大量のぶたさんと空飛ぶクジラ
―――:サウスフィールド帝国:サウスフィールド王都:冒険者組合:―――
「と、言うわけでサウスフィールド地方を支配したのだけれど……」
サウスフィールドの冒険者組合でサウスフィールドの第二王女であるフェイノ・リン・サウスフィールと、冒険者組合のマスターであるドワーフのギアは話し合いの席を設けていた。
「まずは大量に弱いモンスターを発生させて、大量に狩っていくという作戦ですな」
地域支配権のパネルを操作しつつギアは答える。
フェイノは頷いた。
「最初はきついかもしれないけど、冒険者と勇者の方にレベルをあげて貰うところかな」
「我々の味方でない勇者にも狩らせるので? それはやめた方が良いのではないかのぉ」
攻城戦は、今後とも2か月に1度ある。
今回はなんとか冒険者職員ギルドで地域支配権を奪えたが、次回もそうなるとは限らない。
冒険者職員ギルドに属さない勇者たちについては、狩らせないよう妨害するべきとギアは考えていた。
それにフェイノは反対する。
「いつか味方になるかもしれないからね。あからさまに妨害するのはダメね。それに地域支配権を奪われたとしても友好関係を築いておけば、無茶なことはしないと思うから……」
「それは楽観論にすぎるのではないですかのぉ」
「モンスターを強化されてもそれまでにレベルを上げておけばある程度は問題ないんじゃない?」
勇者の成長速度は冒険者よりも数段速いとされる。
既にスキルの保有数などにも差がでているのだ。
将来的には強くなった勇者たちとなんらかの折り合いをつける必要があるとフェイノは感じていた。
「地域支配権を奪われてモンスターが満足に狩れなくなったとしても、食料だけはなんとか確保する手段は考えないといけないわね。農家系スキルとかどうかしら? 勇者2:50にも何か助力を借りられれば完璧よね」
冒険者たちがモンスターが狩れない場合は、そんなものは勇者に任せて我々は農業に頼ればよい。そんな手をフェイノは検討していた。
もともとサウスフィールドでは量は少ないが農業と南の海からの交易で成り立っていたのだ。
そこに農家系スキルがあれば一時的なモンスター狩りよりも安定した収益になるだろう。
「その、勇者2:50の方たちはこの世界のことをVRMMO-RPGとかいうゲームだと思っているのでしたか? そんな奴らが農業とかやり出すのじゃろうか」
「いるのではないかしら? 彼らは人とは違うことが好きな方たちなのだから」
そういう、人とを違うことを楽しみたいとするのが、VRMMO-RPGの醍醐味であったりするのだ。
戦闘だけがしたいのであればストリートでファイティングする対人格闘系や、世界の銃や戦車で戦うFPS系のゲームがあるし、近未来であれば盗んだバイクで走りだしたり、スマートフォンを投げて爆発させるような殺伐系なものもある。
だが、彼ら勇者はDMM。のようなファンタジー系RPGを選んだのだ。
で、あるならば。
例えば不遇なスキルをとってその組み合わせでなり上がるとか。
生産系スキルをとってぶいぶい言わせるのだとか。
技術チートで生産革新を図ったりだとか。
おいしい和食や洋食を異世界人に食わせてリアクションを楽しみたいとか。
異世界の人間におでんやらメンチカツやらを食べさせればそれは面白い反応を返すことだろう。
そんな人たちが農業系に目を向けないことは無いはずだ。
すでに青酸系の毒や、体育館やカラオケなどをスキルで作ってしまう人たちもいる。
そんな勇者たちが、新技術――フェイノは知らないがジャガイモ量産だとかノーフォーク農法だとかの技術――チートをやりたがらないはずがないのだ。
そんな彼らの技術支援を受けて農業スキルの持った農民が成長したならば。
将来に向かってさらなる繁栄を得ることができるだろう。
だが、とにかくフェイノとしてはなるべく勇者たちには飽きられずにこの世界に居続けてくれればそれでよかった。
勇者がもたらす魔力は膨大だ。
勇者1人、2人程度召喚するのに比べて、勇者2:50の人間は時たま来るだけであり世界に与える影響はほんの少しではある。が、なにしろ人数が多い。掛け算すればその存在感は明らかに上回る。
例えるなら、10pointの一人しかいない勇者ヤマダの評価 10 pointと、2pointしかないが100人いる勇者2:50のブックマーク 200 pointのどちらが良いか? という話だ。
このDMM。のサービス期間が後2年で終わるとしても、200pointもあればこの世界は永遠になる。直近の目標としては定期的にモンスターの種類を変えるなどして飽きさせないようにすれば、しばらくは大丈夫だろう。フェイノはそのように読んでいた。
「しかし魔力的な恩恵と、技術的な恩恵ですか。フェイノ様にとっては笑いが止まらないことでしょうな」
「この世界にとっては、ですわね。帝国にとっては大量に繁殖したぶたさんの肉が出回ったらいまこの帝国で大量に備蓄している邪魔台国産のモンスター肉の価格が下がるのが痛いわね。だいぶ捌いたけれど。そこは許容するしかないと思っている」
「しかし付加価値が付いて逆に上がっていると聞いとりますが?」
「商人の人たちがうまくやっているみたいね。超値上がりを見込んで変な風に囲い込みした方たちは死んでいったけどね」
「冒険者ギルド長としては恥ずかしながら商売の方は分からないのじゃが、そんなものですかね」
「ぶたさんに飽きられて次のモンスターを出すころにはまた値が下がるから、売りのタイミングはすごい難しいわね……」
悩み出すフェイノに対してギアは口出しができない。
頑強さを買われて冒険者などをして気づけばギルド長になっていたが、基本叩き上げだったギアには商売に対する手出しが難しい。
元は鍛冶職であり、ものさえ作っていれば、ギルドで円滑に人が回るようにしておきさえすれば、今まではそれで良かったのだ。
そこでギアは自分でもなんとかなりそうな話を切り出した。
「……。商売の難しいことよりも、これからを考えませんかのぉ。そう、次のモンスターじゃったか?」
「次のモンスターかぁ……。どんなのが良いのかしらね。今回のぶたさんに飽きたら……」
弱いモンスターとして冒険者職員ギルドの面々が選んだのは、ブタさんだった。
大量に沸くブタさんはこの世界では魔力を持っているため突撃されると骨折程度の怪我はすることもあるが、その弱さのわりに非常に美味であることが知られている。この地方で一般的な調理方法は丸焼きだ。
フェイノは次に出すモンスターについて考えた。
今回の攻城戦は良いだろう。しかし、この次の攻城戦ではこのままではマズイと感じている。
いくら数が多くても効率が悪く、経験値が不足するのだ。
「このまま、ぶたさんを続けるわけには行かないと思うのですね」
「かといって、強くすれば被害が住民に及ぶ可能性もあるわけじゃな」
「そうですわ」
このままブタさんを出し続ければ、性徴の速い勇者2:50との差は開くばかりである。
冒険者の数が多くてもある一定のレベルを超えたらこのまま攻城戦を続けることは難しい。
今回の攻城戦として分かったことは、攻めより受けの方が弱い立場だということだ。
受け側は攻める側の標的となる目標のクリスタを一定の場所に現出させる必要がある。
その位置はマップに表示されるのだ。
一方で、人々の位置はマップには表示されない。
罠作成などの強力な陣地防御系スキルがあれば良いのかもしれないが、盗賊系のスキルを持っていれば突破は簡単であろうし、攻城戦の短い間に大がかりなものを作成するのも困難だ。
毒系のものも考えられるが、すでにフェイノは薬物耐性のスキル取得方法を勇者2:50の一人に教えてしまっていた。
それが広まるのも時間の問題だろう。
「んー。サウスフィールドの南方には海がある。海にモンスターをうようよさせて討伐させるとかどうかしら? クジラさんとか」
「住民にとっては安全になるでしょうが、冒険者が狩りに行くのが大変そうですじゃ」
「確かにギアの言うと通りね……。よしクジラさん飛ばそう!」
「は?」
フェイノがぶたさん大量発生の次に考えた案は空を悠々と飛ぶモンスターである。
クジラ型の大きな獲物であれば目立つし、攻撃を仕掛けない限り襲ってこない形式のものであれば住民への影響は少なく、冒険者や勇者たちにしか被害は及ばないであろう。
「もしそれが出来たとしても、勇者がそれを倒そうと思いますかね? 冒険者も難しそうですじゃ」
「確かにねぇ……」
もし空を浮かぶモンスターがいたとして、倒せるのは遠距離攻撃を持っている者だけである。
勇者全員が遠距離攻撃系を持っているとはとても思えなかった。
「というか、夢が広がると思うんだけどな……。空飛ぶクジラさんとか……」
怪しげな瞑想にふけ始めたフェイノに、これ以上考えさせるとろくなことにならないと考えた冒険者組合長のギアは投げやりに案を提案した。
「海を活用するなら、いっそ、攻城戦の直前にそこらの若い子でも集めて水着を着させて、南方の海で美少女コンテストでもやればいいのではないですかの? そしてサイスフィールド城にクリスタルを配置すれば、攻城戦が始まっても距離的な問題で来られなくなるのじゃ」
下ネタ系だった。
「それよ!」
「は? わしは単に気分転換に冗談を言ったつもりだったんじゃが……」
「どっきりもあるかもよ。すぐに綺麗どころを集めるのよ」
「は、はぁ」
ギアは突然始まってしまったイベントにため息を突いた。
フェイノはなんといってもこの国の王女であり、発言はするが実行はしない。金を出すだけだ。
実務的な実行役はサウスフィール城の文官や城務めの騎士たちであり、そして今回の場合は冒険者組合長たるギア自身なのだ。
「わし、ドワーフじゃから人間のキレイどころとか良くわからんのじゃが?」
「ドワーフなら、≪鑑定≫スキルはもちろん持っているのでしょう? 騙されないわよ?」
「く……、やるしかないのか……」
だが、実際問題になるであろうとギアが思っていた「キレイどころを集める」という困難な所業は、実は一瞬にして解決した。
希望者が殺到したのだ。
勇者たちは、冒険者組合が発行する新聞によるプロパガンダによって、地域の人々に圧倒的な人気を誇っていたのだから――
・ ・ ・ ・
―――:サウスフィールド帝国:サウスフィールド王都:冒険者組合:―――
「空飛ぶモンスターの手羽先……、豚さん屠殺した肉料理……、俺は堪能したぜ」
「モンスターのお肉! そしてチャーシュー! 魔蘇入りのチャーシューなる食べ物がこんなにおいしいだなんて思わなかった! もう毎日大量にないと私死んでしまうわ。そこらじゅうを走るお肉の群れ! そして飛ぶ手羽先と唐揚げの原料! 1匹1匹はともかく、大量に狩れば経験点としてもいい感じじゃない」
「でも結局VRMMOーRPGだから、ログアウトしたらヒモジイ現実を知るのが悲しいところだけどな」
「そんなこと言うなよ、現実世界はブタの餌ばかりだからな……」
「同じブタさんなのにこうも違うのか…」
彼ら勇者たちはDMM。の世界のご飯を食べて談笑していた。
もちろん食べた気がするだけである。
だが、そのまったりとしたした雰囲気を壊すかのように、勇者の一人がヤリを持ち出した。
「ところで食ったところで悪いんだが、この豚さんを屠殺したのに使ったのが、このガチャ産SSRレアリティの槍、伝説の性槍ゲイ掘るクなのだぜ! さぁ吐くが良い」
「よりにもよってその字をあてんじゃねぇ!」
「あててんのよ」
「シチュエーション的にまったくエロくねぇな。だいたいなぁ、そんなので掘った肉なんて腐りまくってるだろ。食えたものじゃないんじゃね? この肉は普通だ」
「あら? 肉なんて多少腐りかけな方がおいしいのよ?」
「ふむ…、熟成とか考えるとそうかもしれんが、言い方がホモホモしくてヤダ」
冒険者職員ギルドに所属する勇者たちは、来ればだいたい勇者専用の窓口係となっていた。
その方が圧倒的にトラブルが少ないのだ。
トラブルがあった場合は、即PvPの始まりである。勇者vs勇者の争いともなれば金が取れる勝負となるが、わざわざいろいろなペナルティが発生しそうなことをやる勇者などはいなかった。
しかし、わざわざ窓口に来るような勇者は少なく、今日も勇者たちは用意された食事などを食いつつ暇をしていた。
先日は狩もしていたがどうにも飽きたらしい。
「しかし、モンスターの肉はうまいんだが、この黒パンの固さはなんとかならんものなんだろうか?」
「どこかにイーストマウントのキンさんみたいな生産職はいなのだろうか」
「誰よそれ?」
「ほら、異世界ファンタジーの定番じゃない? こっちの世界のご飯が飯マズで、パンを柔らかくしたり、味噌とか醤油とか作っちゃったり」
「それいったいどこの料理小説だよ。醤油? この世界で作れるのかそれ」
なお、日本工業規格の「しょうゆ」とは、こいくちしょうゆ、うすくちしょうゆ、たまりしょうゆ、さいしこみしょうゆ、しろしょうゆの5タイプのみを指す。うどんなどにつかう麺等専用つゆは別ものだ。
「醤油メーカーもだいぶ淘汰されちゃいましたからねぇ。伝統的な醤油を再現できるのはもうVRMMO-RPGの中にしかないかもしれない」
「悲しい現実をいうなよ。頑張れよ中小企業」
「いやどうせなら、VRMMO-RPGっぽく、ヘリコバクターピロリ菌で醤油作るとかどうだろう?」
「さすがに俺でもそれは分かるぞ、それ細菌だからな。そんなの種麹として増殖したらダメ、絶対だからな」
「身体にビビッとくるおいしさかもしれんぜ?」
「身体にというか、胃に突き刺さるようなおいしさかもしれないがな。そんなピンポイントなおいしさはいらねぇ!」




