アルビス市民国編27 死霊使いの巻一
そういえば右と左の二人に詳しい話を聞こうと思ったのですが。どうやら屋敷に居ない様です。こちらも明日の準備があるので二人を探している時間はあまり有りませんし、《念話》で呼びかけるのも野暮なので巾着の中から日記を取りだし今日の出来事を記録します。エレシアちゃんと食べたアイススクリームについて百葉ぐらい書く必要があります。
翌日。指定された時間に闘技場に赴きます。
今日の試合は準備に時間がかかると言われました。控え室で午前中をたっぷり使って準備をすると言う話です。準備が必要な相手なのか闘技場に大仕掛けをする必要があるのかは良く分かりません。相変わらず受付では怒声が飛び交い、闘技場のスタッフが走り回っています。そんな中控え室で一人、試合の準備を待っていしました。規則で試合が終わるまで控え室の外に出ることが出来ません。
——正直暇過ぎるので何か実験でもしましょうか——例えば氷を作る粉を作ってみるとか——と思いましたが、ふと思いついて駆けずり回っていたスタッフの一人を捕まえてみました。
「ところで市場の食べ物のお取り寄せは出来ませんか?どうせなら試合の前に、たっぷり美味しいものいただきものですから?」
——我ながら良い提案です。
「……少し待ってくれ」
そう言うと男は小走り走り去っていきました。
……
……
「やはり、この街の干し果物は美味しいです」
檸檬水を飲みながら小走り男が買ってきた果物を囓っていました。アルビス市は干し果物が中心で新鮮なものは少ないです。後は固い豆の様な堅菓類が豊富です。どうみても栗鼠や鼠が好きそうな食べ物です。これらの堅菓は南方から輸入されてきたものだそうです。ここに焼き鴨や猪肉の串焼きなどもあると良いのですが、残念ながら草類だけです。……あまり気の利かない人でした。仕方ないので今は果物を堪能することにします。
そう言えばあの奴隷の弟さんは一体どこに居るのでしょうね。闘技場の地下に怪しげな空間はあるのは分かっていますが、猛獣を待機させたり大道具をしまってある場所で人が住んでいる気配が一切しません。市内にも養成所の様な建物は無さそうでしたし、昨日の子どもが住んでいる廃墟の様な場所にもそのような気配はありませんでした。
——もしかしたら街の外に訓練場みたいなものがあるのでしょうか……。
そこまで行くのは流石に大変なので清掃係の人達にお願いして探してもらいましょうか……。
しかし、この堅菓は砕いて粉にして小麦粉に混ぜてクッキーパイをを作ったりすると美味しくなりそうな気がします。これは一回作って食べて見たいところです。さっさと試合を終わらせて今日はクッキーを焼いてみたいところです。取りあえず公使館の台所でクッキーやケーキを焼きましょうか……。この堅菓を砕いてペースト状にしてアイスクリームに混ぜ込むのも美味しそうな気がします。
そうこう考えていると会場に呼び出されました。
闘技場に向かうと目の前には黒いローブを深くかぶった見るからに怪しげな魔道士とその隣には黒い竜の様な物体が並んでいました。今回のルールは武器で攻撃してはいけないと言う話です。「素手で殴るのは良いのでしょうか?」と尋ねたら「それもルール違反になります」と言う話でした。どうやら単純な魔法勝負……でも無さそうでした。あの魔道士は竜みたいなのを連れていましたので相手は、あの竜を使って攻撃を仕掛けてくるに違いありません。——それから補足説明があり、そこに居る黒ローブの魔道士はセコンドの様なもので試合相手は竜のような物体だけだそうです——と言うことは調教師戦と同じ用に黒ローブには攻撃して行けない様です。
黒い竜の様な物体ですが、一見すると竜みたいですが、身体は腐臭を漂わせて体表がふつふつして爛れています。身体からは精霊が全く感じられないので、古竜ではないようです。竜と古竜の最大の違いは半精霊か否かですので精霊力が皆無であればただの竜に過ぎません。今、ここに居る竜はエレシアちゃんの護衛に付けている古竜より一回り以上小さく体表からはどす黒い膿が爛れ落ちていました。本来なら死んでおりどうやら既に生きていない存在です。観察するに、この竜は死の概念の上に《死に損ない》と言う概念を魔法で強引に貼り付けているような感じがしまし。。この魔法は質の悪い上位古代魔法を使っているのではないかと一瞬考えましたが、その存在には上位古代魔法の特徴らしい緻密な論理がどこにも見当たりませでした。ただ単純に死んだ竜の肉体の上に《死に損ない》という概念を上書きしただけです。肉体は既に朽ち果てており、その中には霊魂の存在が感じられません。肉体に張り付いている幽魄の抜け殻が漂っているだけでした。
そうするとするとこれは信仰魔法の一種と考えた方が腑に落ちます。上位古代魔法の緻密の論理に乗っ取るのであれば、《死》と言う概念と《生》と言う概念を反転させるか《死》と言う概念そのもの取り去る方が自然と考えられるからです。この物体は不自然に歪められた概念で動いており、上位古代魔法と考えるにはとても無理がありました。この黒い竜の様なものを黒ローブの魔道士は屍竜と呼んでいました。文字通りゾンビになった竜と言う事でしょう。
その竜は闇に溶け込む様な驚くべき黒さをしています。もしかすると生前は闇亜属性の竜の可能性がありませす。そうすると生前は闇竜で、今現在は闇屍竜と呼ぶべきもかも知れません。
ともあれ朽ち果てた肉体とそこに残る幽体の残滓を魔法の力で《《死に損ない》》にしているのがゾンビと言う概念と定義づけることにしてみます。霊体である霊魂が存在しない以上、屍竜自身には意思は存在せず、黒ローブの命令もしくは本能だけで行動すると想定できました。
そう考えて居る間に《音響術式》で試合が始まります。
「さて、最初はどう攻めしましょう」
《《死に損ない》》の概念を解呪すれば終わる試合では思うのですが、それでは味気ないので最初は普通の攻撃魔法で屍竜を攻撃する事にします。
「ヴァンティーユ=リ!」
屍竜に向かい軽く《火球》を投擲してみます。屍竜は火球を避ける訳でもなく対抗する訳でもなく緩慢とした動きをしていました。《火球》はそのまま一直線に飛んで屍竜に衝突します。
次の瞬間、《火球》は屍竜当たると何ごとも無い様に霧散しました。ーー正確には吸い込まれたと言った方が良いかも知れません。《火球》は屍竜の体内に取り込まれてそのまま消えてしまいました。
それを見た黒ローブが不気味な笑みをたたえています。
どうやら火属性の魔法は闇竜とは相性が悪いみたいなので、今度は火属性では無く水属性の魔法をぶつけて見ることにします。
「ヴァンティーユ!」
《渦巻》の魔法を唱えると大きな渦を巻いた大量の水が出現し屍竜を飲み込みます。次の瞬間、そこにはまるで何も無かったかの様に竜が緩慢と動いています。先程の大量の水が跡形もなく消えていました。
それを見て黒ローブが再び不気味な笑みをたたえています。
……と言う事は恐らく魔法を吸収する竜でしょう。確か、薄い本にそのような竜が出てくる話が合ったと思います。その名前は確か闇穴竜と言う名前だった気がします。闇穴竜は魔素を餌としており周りの魔素と言う魔素を吸収しつくしてしまいます。辺り一帯を魔素を吸い尽くし周辺一帯を魔法不毛の地に変えてしまうとかそのようなことが書いてあった気がしました。つまり、魔法は闇穴竜の食餌に過ぎないと言う事でしょう。その話では闇穴竜は最後に棍棒で殴り殺されていました。
しかし今回のルールでは物理攻撃は禁止です。棍棒で殴れば勝てるが、あくまでも魔法で倒さないと行けないのです。
 




