第2話 最重要事項はおひとりさま
俺はぼんやりと傍らの時計を見た。
午後6時を回ったところ。
外はもう真っ暗だ。
ああ、もうすぐ明日になっちゃうな……)
《どうするのです? 行くのですか? 行かないのですか?》
どこからともなく響く正体不明の声につつかれる俺。
「いや、急にそんなこと言われてもなあ……」
《異世界に行きたいのではなかったのですか?》
「ああうん、行きたいなあと思うよ? 思うけどね、現実にいきなり言われてはい行きたいです、なんて軽々しく言えないよ」
《そうですか、残念です。では……》
姿は見えないので声だけでしか判断できないが本当に残念そうに去ろうとする謎の声を慌てて引きとめる。
「あー!あー!!ちょっと待って待って!まだ行かないでくれ!」
《なんでしょう?やはり行く気になりましたか?》
「いやその、ちょっと聞きたいんだけど、行ったら行きっぱなしなのか?」
よくある転生モノだと、大体元の世界では死んじゃうんだよな。
でも俺は死にたくない。
ものすっごいわがままな話だけど、異世界には行ってみたいが現実で死ぬのもいやだ。
《いえ、帰りたければいつでも帰ってこれますよ》
「マジで?」
《マジで》
ずいぶんフランクな謎の声さんだな。
「自由に行き来できるってことか?」
《そうです》
「まず最初にそれを言ってくれよ。なら試しにちょっと行ってみてもいいかな。あ、こっちとあっちの時間の経過は同じなのか?」
《それはあなた次第です》
??? どういう事だ?
《とりあえず現状では、こちらとあちらの体感時間は同じですよ》
「つまりあっちで1時間過ごしてからこっちに戻ったら、こっちでも1時間過ぎてるってことか?」
《そういうことですね》
うーん、あまりありがたみのない異世界だな。
こんなに会社嫌いなのに、社畜根性が染みついた俺は帰ってこれるならやはり出勤してしまうだろう。
行き帰りできるって、それ会社から帰ってリアルRPGやるようなもんだよな。
行きっぱなしならもう会社行く必要ないけど、現実にもそれなりに未練はある。
今年中に発売される新作RPGとか。
離れて暮らす両親を置いて居なくなるのも気が引ける。俺はそこまで薄情にはなれない。
《あちらは普通に魔法の概念がある世界です。そして個人個人にレベルがあります》
「レベル?RPGみたいな感じで?」
《そうです。そのレベルに応じ、あちらの世界での体感時間は長くなるのです》
「そんな仕組みがあるのか」
それならレベルが上がれば、こっちで会社から帰った後にあっちで1週間のんびりスローライフ、なんてこともできるわけか。
いや待て。
「じゃあ俺の肉体年齢はどうなる?」
《あなたの老化は居る世界に合わせて進むことになります》
じゃあレベルが上がって時間経過が遅くなれば、体感時間では俺はえらい長生きできるようになるってことかな。
それより何より会社の奴らと会わなくていい時間をたっぷり取れるようになるのはあまりにも魅力的だ。
と、そうだ、大事なことを聞かなければ。
「あっちで暮らすのはどんなところなんだ?一人で静かに過ごせるのか?」
そう、俺はとにかくおひとりさまで過ごしたいのだ。
必要最低限とか、どうしてもって時には致し方ないかもしれないが、他人との無駄な接触は出来る限り避けたい。
《あなたの選ぶジョブによります。どこで暮らすかはジョブによって変わってきますね》
「ジョブ? ああ、職業か? やっぱあっちでも働かなきゃいけないのか」
《ええ、さすがにお金を稼ぐことはご自分でして頂くことになります。でも特に能力や技能がなくてもお一人で十分生活していけるくらいのお仕事ならそれなりにありますので》
「俺あんま肉体労働とかはできないけどそれでも?」
《はい、標準並みの体力であれば問題はありません》
実のところ俺は会社の仕事自体はそこまで嫌ではない。
つまり、今の現実世界でも一人で仕事できるのなら全然不満はない。
問題は……。
「俺一人だけでできるような仕事もあるか?出来るだけ他人と関わらないような」
《もちろんです。薬草採取とかでも十分暮らしていけますよ。薬草と毒草を見分ける魔法もありますので。もっともあくまであなた一人が生活していけるレベルと言うだけで、稼ぎとしては多い方ではないですが》
薬草集め!それはいいな。
生活さえできればそれでいい。俺はもともと酒も煙草もやらないし、派手に遊ぶのも好きじゃない。
薬草を集めてる横でスライムみたいな可愛い魔物が飛び跳ねてたりしたら最高だ。
――――― よし決めた!
「わかった。連れてってくれ!」