生命に祝福を
なにも見えず、なにも聞こえず、なにも知覚できない領域はその道を通る者の身体よりも狭く、圧迫感のみがそこにはあった。
今まで住んでいた楽園は既に閉じられた。呼吸も食事も排泄も、生存に必要な全ては自分ではなく、母に任せていたが、その安住の地から彼女は追放された。
誰の案内もなく、誰の手助けもない。暗黒で包み隠された一本道を彼女はたった一人で進む。
悲しいだろうか。
さびしいだろうか。
こわいだろうか。
そのどれもが正解であり、同時に不正解でもある。
永遠の安寧を失ったことは悲しいことだろう。
たった一人孤独に進み続けることはさびしいことだろう。
もう二度と戻れないことはこわいことだろう。
しかし、こうして道を進むことは彼女にとって希望であり、救いであり、喜びである。
彼女はやっと無限にも思われた道から踏破し、母から生まれ出る。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
彼女の叫び声が響き渡る。
彼女は泣くことしかできない。母の胎から外へ出た彼女にとってこれが最初の呼吸だ。全てを母から与えられるのではなく、自分で空気を取り込まねばならない。
しかし泣き叫ぶ彼女とは対照的に、周囲は皆笑っていた。その笑顔に嘲笑や憐みの色はなく、誰もが彼女の誕生を祝福している。
これから先の彼女の人生がどうなるかを知っている者はいない。病気に悩み、怪我に苦しみ、死を恐れるだろう。悩みを持たない者はいないのだから。
しかし不幸が幸福を押し潰してしまうことはない。未来に不幸が待ち構えているのと同様に、幸福が彼女を待ちわびているのだから。
彼女の人生はこの瞬間に始まったばかりである。