直撃を食らって、そのまま土に返りそうな感じがします。ただ、竜を一撃で大地に返せるだけの力を持った信仰魔法使いが存在するのかは知りません。


「……神聖魔法を使われて少々焦ったがその程度の威力では我が屍王(ゾンビ・ロード)の敵ではないな。所詮は亜人よ。信心が足りぬ。精々、第二階梯(レベル2)祈人(プレイヤー)だったか……それならば死の神の祝福を受けた我の敵では無い。これから我が死霊魔法(ネクロマンシー)の神髄をとことん味わうが良い」と黒ローブが呟いています。


 黒ローブは、屍肉(ゾンビ)ではなく屍王(ゾンビ・ロード)などと言っています。ロードのあるなしは、幽魄のあるなしの違いを言っているのでしょうか……。そういえば薄い本に出てくる屍肉が魔法を使ったところ読んだ記憶がありません。それから死の神の祝福と言って居るので恐らくマースドライア教徒では無さそうです。マースドライア教なら太陽の神も死の神も全て同じ神ですからわざわざ言い替える必要は無いでしょう。


 それはともかく、もう少し実験をしてみることにしました。魔素を使った魔法の多重化で闇穴竜の内側に打撃を与えられるかと言う実験です。まず魔素を固めて無属性の小さな円錐を作り出します。この部分が核になる部分でここには《爆砕(ブラスト)》の魔法をこめておきます。その上に防御魔法の魔素を何度も重ねかけて行きます。これを百回ぐらい繰り返すと魔素を固めた大きな魔素の鏃が出来上がります。最後に持ち手を付けて宙に浮かび上がらせます。


 魔素の塊をそのまま飛翔させるとそれを竜に突貫させます。屍竜はいつものように悠然と構えて魔素を吸収させようとしますが、どうやら多重構造を分解仕切れなかったようです。魔素の層の何層が吸収できずに竜の体内まで突っ込むと内部で炸裂しました。


 衝撃の音と共に焼き焦げた匂いと共にドロッと屍竜の肉がこそげ落ちます……この魔法は手間の割に結果があまりよろしくありません。精々、身体の一部削ったのが成果と言ったところです。生きている闇穴竜であれば、口の中や目、逆鱗に当てれば効果ありそうな気がしますが、既に死んでいる相手なので身体の一部を削ったぐらいではどうやら戦力の低下は見られないようです。


 こちらに対しては屍竜は次々酸亜属性の魔法を投げかけてくるので《可動防壁》の魔法で全部防ぎます。


 黒ローブの方を見るとどうやらイライラしてきたようなのでここは一気に終わらせる事にしました。


 光輝く槍を宙空に十五本浮かび上がらせました。見た感じは《聖なる槍(ホーリー・ランス)》の様にしてありますが実は単なる《光る槍ライティング・ジャベリン》です。単なる槍状の光線に過ぎません。しかし、それを見た瞬間、黒ローブの男は顔を真っ青にし


「ま、まて降参する」と叫びます。


 黒ローブの魔道士が、突然叫びだしたので取りあえず《光る槍》を一旦消し


「私が戦っているのはこの竜で、貴方ではないですよね?」


 と少し意地悪く返してみます。


「しかし、わしはセコンドじゃ、こいつがこれ以上戦えないと判断する権限がある」


「そうですか?それでは直接聞いてみることにします」


 屍体と話した事はありませんが魔法が使えるのでたぶん大丈夫でしょう。そこで幽界に経路(パス)を通して意思疎通してみました。幽界を通した場合は、漠然としたイメージでしか意思疎通が出来ませんがこの場合は問題は無いでしょう。


『……誰か還らせてくれ……。冥界に還らせてくれ……。分かたれた半身に戻りたい……』


 屍竜と意思疎通して見ると呪詛の様な声が繰り返し聞こえてきました。


『お前が土に還してくれるのか……魂と合わせろ……もう休みたい……どこの馬の骨か分からぬ奴にこき使われるのはもういやじゃ……』


「この竜は土に還りたいと言ってますね」


「いや、そんなわけがない」


 黒ローブは語気を荒げると屍竜に何か呟いていました。どうやら何かの《呪い》みたいなものの様です。闇穴竜は首を大きくもたげたあと、ぐったりとうなだれます。


「もう、わしらの負けでいいじゃろ」


「そうですね」


 そう言うと《魂魄還冥》の魔法を屍竜にかけます。これは上位古代魔法(ハイ・エンシェント)の一種で使用条件が難しいのですが因果律の計算では歪められた死を元に戻すのであれば生態系に影響が出ないと言う解答が導き出せたので使うことにします。


 屍竜はそのまま崩れ落ち灰になっていきます。『ありがとう、これでやっと眠れる』と闇穴竜は言っていた様な気がします。気がするのは幽界を通して得られるのは曖昧なイメージなので……


「……わしの飯の種が……」と呟いている黒ローブが呆然と立ちすくんでいました。


「またまたフレナの勝ちだーーーー!。これで七連勝だ!!!」


 と言う《拡声術式》が闘技場に響き渡りました。


 ……

 ……


 控室に戻ると次の試合は三日後と言われました。


「そんなに待てませんが?そもそも六日で十戦と言う話でしたよね」


と問い詰めると


「対戦相手がもう居ないのです……」


 スタッフが首を横に振りながら言います。


 相手が居ないってどういうことでしょうか……私はさっさと十連勝して、議員に謝罪させたいので早く相手を見つけて欲しい訳ですし、この国に滞在できる訳ではありませんので


「次の試合を急いで決めてください。期日まで相手が用意できなければ残りはこちらの不戦勝になりますよね」


 と言い残してと会場を一旦後にしました。


 その足で市場に行き堅果(ナッツ)類を山ほど帰ります。これを粉にして焼き菓子を作ることにします。公使館の方に行きそこで忙しそうにしている新しい外交官と筆頭ではない方の秘書官に言うと厨房を借りクッキーを山ほど焼いて巾着に入れて屋敷に戻ると見慣れぬ奴隷の少女が出迎え「今日は主人が戻らない」と言う話でした。あの年めいた女中も一緒に付いて言ったそうです。エレシアちゃんと筆頭書記官も同じ用事に呼ばれて帰ってこないそうです。右と左の二人が居たのでその話をすると「いよいよ来たな」「意外に動きに早かったですね。やはり昨日の襲撃失敗が聞いたのでしょう。それとも賢者様の快進撃のおかげでしょうか」と言っていました。 


 そこで、ジニーを通してエレシアちゃんの様子見てみるとつつがなく用事をこなしている様でした。これは後でご褒美を上げないと行けません。焼いたクッキーを食べさせてあげましょう。堅果(ナッツ)クッキーを左右の二人に試食させたところ普通のクッキーより芳ばしいコクがあってサクサクした感触が行けると好評でしたし。


 ついでに(ノルシア)に《念話》で闇穴竜について聞いてみました。竜は「あの食べると口の中で弾けてピリピリする奴か?中々いけるぞ。人族には食えぬかも知れぬが」と言っていました。味については聞いて居ません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ