臓物体内死霊
「腐っ腐っ腐っ腐っ腐……」
その声はモニター越しからでもはっきり分かるような不敵な笑いが聞こえるような気がした。
いや実際にはっきりと聞こえている。
画面は映像だけでなく音声も拾っているのだ。
「何を……」
――するつもりだという前に、タローは手にした二羽のニワトリをジェットタービンに投げ込んだ。
一瞬の遅れの後に響く爆発音――
「あれは――、バードストライクか!?」
バードストライクとは鳥が人工構造物に衝突する事例のことを言う。
特にジェット機などのエンジンに突入したトリがタービンを破壊し致命的なダメージを与えることを言ったはずだ。
だが、そんなめんどうなことをするくらいなら金属片でも投げておいた方がよほど効率的である。
金属片以外でも攻撃魔術なり、剣術スキルなりを発動した方がお手軽だ。
とはいえ、飛空城の浮遊の要であるジェットタービンである、多少の攻撃にはびくともしないはずだ。だいたい、バードストライクが強力だとはいえ、所詮は鶏肉なのだから。
そして案の定、振動を起こすだけでジェットタービンは壊れはしない。
だが、ヤマダの攻撃はまだ続くようだった。
ヤマダは何かを詠唱する。出現するのは白い死霊のようであった。
「いでよ! 『贓物体内死霊』」
「うわ、まさかのネタ系かッ」
それはモツを体内に内臓する死霊だ。
その白いお化けはモツが不足しているといった趣旨の言葉を呪詛のように呻きながらジェットタービンを破壊していく。
「あはは……。ばかみたい。あれは思念魔術ね――。いかに物理的に堅牢な守備であろうとも、ネタの前にはすべてが吹き飛ぶ……」
フェイノはいかにも面白そうに笑う。
「ほら、今度は杖のようよ……」
「いでよ! スタッフ・オブザ・イーターぁぁ!」
そしてヤマダは杖のような形状のバールのような鈍器を取り出すとジェットタービンに叩きつけるように振るう。
振るわれた杖はニワトリとモツを巻き込んでタービンをついに粉砕させた。
「ありえねぇだろうが! だがたった1機だ。この飛空城には20機からなるジェットタービンがある。1機くらい壊れたところで――」
「無理でしょう」
「なぜだ!」
「貴方、アイシャが死んだ原因を思い出せないの?」
「まさか、歴史改ざんによる≪過去殺戮≫スキル――」
次の瞬間、凄まじい破壊音とともに一気に飛空城が降下し始める。
≪過去殺戮≫スキルによってすべてのジェットタービンが破壊されれば飛空城が堕ちるのも時間の問題であろう。
「はは――、だが、この城は100階層もある難航不落の迷宮群だぞ。いくら浮力を奪ったからといってそう簡単に――」
タローはそこまで言ってすぐに思い返す。
1階層だろうが47階層だろうが関係ない。1階層でも突破されれば≪過去殺戮≫スキルで全てを殺されてしまうのだから。
「アイシャ! 1階層目に戦力集中させろ。1階層でも突破されれば――」
「予備エンジン駆動! 自動修復開始! 防御機構フル稼働! ふふっ、まだまだ……」
アイシャは必死に目の前のウィンドウを操作する。
だが、フェイノはそれを嘲笑する。
「腐、腐、腐、それがキワードというわけね」
「何がおかしい!」
「ヤマダさまは真面目に階層突破はしないみたいよ。ほら、見てみなさいな――」
タローはアイシャへの指示をやめ再びモニターを見る。
「はッ」
モニターには杖を捨て、ヤリを取り出すヤマダの姿が見えた。
そしてタローは、その豪奢な装飾の入ったヤリを見たことがあった。
「『見付けけた……』」
ヤマダからはこちらの姿は見えないはずなのに、モニター越しに目が合う。
「まさか――、ずっと俺を探していた!? ジェットタービンの破壊は情報を得るための陽動だとでも?」
「『有象無象の区別なく! 世界に腐の地脈がある限り、この弾槍は逃がしはしない!』」
ヤマダによる朗々とした思念魔術による呪文詠唱が響く――
それは、伝説のセイなる槍、ゲイ・掘るク――
「だけどここは飛空城の最上部、ここまで一撃で来られるなんて――」
ヤマダは身構える。タローが初めて見るヤマダの攻撃スキルだ。
それは龍が刺突する様を形象する、龍破御剣流の基本技である。
「まさか100階層を壁抜き!? まさかそんなバカげたことが―― この俺を掘ろうというのか――」
しかし思い出す。
ヤツは一緒にゴブリンを狩ろうといったとき、レベル減衰するから出来ないといったはずだ。
ならばヤマダのレベルはいったい幾つなのだろう?
「『魔槍開放ぉぉ! ≪ゲイ・掘るクぅぅ≫!』」
その解き放たれたセイなる槍はその瞬間、飛空城の全ての壁をぶち抜きタローを貫いた――
「いやぁぁぁ――」
それを見たアイシャの悲鳴があたりに響いた――




