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牢獄へと引きこむ引きこもりの邪神

 約97000の兵が挙兵し、帝国の攻めは盤石のように見えた。


 その先陣には女神アーナ。

 周囲を神官が囲み、その外側には屈強な戦士たちが囲む。


 彼ら女神の力を信じ切っており、勝利を疑うモノはいない。


 軍勢の中央には主に農民兵が固まっており、安全な後詰めには貴族たちがいる。


 その貴族たちを囲むのは高級で高価なローブを纏う、遠距離攻撃が得意そうな弓兵や魔術師たちだ。

 彼らは戦闘をする気はない。ただ、功を求めるだけだ。


 その中には夜杖真澄の姿もあったが、彼女は功を求めるのではなくただ女神アーナの視界に入らないように退けられただけだ。


 だが、その軍に立ちはだかる1人の女性がいた。

 いや、正確には数の数え方が間違っている。正しくは1柱の邪神というべきだろう。


「止まれ――」


 女神アーナが軍に向かって叫んだ。それだけで兵士たちは一斉に停止する。

 それだけで、あたりは静まり返った。


「何ヤツ。名を名乗るが良い――」


「我が名は邪神アマト―である」


 女神アーナの誰何に対して、アマト―は明朗な答えを返す。

 その名前だけで女神アーナは震えあがった。


 封印されていた邪神――そう聞いて女神アーナはソレがたいした存在ではないと高をくくっていた。


 だが実際はどうだろうか。


 まさかそれが、邪神アマト―だとは。


 邪神アマト―は常に凄まじい修羅場で生きるという邪神素戔間男(すさまお)(みこと)、あざとさと媚びを司る邪神月詠み(つきよみ)美琴(みこと)、それとならぶ神話三大大邪神が一柱(ひとはしら)だ。

 その力は主神ですら封印し、その封印を解くために8000000柱の神の軍勢が肉林の極致を味わったとされる神話があるほど有名な、引きこもるための岩の邪神である。


「な、なぜこんなところに……。な、なんでそんな存在が封印などされている!」


 焦った声が周囲に伝搬し、動揺がさざなみのように広がる。


「あぁ、封印されていたとも。主神に封印されると面白いと言われてな。実際にはたいして面白くなかったが、だが封印というのは解かれるものだ。解かれた後のこの状況は確かに面白くある。なにせ主だった神々やら邪神やらは、みな死んだようだからな。実に喜ばしい」


 そう、『主だった』である。

 いまでこそ主要な神の一柱とされる光と産土の女神たるアーナだが、かつてまだ神々がいた時代で言えば末席に存在するような泡沫女神であったのだ。


 邪神アマト―はゆっくりと両手を広げた。

 それだけでアマト―の体からは何かが溢れだす。


 天地を揺るがすような強大な神の気が一瞬にして軍へと広がっていく。

 それは恐怖の囁きだ。


 そこへ、邪神アマト―は甘い囁きを女神アーナに告げた。


「あぁ、ちなみにここの魔族どもは勇者ヤマダが討伐して、すべてやつの支配下にはいったぞ」


「な、なんと……」


 女神アーナは考えを巡らせる。

 せっかく邪神が出した助け船だ。使わない手ははない。


「――そ、そ、そそういえば、この軍の目的は野良魔族を人の下に付けて使役させることであったな!」


「あぁ、だから今言ったであろう。魔族領の魔族たちは、いまは勇者ヤマダの下についていると」


「それならば(われ)は必要ないな。失礼する――」


 突然、慌てたように女神アーナは忽然と消えた。


 それに戸惑う軍の関係者たち。

 もうこうなっては、軍がまともに機能するはずがない。


 邪神アマト―はさらに畳みかけた。

 邪神アマト―はその神気を振るった。


「さぁ汝らの名声よ、地に落ちるがいい」


 何をする気だという人々の動揺を待つまでもなく。

 邪神は唱える。それは、本格な邪神アマト―の祝詞だった。


「≪我々は(We)迷宮を(have a )創造する(Dungeon)巌となれ(Oh,Yeeeah)――≫!」


 多くがその神のお言葉に硬直していた。

 その神の気圧に耐えられるものなどわすかである。


「貴様――」


「な、なにを……」


 そのわずかの人間に、いつのまにやら現れたグリンが突撃していった。

 特にグリンの流派は夜杖真澄流だ。相手の気を奪い取る吸気の闘法である。


 神の気を防ぐため自らの気を高めて防御しているところに、その気を抜かれたら一体どうなるか。

 知った時には既に死んでいることだろう。


 やがて邪神アマト―の詠唱は完成し、大地はごつごつとした岩へ、岩は巌へと変遷し、やがてそれは迷宮へと変わっていく。


 軍の兵士の一人が叫ぶ。


「貴様、一体何をした!」


(われ)は引きこもりの邪神ぞ? 引きこむに相応しい迷宮を創造するのがそんなに不思議か?」


 ただの大地であったものを邪神の名をもって岩となし、迷宮と成す。


 無名の木石だったモノは歓喜の産声をあげた。

 例えそれが木石であろうとも、いや木石であればこそ感ずるものがある邪神の呼び掛けに、木石は懸命に尽くそうとその分子構造を作り替えていくのだ。


 アマト―の岩と命名されたその岩々は、黒色の鈍い光を放つことで歓喜の表現とした。


 そこへ硬直した人々が雪崩を打つようにずぶずぶと引きずりこまれていく。

 崩壊する軍隊、その中心に女神アーナの姿はすでにない。


「さぁ、さぁ、さぁ。主神すらも仕舞ったとされる享楽の世界へ堕ちるがいぃ!」

「あ、ああぁああー」


 光の神聖魔法を放ち少しでも邪神を傷つけようとするが、その光は邪神の前で弾かれた。

 引きこもりの精神力は、こと引きこもった状態での守りとしては最強だ。

 迷宮に引きこもる邪神を外へ引きずりだすことなどできようものではない。

 なにしろ、相手は3大大邪神が一柱なのだ。


「ばかな……」


「たった一瞬でこれだけの人が仕舞われるとは――」


「まさか、恐れをなして神まで逃亡するなどとは考えられるはずがないだろう!?」


 軍の先陣はそれで壊滅した。


 残りは中層の軍勢、そして後方の貴族たちだ。


 だが、中層の軍勢は駆り出された農民兵であり、このような事態に耐えられる訳もない。

 一瞬でおよび腰になるのはあきらかである。


 そして、その上空をドラゴンが舞った――

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