引きこもりにあきた
ハプニングもあったが、なんとかヤマダは回避することができた。たぶん。
そうして、異世界でも引きこもりをする気まんまんであったヤマダであったが、しかしわずか3日で終了した。
いわゆる三日坊主である。
この異世界には当然のようにインターネットが無かったのだ。
もちろんテレビもラジオも、偏向した新聞すらない。
要は、召喚から始まる異世界生活にさっそく飽きたのだった。
「あらら? ヤマダちゃん? もうお部屋から出てしまわれるのです?」
部屋から出たところで声を掛けてきたのはクルスだ。
クルスは部屋にご飯を運んできてくれる魔族の少女である。
ヤマダが召喚されてからはヤマダの担当であるかのようにときどき部屋にやってくる。
具体的には朝昼晩の食事時だ。ご飯の担当でもあるらしい。
ヤマダには知られていないが、彼女はご飯の担当どころか、ヤマダの行動を監視する役目を魔王から依頼されている存在だ。
さすがに自分を殺す可能性がある存在を無監視、というわけにはいかないのだ。
ヤマダはそんなクルスを無遠慮に眺めた。
抜けるような白い肌を見るにアルビノ系なのだろうかと思う。
恰好としては白いワンピースにふんだんにピンクを付けた媚び媚びなスタイルだ。
そんな彼女は引きこもりの邪神アマト―が生産したホムンクルスの魔族であるという。
それは最初の一日目に彼女自身から聞いたことだ。
その邪神特性からいって『引きこもり部屋』を連れ歩く空間魔法が使え、さらにはA級ライセンスの冒険者だという。
冒険者ギルドではF級から始まりSSS級までのランクがあるらしい。
ヤマダの主観ではA級ライセンスなら真ん中あたりかと思ったが、魔族はA級までしか取れないのだという。
なんとも世知辛い世の中だった。
しかし、ホムンクルスだからクルスとか、名前が安直すぎやしないだろうか。
「さすがにネットがないとね? やることないんだよ」
「あぁ、網ですか? 何に使われるかわかりませんが、釣り用の投網であれば明日にはお持ちしますよ?」
「いや、そうではなく」
ヤマダはネット――インターネットについて説明しようとしたが困った。
ヤマダは日本語で話しているが、クルスには現地語で聞こえているらしい。
なんともファンタジーなことである。
言葉関係についてはヤマダも気になってすでに調べている。
試すと「聞く」「話す」「読む」までは何ともないようだった。
本については読めたのだ。ただ書くは無理なようだった。
おそらくインターネットも網とかそんな用語に訳されているのだろう。
網だとさすがに何のことか分からないだろう。
単純に考えればクルスのように新しい漁法か何かと考えるだろう。
しかし、ずっと引きこもっていたヤマダにはインターネットがどういう原理でどうして情報を得ることができるのか説明することができない。
ファンタジーの住人に某巨大掲示板とかどう説明すれば良いというのか。
ヤマダは引きこもりである。コミュニケーション力は低い。
だから、ヤマダとしてはネットはネットのまま放置せざるを得なかった。
「………」
「――えーっと? 何かご要望で? ご飯にはまだ速いですし――。お風呂とかです?」
ずっと引きこもっていたヤマダは、うまく会話ができない。
それに気づかないのか、クルスは黙ったままのヤマダを無視して会話を続ける。
だが、ヤマダにとっては会話が途切れて互いに沈黙状態になるよりはその方が気が楽ではあった。
「お風呂でもないなら、あ・た・しとかー?」
「…………」
「ちょっとぉ、そんな冷たい目で見ないでよぉ。私そんなに魅力ないかなぁ。これでも昔は≪殺戮の小悪魔≫とか≪李下の冠堕とし≫とかいろいろな浮名を轟かすくらいには可愛いと言われてたんだからねッ」
クルスは胸を張りドヤっ。っとそんな顔を返す。
しかし、小さい少女がやるぶんにはただ可愛いだけであった。
「ところで、その2つ名のどこに可愛い要素があるのだ?」
「えー。小悪魔ってかわいくない? 李下って桃園のことだし。それでもやっぱりダメですか?」
少しだけ肩を見せて媚びてくるクルスは、確かに小悪魔的な可愛さがあった。
しかし――
「ダメなことはないけどさ。可愛いけどさ。ちょっと子供過ぎるってだけで……」
「私65歳超えているのだけれども。ヤマダさまだってそれなりなんでしょう? 召喚時に一番良いときの肉体に戻っているからイケメンなだけでさぁ」
「それはまぁそうだけど」
「――年齢の話はやめましょうか。――で、どこにいくの? トイレ?」
「どこでもいいだろう。それにお前には関係ない」
「関係なくは無いわよぉ。私はララちゃんから勇者を堕落させるという崇高なクエストを受けているんだからねッ。魔王を君が殺さないように」
「殺さなかいからね」
さすがに魔王でございと言われて、自分が勇者であるからといって、あんないたいけな子供みたいな少女を殺すとかできるわけがない。
それは人道的な意味で言ってもだ。
「だからだらだら過ごしましょう? ねぇ」
「だらだらねぇ……。でも部屋に引き籠るのは飽きたんだよ」
「引きこもりに飽きたとかなら、うちのマスターがやっているみたいに封印されるとか面白いよ? 何も考えなくて良くなるし! お部屋ごと封印しましょうか?」
「それは却下だ」
なにが何も考えなくて良いなのだろうとヤマダはため息をつく。
引きこもりとはいえさすがに封印されるのは嫌だ。
「えー。それ以外だとえーっと、堕落の3大要素といえば『酒』『博打』『女』でしたっけ?」
「俺は酒はやらないからな」
ヤマダが元の世界で引きこもりを始めたのは学生の頃だ。
学生時代は未成年であり当然酒などはやっていない。それから酒を飲むという機会に恵まれずそのままである。
ヤマダはこの異世界では召喚時のイケメン化によって若返っており、その未成年っぽい身体を考えると酒を飲むのは憚られた。
「博打はノーザンテリト王国で今度、暗黒武闘場があるから一緒にいきましょうか? 後は女? 私抱く? それとも姫様呼んでくる?」
「んー。だからやっぱり見た目子供過ぎるからちょっと対象外だなぁ――」
ヤマダはクルスを上から下まで眺めたが、あまりに年齢が若く対象外だった。
この前拉致られていたフェイノという名前の少女も、目の前のクルスも、ヤマダにとってはあまりに若すぎ、ヤマダのストライクゾーンからは外していた。
というよりは、ファンタジー世界では比較的低年齢で結婚するため、ヤマダが住んでいた日本での適齢期とこの世界での適齢期にはだいぶ齟齬があったのだ。だからヤマダから見ると適齢期の少女たちが相当幼く見えるのはしかたがなかった。
「子供過ぎるってねぇ……。ロリ需要はないの? 後で見ておれヤマダちゃん。あと1000年もしたらうちもばいんばいんになってあげるんだから」
「魔族の成長って1000年単位なのかよ」
実年齢はどのくらいかは分からないが。
さっき65歳超えとかいっていたし。
65歳を相手にするとか、それはそれでヤマダは嫌だった。
「あ。娼館とかはここ魔族領だから無いわよ。相手するニンゲンがいないから商売あがったりだもの」
「聞いてないからな。俺はそれ聞いていないから。俺は普通なのがいいんだよ」
男にとって娼館や娼婦などは魅力的な言葉だが、それは勇者が手をだしてはいけない分野なのではないだろうか。
それに目の前のクルスにも嫌われそうだ。
クルスに嫌われて食事も満足に取れない状態になったりしたら、それはそれで困る。
ヤマダにとって、クルスはご飯を持ってきてくれる存在なのだから。
「――でも、ここの魔族の娘なら大抵望めばお付き合いくらいはしてくれるハズだよ。なんたって君を堕落させるのが当面のミッションなんだし」
「それはそれでなんか嫌だなぁ」
「うわめんどくせ。ヤマダちゃんは一般向けの小説の主人公でも気取っているの? そんなんじゃ一生DTなままだぜ、DTの」
「なんだよDTって」
「でもどうしよう。無職のヤマダちゃんじゃお金なくて博打も期待できないし、それじゃヤマダちゃんを堕落できないよ。堕落しないと、まじめに魔王殺そうとかしちゃうんでしょ?」
「無理に堕落させなくてもよくない? 俺は堕落なんてしなくったって魔王殺したりはしないよ」
魔王殺しとか、ヤマダ的にはそれこそ「めんどくせぇ」と思うところだ。
「あとは三大欲求っていうと――『性欲』『睡眠欲』『食欲』だっけ? ヤマダちゃんにうまいもの食わせるしか?」
「うまいものねぇ……」
「うわ、渋い顔された。私悲しいです。私あれでも頑張って作っているのに」
クルスはヤマダのために食事も作ってくれていたが、しかし異世界の食べ物はあまりおいしくはなかった。
パンも発酵がうまくいっているとは思えなかった。
たぶん味覚が違うというのと、調理法が原始的であることが挙げられるだろう。
ここで画期的なうまい食い物でもヤマダが出せば完璧なのであろうが、食べ物系小説のような展開でうまい物を作るのは引きこもりのヤマダには困難であった。醤油? 作れるわけがない。
なんといっても「コンビニ飯さいこー」とかいう程の料理力の無い男なのである。
ヤマダにできる最高の料理ことといったら、麺の上に沸騰したお湯を入れ、3分待ったあとに謎の黒っぽい粉末を掛けるくらいである。
そしてそれすらもときどき、だばーと台所に料理ごと流してしまうほどの才能の持ち主であった。
「そうだなぁ。どうせ異世界なんだからチートなことやらせろ、とかはどうだろう?」
ヤマダとしては異世界に来た以上そういうこともやってみたいとは思った。
引きこもりも飽きたし、しかし冒険で戦うとかもつらい。
ならば戦うにしてもチートなことして遊ぶというのが一番良いだろう。
「チートなことぉ。ダメだよヤマダちゃん。そんなこと言って武力とか付けて魔王殺しちゃうんでしょう?」
魔族たちの目的が魔王殺しを防ぐということであるならば、チート学習などを許すはずがない。
そこで、ヤマダは言い方を変えてみた。
堕落させて骨抜きにすることが目的なのであれば言い方を変えればチートの1つや2つ。簡単に叶うかもしれない。
「――。ならばどうだろう。俺は俺TUEE--とか言いながら異世界プレイを楽しみたいから魔法とか使えないかとか思って――とか」
「おぉ! それは堕落しそうですねッ。俺TUEE-とか適当に叫ばせつつ、まともな思考能力とか奪う作戦かぁ」
自分で言っておいてなんだが「そこには戦略もなにもないのだ! うりぃぃ」とか叫んでいるクルスにヤマダはだんだん不安になってきた。
「じゃぁ、魔王呼んでくるねッ」
「んん?? なんで魔法教えるという話で魔王が出てくるんだよ」
「どうせ俺TUEE-とかなら最強目指さないと! この魔族領で魔法の扱いに長じたの人物! それは当然魔王だから学ぶんなら魔王からだよねッ」
「それはそうか」
確かに魔の王なのだから魔法の扱いには長じていそうだ。
きっとラスボスのような実力なのだろう。
もしや、巨大化するのだろうか?
「それにそれで何かあっても、それは全部魔王の責任だし!」
「それが真の理由かよッ」
「だって、うちの基本は筋脳なんだもの。難しいことは丸投げするのに決まっているよ!」
クルスは俺TUEE-育成については完全に丸投げのようだった。
「結局クルスがAランク冒険者止まりなのはその辺が原因なんじゃ……」
「なんか言った?」
「いえ、なにも?」
「んー。魔王どこにいるかなー。今の時間帯なら直接乗り込んでいった方が良いかぁー」
クルスはヤマダの右手を握る。
「ちょ、ちょっと」
戸惑うヤマダを無視して、クルスはその手を強引に引っ張った。
「じゃぁ行きましょうか!」
ヤマダは手を握られて恥ずかしかったが、クルスの手のぬくもりは感じ取ることができた――