報道しない自由で世界は塗り替えられる
―――:邪魔台国:旧魔王城:―――
封印された邪神と魔族、それに大量のモンスターが住まう魔境――
周囲からそう言われて蔑まれてきた魔族領は、近年勇者が魔王を討ち、魔族の少女たちを支配下に置くことによって名前を勇者ヤマダの名を取って邪魔台国としたのはつい最近のことである。
それから約1年、邪魔台国はフェイノ・リン・サウスフィール第2王女を降嫁させる形でサウスフィールド王国に下り、サウスフィールド王国は国を支配したことによってサウスフィールド帝国と名乗るようになった。
とはいえ、大陸としての帝国の規模としては強大な大陸中央にあるノキタミア帝国に次ぐ当時2番目であり、しかも2カ国しかない状況のため周囲からは小帝国などと言われる始末であった。
とはいえ、名乗るだけならタダである。
そのことに対し第一の帝国であるノキタミア帝国は何か言ってくると思われたが、当時ノキタミア帝国は魔族領に進行し、かつ撃退された直後であったため、予想は外れ何も言ってくることはなかった。
その代わりノキタミア帝国は戦力増強のため勇者を召喚しようとし、あげく失敗して帝都が爆散、ノキタミア帝国は事実上の空中分裂、世界中ではモンスターが大量に発生を始めるという非常にはた迷惑な事象が起きるようになる。
――というのが冒険者組合で語られている「現状」だ。
「はてさて、どうしたものか――」
そのエブリディモーニングタイムズ、略してEMT新聞を読みながら、その少女は用意された朝のコーヒーを飲んでまったりとしていた。
場所は邪魔台国の旧魔王城の一室、魔王の居所である。
つまり、彼女は討たれたはずの旧魔王、ラララであった。
「偏向もここまで来ると見事というしかないな」
新聞の一面では旧勇者のヤマダがインタビューに答えている。
いわく、謎の爆発後、天光満つる処にある異世界の門が開き、大量の勇者がこの地を救うため彼らが暇なときに世界各地に訪れているだの、邪神アマト―を封印し、主神カーキンを復活させただの、フェイノは俺の嫁だだの――言いたい放題だった。
その後は召喚された新しい勇者たちがいろいろなモンスターをやっつけたことを大々的に紹介しているようだ。
実際はモンスターの出現率の調整などはこれから地域支配権を得た勇者がやっていくはずなので完全にマッチポンプなわけだが、偏向された新聞の威力というのはなかなか侮れない。
そもそも新聞というものも勇者が広めたものだ。植物からの紙製造、そして活版印刷の技術などはこの世界にはなかったものだ。紙の名前は、たしか勇者ヤマダの婚約者であるフェイノ・リン・サウスフィールが広めたから王女製紙とかいう名前だったか。
そうして出来上がった新聞は、活版印刷主体のため写真は無く絵文字であったが民衆に大きく広がり、サウスフィールドやノーザンテリトを中心に冒険者や勇者の地位を高める結果となった。この世界の絵文字文化の発祥もこの新聞による。情報を伝える、それ以上の価値を社会へ送り出していた。
――は? 本当は勇者は悪の存在? ノキタミア帝国は被害者? 勇者が≪熱核爆裂弾≫で都市ごとぶっとばした?
そんなのことあるわけないだろう?
は? それが事実? 事実とは真実によって覆い隠されるものさ。
は? どうやって隠すのかって? そんなことかんたんさ。報道しない自由を発動してなかったことにすればいいのさ。そうすればすべてなかったことになる。
新聞を発行して報道で全てを押し流す。インターネットがないこの世界では、庶民にとって情報源というのは新聞くらいしかなく、それはとても簡単なことなのさ。
確か、運営であるヤマダはラララの前でそんなことを言っていただろうか。
「しかし、かっこよくなっているよねー。ヤマダちゃんは――」
新聞を読んでいると、部屋のソファーで座っていた少女が声を掛ける。
新聞を持ってきたのも彼女だ。
白のワンピースがよく似合う白髪の少女だった。
「お前は良いのか? アマト―も討たれていることになっているのだが?」
「いいのいいの。いまはカーキン様と名乗っているからね。私がカーキン姓を名乗るといろいろばれちゃうから変えないけど」
商売と課金の神であるところの主神カーキンは実は邪神アマト―と同一人物である。
そのアマト―が造りし魔族の少女が、クルス・アマト―であった。
このクルス・アマト―はユウジがガチャで当てたSSRの分霊の本体である。
そうして、二人でぼーとコーヒーを飲んで談笑していると、急に二人の耳にポーンという音が入った。
「ん? ウルトラバイオレットのメッセージ? 運営から?」
彼女たち魔族は勇者たちと同じくウィンドウシステムが使えるため、世界地域で何かイベントが発生すると、紫色のメッセージをメッセージウィンドウから得ることができるのだ。
「んーなになに。邪魔台国地域は、勇者ユウジが支配権を獲得しましたーですって? どうする? ララちゃん」
「放置で」
それは初めから分かっていたことだ。
主神カーキンは土地の管理が面倒だから新たに召喚する勇者たちに管理を委ねようとしていたのだから。
その勇者にこの世界に対する興味を与えるため、クルスは分霊を提供したりもしているのだ。
そして分霊制度は本体との契約を促す――。邪魔台国地域以外の魔族の少女たちは、大変なトラブルとともに勇者たちによって解放されることだろう。彼女らにとって勇者は、本当に勇者に見えるに違いない。
それに過去魔王であったらラララではあるが。いまは多くの力を失った魔族の一柱でしかない。
勇者が地域を支配することに文句があっても無理を押し通すだけの権力はもはや――
「でもこの土地を知らない勇者に管理させるの、ラララちゃんは嫌じゃないの?」
「地域支配でできることには限りがある。ただちに生活に影響がでることはない」
「もう、ララちゃんてばそっけないなぁ……。って、あれ? このゆーちゃんてば今私の分霊がいる彼じゃん」
「なに?」
そう言われるとラララにも興味が沸いた。
少なくともクルスが自身の分霊から情報を取り寄せれば、そのゆーちゃんという人物の人となりを知ることができる。
ラララ自身はいまは分霊を供給していないが、しかし興味がないわけでもない。
「それで、ゆーちゃんとはどんな人物なんだ?」
「そうだねぇ。まじめな人? ずっと部屋に引き籠って、ログイン画面で勉強とか始めちゃうんだよねー」
「クルスとはとことん合わなさそうだな」
「んー。否定はしないかな。でも彼には≪始まりの魔女≫も付いているから大丈夫なんじゃない? 彼女頑張り屋だからー」
「なんだって! ≪始まりの魔女≫って、クルスは知らないのか? 彼女の過去を――」
思わずラララは立ち上がってしまう。怒りに震えて。
それだけのことをさせる何かが、その名前にはあった。




