表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/137

イケメン勇者。ただし引きこもり

 引きこもりの山田月光(やまだらいと)が死んだのは、家にダンプカーが車が突っ込んで来たからだった。

 ヤマダの家は道路の十字路の端にある。

 スピードを出したダンプカーがカーブを曲がり切れずに突っ込んで来たらさすがに一溜りもない。

 ヤマダはまるでカエルのように潰れた。

 それはまさに太ったきもいヒキガエルのようだった。


 そんな前世で不幸で壮絶な死を迎えたヤマダは、なぜだか異世界に召喚されていた。

 それは勇者として。

 目的はこの地をすでに去った主たる女神の名に従い、魔王を倒すこと。


 だが、そんなことできるのだろうか。


 ヤマダは思う。

 ついさっきまで引き籠って人生の大半をネットと睡眠で過ごしていた俺だぞ。

 できるわけがない。


 そう。召喚者はヤマダが魔王を倒すことなどまったく期待していなかった。


 召喚を行ったのは、その倒すべき魔王であったのだから。

 なんでも召喚の儀自体は知らなくても、他国で勇者召喚の儀を実施するのであれば起源(オリジン)を主張することで結果だけ奪えるのだという。


 簡単な言い方をするならば、要は儀式をパクったということなのだろう。


 ともかく、魔王にとってはなんの力もないヤマダのような人材はまさに打ってつけというわけだ。

 ひきこもり。何の力もなく、コミュニケーション能力は相当に低い。

 それでは攻撃力をもって勇者単体で魔王討伐などできないし、低いコミュニケーション力では勇者パーティを作っての魔王討伐、などもできようがない。


 そして魔王が言うには自身を殺さないでくれるなら、ヤマダが生きていくのに十分な引きこもり環境を用意してくれるという。

 勇者が自堕落に過ごすことは魔王にとって望むことであった。


 勇者が生存するだけで次代の勇者の召喚を防げるし、勇者が力を使うだけで次代の勇者を弱体化できる。

 勇者が堕落すれば人々は勇者制度自体に疑問を持つことだろう。


 魔王は勇者にお金も友達料として給付基礎日額の313日分を毎年渡すと約束した。

 しかも物価に合わせてスライド改定されるという。

 いたせりつくせりだろう。

 標準基礎日額というのがこの異世界でどの程度の価値があるが分からないが、勇者ヤマダは頂けるものであれば頂く主義であった。



 だからヤマダはこれからは勇者ヤマダとして生きていくことに決めた。

 元の世界でもひきこもりであったヤマダには元の世界に戻るという意思決定はまったくなかった。

 たとえ戻ってもここと大した違いはないと思ったから。

 というか元の世界ではすでに死んでいた。

 物理的な意味でも。

 そして社会的な意味でも。

 もしもある有名な格闘家が存在しているのであれば、「おまえはもう、死んでいる」と全力であたあた言ってくれることだろう。

 元の世界に戻ることになんの意味もない。

 むしろ養ってもらえるならば好都合である。


 元の世界では親の貯金がいつ途絶えるかもわからない。

 もしかしたらトラックが突っ込んできたのも保険金が目当てかもしれない、くらいまでヤマダは思っていた。


 それに、なにしろ転生特典なのか体は自身では過去最高のイケメンである。

 これならば、あるいはもてるかもしれない。


 そんな過去最高のイケメンに用意されたのは、何の変哲もない部屋だ。


「お部屋をお連れしました」


 そういってうやうやしく声を掛けるのは空間魔法に長じた、しかし剣士だという魔族の少女だ。

 名前をクルス・アマト―という。

 アルビノ種であり、白銀の短髪に抜けるような白い肌で瞳は赤色である。

 純白のドレスにぴんくのふりふりがいっぱいついたドレスが標準装備らしい。

 超絶美少女だが、鉄板の胸は希少種といったところだろうか。


「へぇ、これが引きこもり用の部屋か――」


 ヤマダは周囲を見渡す。

 そう天然ヒノキらしい。

 そういえば某日本で有名なJ-RPGではひのきの棒が初期装備だったらしい。そう考えると某どころか四方がヒノキであるこの部屋は相当にゴージャスなんじゃないかとヤマダには思えた。

 部屋の隅には粗末なベットがある。


 そして、見てしまう。


 ベットには一人の少女――フェイノが後ろ手に縛られて転がっているのを。

 どことなく犯罪臭がする展開にヤマダは滝のように汗を流した。


「えーっと、彼女は――」


 クルスは答える。


「ん? ほら、魔王と勇者ものといったら、姫様拉致ってくるのが定番でしょう?」


「いや、確かに定番だけれども」


 確かに魔王が悪だくみをして王女を連れ去るのは定番かもしれないが、急展開すぎる気がヤマダにはした。


「だから近くのサイスフィールド王国から強制連行してきたの」


「えーっと、いやいやいや……」


「フェイノちゃん。彼が勇者ヤマダちゃんよ」


 クルスはフェイノの手首の荒縄の縛りをほどくと、ひょいとヤマダに押し付ける。

 フェイノは不安そうに、しかし期待の入り混じった瞳でヤマダを見つめている。


「さぁ、堕落した勇者の真骨頂を見せてみるのです? やっちゃえ! 勇者ヤマダくん!」


「いやダメだろそれ。さっさと返しなさいよ。ヤバすぎるだろう」


 こんなものに手を出したらそのサウスフィールドとか言う国に一発で付け狙われることになるだろう。

 異世界召喚されて1日目から犯罪者とかさすがにしゃれにならない。


「速く、なんとかしないと――」


「あら? 勇者様? 意外とお優しいのね?」


 慌てふためくヤマダにフェイノはにこやかにほほ笑んだ。

 押し付けられた格好のフェイノとの距離はかなり近い。

 というか抱きしめているような状態だ。

 その微笑みにヤマダは思わずたじろぐ。


 女の子に微笑みかけられたのはいつのことだったのか……


「とりあえず、この部屋をでよう――、な――」


 そういって、だからどうなるというわけではないが、ヤマダはフェイノを連れて部屋の外に出た。

 次の瞬間、ヤマダは後悔する。


 そこは、豪華な装飾で飾られたみまもうごとき王宮の寝室だったのだ。


「ふふ……、少女拉致監禁の汚名を浴びせれば勇者は引きこもらざるを得ないわね……」


 もちろん、そのまま押し倒してもらっちゃっても良かったけれど――

 クルスはうまくいったと小悪魔な笑顔を浮かべたが、その声は扉の向こうに消えた2人には聞こえなかった。



 ・ ・ ・ ・ ・


 フェイノは簡単に拉致られてしまった理由に気づいた。

 どうやらクルスと呼ばれた魔族の少女が、空間魔法かなにかであの部屋の入口をフェイノの自室に繋げたのだろう。


(なるほど、こういう仕組みだったのね――)


 だからあんなに簡単に拉致られたのだ。

 これは王城の部屋の結界レベルをあげる必要があるだろう。


 フェイノはあたりを見回した。

 やはり、ここはフェイノの自室のようだ。

 戻ってきたらしい。


 たくさんのクマさんのぬいぐるみが机の上に鎮座している。

 フェイノの隣には豪奢な天蓋付きのベットも変わらずある。

 もちろんフェイノ専用だ。

 窓は開かれ、確かな明かりが差し込み、さわやかな風が僅かに吹き込んでいた。


 そうこうしているうちにノックの音がして、一人の女騎士が入出してくる。

 女騎士――エイベル・フォン・ドメインはフェイノ付きの女騎士で主に身の回りの世話をしてくれる姉のような存在だ。

 普段から騎士の制服を着こんでおりスレンダーで颯爽とした姿は騎士の間でも密かな人気がある。


「姫様、いくら陽気が良いからといってこんなお時間まで寝ておられるのは……」


 と、いつもの小言のようなことを言おうとしていたエイベルであったが、その声が急に小さくなったことにフェイノは不思議に思う。


 そしてフェイノは見た。

 完全にエイベルが固まっているのを。


「えーっと、姫様? そこの殿方は一体――」


 まずい。

 ここで初めてフェイノは自分が危機に晒されていることを知った。

 横に男がいた。どうみても異性だ。

 どう言い訳すればいいだろう。


 同様に思っているのか、ヤマダも滝のように汗をかいているのが見える。イケメンなのに。


「えーっと、まお……」


 フェイノは素直に答えようと思ったがそれもマズイと感じた。

 王女が魔王となにか関係を持ったなどといったら反応がすごく怖い。

 下手したら投獄とかいいだすかもしれない。


 もしなにか関係を持っていることを言うとしたら、反応が確定してからだ。

 または、何か強烈なメリットが提示できるときだろう。

 フェイノは素早く計算する。


「ま、まお……。もしかして魔王ですか? 魔王が一体どうしたと――」


「いいえ、違う、違うの――彼は、彼はそう――ゆ――」


 そして、彼のことを勇者というのもどうだろうか。


 いま、ノキタミア帝国が必死になって勇者を召喚しようとしている。

 そのことは国の上位の人間であれば誰でも知っていることだ。

 それをノキタミア帝国に先んじて手にしている、なんてことが知れたとしたら――


 フェイノはそのまま勇者であると言ってもいいとも思ったが、もう少し考える時間が欲しかった。

 しかし時間は限られている。何かを言わなければ。


「えーっと、彼は――、ま、ま、まお――」


「まお?」


「そう! 彼はまおとこなのよ、間男!」


 勇者ヤマダはイケメンだがこんな寝室にいきなり現れるとか非常にうさんくさい。

 なにかインパクトのあることを言ってゴマさないといけないと強く思った。


 そして、思わず最近の恋愛小説で見たネタを思い出して使ってみた。

 なにやら不適切な気がすごくしたが、びっくりさせるにはこれくらいが必要だろう。


「ま、間男ですって――」


 エイベル女史はそれに盛大に引っかかる。


「ちょっと待てー!」


 ヤマダからの盛大なツッコミが来たが、フェイノは華麗に無視する。


「え、え、えーー!? 姫に間男ぉぉ――」


 エイベルは、まだあどけないフェイノ姫がいつのまにこんなドラマのようなどろどとした世界に堕ちていってしまったのかと驚愕せざるを得なかった。

 フェイノは自分が言い出したこととはいえ、予想以上の反応に正直引いた。


「だからエイベル! 静かにして――。って口封じしないと。ヤマダさま! フェイノを今すぐ押し倒して!」


「えぇぇー!」


 ヤマダは悲鳴をあげた。


「ヤマダさまも静かにしてよ。ほかの人も来ちゃうでしょう」


「いやいや、嫌だよこんなの」


「こんなのですって――」


 ヤマダは単に女騎士であるエイベルを襲ったり押し倒したりなんかしたら、「くっ、殺せ」とか言わせる前に返り討ちに合いそうだと思って嫌だといっただけだった。

 しかし、エイベルは私ってそこまで魅力ないのかしら、と密かに精神にダメージを負った。


「と、とりあえず逃げよう!」


 ヤマダは入ってきた空間魔術による扉を開けると駆け込むようにそこに入り、まさに脱兎のごとく逃走を図った。


「き、消えた!?」


 突然ヤマダが消えたことにフェイノは戸惑う。

 フェイノはその様子をみてエイベルがその≪扉≫が見えていないのではと推測した。


「えぇ、彼は逃げ足だけは速いんだ……」


「彼ですか……」


「くれぐれも秘密だよ」


 その横で冷たい視線を向けるエイベルを見て、一緒に逃避行すれば良かったと肩を落とした。

 これから盛大に尋問タイムが始まるのだろう。

 フェイノはげんなりしながらも、≪扉≫をじっと見ながらこれから面白くなりそうと、一人呟いた――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ