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おいしいパンを作るために

 ノキタミア帝国の皇帝、オーカイ・ジーク・ノキタミア三世は王都の執務室でいつものように宰相からの報告を受けていた。

 執務室での仕事はいつものことだ。


 その多くは決済である。


 特に気にかかるものでなければただただ決済というのはハンコを打つだけのものだ。


 だが、時には決済だけでは済まされないものがあった。

 それは意思決定だ。

 間違えればこの帝国の今後を左右することもある。


 多少のことでは動じない帝国ではるが、間違え続ければ多少なりとも傾くことは自明である。

 細かな戦術レベルの策となれば家臣に頼むしかないのだが、戦略レベルのことは決めなければならない。


 そして今日話を受けた事案は、その意思決定を必要とするものであった。


「――で、魔族領を監視している者からの報告とはどのようなものなのだ」


「どうやら監視官の報告では、魔族自ら流布し領外に伝えているものらしいのですが」


「なんだと……」


 魔王領の魔族は多くが古代に人が魔術によって作り上げた使い魔(サーバント)である。


 その使い魔(サーバント)を作る技術は時代とともに廃れている。

 だが、魔族はまだ多くが存在していた。

 その魔族たちの多くは国に対して使役されているが、人々の枷から離れ、身を寄せ合って生活を続けている一派もある。

 帝国の南にある魔族領が有名な代表だ。

 使い魔どもは戦争専用に作られた一部の例外を除いて力は弱く、捕まえて使役すれば人や国に多大な利益をもたらす。


 となれば、すぐにでも出かけていって使えたくなるところだが、問題があった。


 魔族領には魔族だけではなくさまざまモンスターがいる。魔族にたどり着くにはまずオーガーやライオンといったモンスターを排除する必要があった。

 魔族領の柄国はサウスフィールドを中心とした帝国からの侵略を警戒する周辺国もある。

 魔物討伐に見せかけて軍を進撃させ、他国を攻める、といったことは実際にあったことである。

 だから今は国々は互いにけん制しあい、各国は魔族領に押し入ることもできず今の膠着状態が続いていた。

 そんな土地の魔族をまとめる魔族たちは基本戦術を専守防衛としており、今まで魔族領の森から出てくることはなかった。


 だが、そんな魔族たちが何かの情報を流布しているらしい。


 これは何かの信号だろうか?

 無視するにはあまりに危険ではあった。

 そして危険であると同時に、勇者を召喚する大義名分に、そして魔族捕縛のネタに使える。

 たとえそれがどんな内容であろうとも、捻じ曲げて使うことはできるであろうというのが帝国の考え方だ。

 『嘘も100回言えば本当になる』それは帝国のことわざとしてあまりにも有名であった。


「それで内容は……」


「それが……」


 伝えられた内容はあまりに曖昧なものであった。


・偉大なる魔王ラララに一切れのパンを捧げるため、我々は大地に種を撒くことに決めた。

・秋ごろには収穫ができるだろう。

・この世界にいままで存在しなかった、素晴らしいパンになるだろう。

・イースト・キンがパンを大きく膨らませるだろう。


「これは一体なんであろうな?」


「一見してただの農業の話に見えますが、何かの暗号、または暗喩と考えられないこともないですな――」


「ふむ――」


 皇帝は宰相に考えを述べさせる。

 ようは丸投げであったが、宰相は考えることが仕事であるため、特に気にはしない。

 最近の起きた事象を思い出し、宰相はあることに気づく。


「『一切れのパン』というのは、もしや勇者のことを指すのでは?」


「なんだと……。ということは我々の勇者召喚を妨害したのは魔族領の魔王であり、つまり、勇者は魔王の手に落ちたということか!」


 もっとも分かりやすい解釈としてはソレだろう。

 であるならば秋ごろの収穫というのは。

 宰相はそうであったら良いな、という考えを次第に武装理論していった。


「もしかすると、勇者を伴って魔族領から打って出てくるのかもしれませんね」


「秋ごろに収穫という言葉が意味深ですな。農業としては秋に収穫とはあまりに普通ですが――」


 そう考えると、「この世界にいままで存在しなかった素晴らしいパン」というのは魔族がうまく勇者を洗脳したことを意味するのだろうか。

 魔王を倒すべき勇者が魔王のものとなればそれは当然この世界に存在しなかったものであり、魔族にとってそれは素晴らしいことだろう。

 むりやりそう考えれば、そう理解できないこともない。


「あとは、このイースト・キンというのは?」


「キン――。確か故事にファーマウントのキン(きん)という者がおります。身体にサクラと呼ばれる植物の入れ墨をした無頼漢がおり、無敵の強さを誇ったという。なんでも入れ墨を見せつけながら多くの人々を週一回の頻度で断罪していったとか」


「おぉぉ、入れ墨か。それは実に魔族的であるな」


 魔道王国時代で魔族を量産していた当時、魔族を識別するため魔術師の多くが魔族に左肩に2桁の数字の焼き印という名前の入れ墨をさせていた。

 また犯罪者奴隷に焼き印の代わりとして入れ墨が使われたこともあり、入れ墨といえばならず者や魔族を指すというのはこの異世界では一種の常識であった。


「そして魔族領の(イースト)といえば――」


「我が帝国ということだな―― これはそうだな。秋までに軍を拡充しておくべきか?」


「それが賢明かと」


「勇者がどうであろうと、数で押しつぶせば周辺国も恐れを成して何も言って来ないに違うまい。くくく……」


 こうして、壮大な曲解とともに世界は戦乱の様相を呈していくのである。



 ・ ・ ・ ・ ・



 魔族領とを北東、ノキタミア帝国とを北に接するサウスフィールド王国は、人口10万人にも満たない小国である。

 その小国がいままでノキタミア帝国と事を荒立てることがなかったのは、単にそこが田舎であったからと、ついこの間までノキタミア帝国との間に緩衝材となる国があったから、というだけにすぎない。

 だが、魔族領の今までにない動きにサウスフィールド王国の王族は戸惑いを隠すことができない。


「一体何が起きているのか……」


「お父様――。相場の値動きから見てノキタミアが軍を集め始めているのは確実ですわね」


「そうか……」


 国王ボンジョール・ノン・サウスフィールに答えるのは若干12歳の姫であるフェイノ・リン・サウスフィールだ。

 その上に12歳と10歳年上の兄姉がいるが、第2児後生まれることのなかった娘であり、今は目に入れても可愛い盛りであった。

 若干10歳でサトウキビに関する商売を成功させた王国切っての才女とされ、多くのものから羨望のまなざしを受けている彼女はいまや国王の良い相談相手になっている。

 フェイノはサトウキビの成功から国民からは清楚な救世主として尊ばれている。

 だが、清濁併せ持つ彼女は一方でその手法から恨みに思うものいる。

 そういう連中は彼女に間男がいるなどという根も葉もない黒い噂を囃し立てたりもしていた。

 その時は王族総出でもみ消しに走ったものだ。

 第一、間男とは既婚子女の不倫相手のことを指す言葉だ。

 フェイノ姫はいまだ未婚である。


「――で、その情報の発信源である魔族領はどうなっているのか……」


 魔族は基本敵対するものであり、捕まれば魔族たちもその後どうなるか分かっているため、住んでいる場所から離れることはまずない。

 だから外交関係もあるはずがない状態だ。

 そうなるとその様相をうかがい知ることは基本的にできない。

 だから、このような変な情報を受けてもただ戸惑うばかりである。


・偉大なる魔王ラララに一切れのパンを捧げるため、我々は大地に種を撒くことに決めた。

・秋ごろには収穫ができるだろう。

・この世界にいままで存在しなかった、素晴らしいパンになるだろう。

・イースト・キンがパンを大きく膨らませるだろう。


「よほどおいしいパンが食べたかったのかしら?」


「それは少女らしい発想だが、おそらく違うだろうよ」


「魔王ラララはあれで食い意地が張ってそうでしたよ――」


「まるで会ったことがあるみたいな言い方だな――」


「それはどうでしょうか……」


 意味深に笑う娘に、国王はこれは面識があるなと直感する。

 だがどうやって?

 娘は王城から一歩もでていないはずなのに。


(あぁ、あの間男なんとか騒動というのは、そんなところが原因なのか……)


 どうやら娘は王すら知らない人脈があるようだった。

 フェイノはサトウキビ関連の件で商業ギルドに顔が利く。

 おそらくその辺りだろうと当たりを付けた。

 大抵のギルドは裏も表ある世界なのだ。


「あまり無理はするなよ。フェイノよ」


「分かっております。お父さま――」


(さて、娘ばかりに働かせるわけにもいかぬか……)


 国王ボンジョールは簡単に手は出せない魔族領側の動向は娘や間諜に任せるとして、自分はノキタミア方面側の諜報に専念することに決めた――


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