北の魔族はみんなまとめてぶち殺そう
アイシャは自室で遅ればせながら魔族の少女から報告を受けていた。
「そんなことしたらヤマダが怒るのは当然でしょう! なんてことを……」
「申し訳ございません。アイシャお嬢様――」
「それで? 誰が討たれたの?」
「貴方のお兄様です」
「あぁ、やつね――」
アイシャですらその名前は知らない。だがバハーム家が作りし最後の男性魔族であることだけは確かだ。
何度も名前を聞いて、諜報員には名前はいらぬと返すやりとりを思い出す。
その彼が死んだ――
「でも、うまくいけばお嬢様の目も――」
「だからぁ! フェイノはお友達なんだからねッ。そんなことしなくても頼めばなんでもしてくたわよ。私のこの目ですら直してくれたのだから」
「え!? それは……」
「だから襲う必要もないし、ましてや戦う必要も無かったのに。ずいぶんと先走ったわね。まったく明日からどう彼女に顔見世すればいいのよ」
「ほ、本当に申し訳ございませんでした」
「でも、ヤツが死んだか……。この怒りをどこにぶつければ良いの。フェイノやヤマダには怒れないし……」
「……」
そして2人は押し黙る。
人を失った悲しみと怒り、そして無駄だったという虚しさ――
なんとも言えない、いたたまれない空気が、その場をずっと支配した。
・ ・ ・ ・
次の日、ヤマダは学校に出かけると、意の一番にタローの元にやってきた。
いつもはこれからホームルームが始まるまでどうでーも良いような――例えばゲイ掘るクの腐ネタ――話が続くのだが、今日はなぜかヤマダは真剣な表情を崩さない。
「なんだ。いつもと違うな?」
「お前も気を付けろよ。俺とフェイノは昨日、ここの土着の魔族に襲われた」
「な、なんだって!」
「しー。声が大きい! もしかしたらこの中にも魔族がいるかもしれないだろう!」
それを聞いていたタローは身を固くした。
魔族に襲われたとかありえないだろう。
だって、その魔族を統括しているのは魔王であるアイシャなんだぞ。
「俺はクラスに戻ったら≪鑑定≫のスキルで全員を洗い出すつもりだ。もしいたら抹殺する。どうにもこちらの魔族はダメな連中らしい。フェイノにちょっかいを掛けた連中なんてみーんなまとめて必ずぶちこ――」
「ちょっとまったぁぁー」
「だから声がでかいっつーの!」
タローの教室にはアイシャがいる。アイシャは魔族だ。いやそれどころか魔族の王だ。
彼女はなぜそんなことをしたのだろうか? タローは考える。
いや、理由なんて今はどうでも良い。でもアイシャが魔王であることが今、ヤマダのスキルを使って知られたらどうなる?
襲ったのが魔族であるかぎり、魔族だとバレたアイシャが無事に済むとは思えない。
「実はな――、俺はクラスに魔族がいるのを知っている」
「ほほぅ。それはすごいね。証拠は? 証拠さえあれば確殺できるな」
「殺すな。そのお前を襲ったやつ等とは派閥が違うかもしれないだろう? まずは俺が聞いてみる。ヤマダは今日はいったん帰ってくれないか? 下手に鑑定使ってそれがばれたりしたら、話が拗れるだろう」
「強引な――。だがまぁいいや。確かにその通りかもしれない。それにフェイノは安全が確かめられるまで領事館でクルスに守らせているけど、俺もいた方がフェイノも安心するだろうし」
「クルス?」
「あぁ、ゴブリン戦のときの冒険者のおねぇさん」
「あぁ、≪殺戮の小悪魔≫か――」
実際には領事館ではなく、サウスフィールドの王城だがそれをタローに言う必要はないとヤマダは判断している。
「それで――何人くらいいたんだ?」
興味本位でタローは確認する。
魔族が徒党を組んでいるならば魔王アイシャが関与している可能性が高くなる。
そうなると、タローのアイシャに対する対応も厳しくならざるを得ない。
「3人だな。その場で倒したのは――」
・ ・ ・ ・
昼――、屋上――
タローはアイシャを誘い屋上へと向かった。
傍目には恋人同士が連れだって逢引きをしているように見えるだろう。
それもあながち間違いではない。
2人は屋上で寄り添うように椅子に座り、隣に弁当を広げていたのだから。
「なぁ、お前らの仲間なのか」
「なんのこと?」
「とぼけたって無駄だよ。ヤマダから聞いた。フェイノを襲ったんだって? ヤマダは怒って関係者は皆殺しにするとか言ってるぞ」
「貴方には関係ないでしょう?」
「関係あるよ! 好きな娘が悪いことしようとしているのなら止めるだろ!」
「そう……」
見つめあう二人。やがてアイシャが目を反らす。
「ごめんなさい。私の仲間がフェイノを襲ったのは事実よ」
「なぜ止めなかった」
「知らなかったのよ。止められるはずないじゃない――」
「そう、か……」
「彼らは私の目や、魔族の同胞の怪我を治そうと思って拉致を試みたらしいわ。そんなことしなくったって」
「フェイノやヤマダのあの性格なら直してくれただろうな。魔族であろうと」
ヤマダは日本人だ。
基本的にお人よしだろう。
言えばかなり協力的になったに違いない。
だが、それも襲う前までのことだ。
「とりあえず、ヤマダとフェイノには謝ろう。俺も一緒に謝るから。そうすれば魔族全員をぶち殺すとかは言わないだろう」
「えぇ、関わった15人には可愛そうだけど――」
「ん? ちょっと待て。今なんて言った」
「どうしたの?」
「朝、ヤマダが俺にこの話をしに来たとき、倒したのは3人だといったぞ?」
・ ・ ・ ・
「何かの間違いでは? 報告では確かにその場にいた16人の魔族全員が殺されたって」
「はぁぁーー?」
「どうされたんです?」
「殺された魔族の数を今何人だと言った?」
「17人よ。さっきも確かに17人って言いましたよね?」
首を傾げるアイシャだが、タローはそれどころではなかった。
「殺された魔族の数が増えている……」
「は?」
「俺はさっき、アイシャから15人が殺されたと聞いたぞ」
「そんな……」
歴史が改竄されている?
だが、そんなスキルがあるのだろうか?
普通に考えて歴史を改竄するなんてありえないはずだ。スキルでもなければ。
「なぁ、この世界に過去を改竄するようなスキルってあるのか?」
「そんなものあるわけないでしょう? 自由に歴史が改竄できるなら、私なんてとっくに世界の覇者よ?」
「例えば人を殺した数が増えるようなものは?」
「……。あ。有名なのが一つだけありますね」
「なんだそれは」
「夜杖真澄の≪過去殺戮≫スキル。過去に起こった事象の虐殺数が増えていくスキル、というか呪いの一種ね」
「そいつは今どうしている?」
「ノキタミア帝国と魔族領との闘いの時に、前代の勇者によって討たれたって聞いて――」
「なんだって!」
「きゃっ」
ヤマダが前の勇者である。それをタローは知っていた。
前代の勇者はその夜杖真澄とかいう人物を討った。
そして討ったとき、何らかの手段でその≪過去殺戮≫というスキルを奪ったのだとしたら?
自身に与えられた黄金の剣のことを思い出す。
この剣を渡されたとき、龍が化けた女はなんて言っていたのか。
「その剣で九つ殺すことで1つの一生涯使えるスキルを覚えることができる。それが≪九死一生≫。魔族をころせばその剣は魔族殺しの剣となり、魔族に倒すことに相応しいスキルを得ることができる」
確かそう言ったはずだ。
もし、前代の勇者ヤマダが黄金の勇者の剣を魔族殺しの剣にして、そのスキルを奪ったとしたなら。
ならば――
「もう一度確認したい。ヤマダに殺された魔族は何人だ?」
「20人よ。まさか、前はもっと少ない人数を私が言ったなんてこと、ないよね?」
どうやら、歴史が書き換わっているせいでアイシャは殺された数が増えたことに気づいていないらしい。
タロー自身が確認できるのは自身が勇者だからだろうか? タローはそう推測した。
そしてあることに気づいて戦慄もする。
もし、このまま死んだ魔族の数が増え続けて行ったら?
もしかして、このままだとアイシャは死んでしまうのでは――




