少女の祈りは殺戮のシンフォニー
引き抜いたナイフ、広がる熱き血潮、少女たちが明るい笑い声をあげた。
暮れる夕日が徐々に闇へと変わる中、フェイノは悲鳴をあげる。
フェイノは突然の出来事に理解できない。
「『眠りなさい』」
動転する心に甘い声が囁く。
血を全身に浴びた少女の声だ。
それは思念の魔法が掛かった強制力のある言葉である。
これでもフェイノは邪神の卑巫女だ。普通なら掛からない。
だが、それは正常心であるときだけだ。
だが見ているのはヤマダが死ぬ光景である。
混乱した心では、言われたままにいっそ気絶でもした方が良いのではと心が囁く。
そうなれば抵抗などできない。
フェイノは一瞬にして眠りに堕ちた。
崩れ落ちるフェイノを盗賊系の冒険者のおっさんが受け止める。
「それで――、この男はどうするの?」
「捨て置け。いや、そこらのドブにでも落としておけ。行くぞ――」
人の死体を見れば騒ぎが起きる。
その騒ぎに乗じれば逃げることはより簡単だ。
もし、彼らの仲間が万が一、死体を発見しても放置にはできないだろう。
処理する要員に人を裂けられるならそれにこしたことはない。
その間にじっくりと思念の魔法でフェイノの心を変えてしまえば良い。
そうすれば従順な癒し系の医者ができあがる。
周囲に殺戮の小悪魔の姿は無い。
というよりもサウスフィールドの領事館に魔族をつかせているいるのだ。
殺戮の小悪魔が領事館に入ったきり出たという報告は受けていない。
虚ろな瞳の、死体となった少年はなすがままにドブの中に落とされる。
死人に口はない――
潮が引くようにその彼女たち――魔族たちは去っていった。
・ ・ ・ ・ ・
その約5分後――
「あー。死ぬかと思った。いや、また死んでいるんだけど! 何が起きた!」
ヤマダは起き上がった。
いや、確かにそれまでヤマダは確かに死んだのだ。
だが生き返った。
さすがは元引きこもりである。それはゴキブリなみの生命力である。
実際には邪神の加護による≪不老不死≫スキルによる恩恵であった。
「で、まずったな……。可愛いは正義と思って油断しすぎた。糞がッ」
さすがにヤマダでも密着状態から≪流水≫で回避することはできなかった。
≪警戒≫していればそれも回避できていたのかもしれないが、ヤマダは油断していたのだ。
おそらくは彼女たちは魔族なのだろうか。間違いなくきっとそうだ。
先に≪鑑定≫でもしておけば魔族だと分かっていたのかもしれない。ヤマダは悔やむ。
そう考えると、首謀者はあの盗賊系の冒険者のおっさんだろう。ヤマダは推測した。
「あのくそおっさん許さねぇ。あんな少女と強制契約しまくっているなんて」
ヤマダは立ち上がる。
ヤマダはあのおっさんのことをロリコン認定した。
「愛らしい魔族を使って人殺しをするなんて、そして俺の嫁を攫うだと? ぶち殺してやる!」
その体にはすでに傷ひとつない。
「だが、どこに行けば良いのか?」
ヤマダはためらいなくウィンドウを開くとポイントを消費して≪犬並みの嗅覚≫のスキルを取った。
そう、ヤマダにはまだまだ多くのスキルポイントが残っていたのだ――
・ ・ ・ ・
「凄まじいばかりだな。お前は――」
「お前じゃありませんよーだ。私はフェイノちゃんでーす」
思念魔術の弊害か、少しだけ幼児退行が見られるがフェイノはだがしっかりと答えた。
目の舞には5人の少女の魔族がいる。
そのすべての少女の怪我を、フェイノは一瞬で直した。
基本的に魔族というものは不老ではあるが、不死ではない。
魔族は殺されれば死ぬし、多少の怪我ならば回復するが体を八つ裂きにされればもとには戻らない。
銀の弾丸や木の杭でなくても、心臓に何かを打たれれば魔族は死ぬ。
そういうところは人間と同じである。
彼女たちは、いずれも医者からは見放された欠損部位のあった少女たちだ。
もしかすれば神官であれば神聖魔法で治すこともできたかもしれない。
だが、同じように拉致した神官の軌跡では死者復活どころか、大怪我でさえも治すことができなかった。
それを、フェイノは一瞬で治癒してしまったのだ。
それは凄まじいと称賛されてしかるべきものだ。
「でも今日はもう終わりね。魔力が切れちゃったよ」
「あぁ、分かった――。今日は寝るといいさ」
時間はたっぷりとある。
彼女の体調は万全である方が良い。
「でも私、どうしてこんなところに居るのかしら?」
「『貴方は今、孤児院の医院長なのよ』忘れたの?」
「あぁ、そうだったわね。わたし、医院長先生だったんだー。すごいなー」
記憶の混濁に対してはすかさず思念魔術を使える魔族の少女が、フェイノの知識の歴史改竄を図る。
齟齬を起こさないように、内容は孤児院の医院長とあらかじめ決めていた。
「しかし、彼女は一体なにものなんだ?」
「さぁ? 聞いてみます? ろくなものではないとは思いますけど?」
「ん~? どうしたのぉ?」
無垢に見えるこの少女がいったいどんな人物であるのか。
少しだけ興味の引いた男は魔族の少女に目配せをする。
彼女は仕方なしといった表情を浮かべると、フェイノに思念魔術で話しかけた。
「『それで、医院長先生は医院長先生になる前は何をしていたの』」
「えー。私はねー。王女様だったのです。すごいでしょー。王女からいいんちょー先生への華麗なる転身! でもそんなことあるのかな? せいそーにでも負けたのかしら? あにさまに嫉妬された?」
「は、はぁぁぁーー?」
おっさんと少女は驚愕の声をあげた――




