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討ち入りでござる

 ノキタミア帝国の皇帝、オーカイ・ジーク・ノキタミア三世は王都の執務室でいつものように宰相からの報告を受けていた。


「魔族領からは一切の動きは見られません」


「しかし、情報が足りないな……。うーむ」


 魔族領からの侵略に備え密かに人を集めようとしつつある帝国であったが、密偵からの報告によれば魔族領は特に変化は見られないようであった。


「逆に不気味ですね。いつものことではあると思いますが」


「世論的にはどうなっている」


「あまり芳しくなく」


 現状では魔族捕縛すべし、永遠に奴隷にすべし、という世論はあっても、魔族領に侵攻しようというところまでは行っていない。

 魔族領には魔族だけでなく、大量の魔物がひしめいているのだ。

 戦いが起きるのであればかなりの被害が予想される。

 その被害に見合った成功報酬もあまりない。

 だれも魔族領のような辺鄙な土地を領地にしたいという貴族がいないのだから。

 捕縛する魔族は魅力的だが、抵抗的であるならば奴隷として使うにしてもあまり有用とはいえないだろう。


 総論は打つべしである。

 しかし、誰が討伐に行くのか決める段になると大反対になる。

 総論賛成、各論反対の最たる例だ。


 むろん、魔族領から攻めてきた場合は叩き潰すべきという世論が巻き起こるだろうが――


「プロパガンダとして『魔族領からモンスターがたびたび出ている』という噂を流しているところではありますが、実際に被害等は出ていない以上、なかなか噂としては広がっていない、といったところですな」


 子飼いの吟遊詩人、そして新聞社等のマスコミを用いて偏向報道を行っているが、実際にはあまりうまくいっていない。

 そういった報道にはどうしても大本営(だいほんえい)発表(はっぴょう)にありがちな『うさん臭さ』が出てしまうため、下手をすると逆効果な側面もあった。


 とそこに、伝連の騎士がやってくる。


「何事だ」


「申し上げます。魔族領よりドラゴンの出撃を確認しました」


「なんだと! こちらに向かってきたのか!」


「いえ、どうもサウスフィールド王国に向かったようです。追って詳しいことは報告します」


 それを聞き、皇帝と宰相は考え込む。


「秋口まで集めた兵をずっとそのままにしておくのもマズイと思われます。ここはどうでしょう。もしこのまま魔族領が沈黙を守っているというのであれば、サウスフィールドを攻めるというのは?」


「あの小国か? 実りは少ないがあれでも領地にはなるな、あそこには海もあるし、サトウキビというのもあるらしい。欲しがるものは多かろう」


「ドラゴンにやられ弱ったところであれば落とすには易いと考えるか。それとも災害復旧に金が掛かるから高いと見るべきか……」


 皇帝と宰相は複数のケースを考えつつ、戦略を立てていく――



 ・ ・ ・ ・ ・



 サウスフィールド王城の一角に、ドラゴンが止まっていた。

 そこは第2王女であるフェイノ・リン・サウスフィールの住まいだ。

 若干14歳の姫は悪いことに外出などしておらず、その建物の最上階に住んでいた。


 誰もドラゴンを攻撃しようとしない。


 その赤い表皮は威風堂々としたものであり、相手に威圧感を与える。

 攻撃手段としては、魔法か、弓か、それともヤリか。

 遠隔攻撃でしかドラゴンには届かない。


 ましてや、ドラゴンには魔法による防御手段もある。

 空を飛ぶための魔法を応用したという魔法だ。さらにはかの有名なドラゴンブレスもある。


 そんな相手に攻撃をするならば、苛烈な報復が返るのは想像に難くなかった。

 そして下には姫がいるのだ。下手に倒した場合、下にいる屋敷はその重みによって全壊するだろう。

 ドラゴン殺しとともに、王女殺しの汚名を刻もうとする兵士は、少なくともここにはいなかった。



 ・ ・ ・ ・



「いぇーぃ。町に戻るとかメンドクサイので最適な輸送手段でいっきにお城まで攻め込んでみましたぁ。ヤマダちゃん喜んで!」


「こぉぉぉらぁぁーーー、やめてくれぇーー」


 ――時は約2時間以上遡る。


 森でヤマダとクルスが、エイベルにあってから1時間後くらいあと。


 3人は魔族領から少しでたところに来てはいた。

 しかし村まではまだ1時間以上かかるという。


 それはそうだろう。

 誰が魔物が大量に住むという魔族領の森近くに住みたいと思うのだろうか。


「うーん。めんどくさいね」


「まぁ、確かに……。ちょっと休憩します?」


 エイベルは女騎士であり体力はある。

 しかし、クルスは魔族とはいえどうみても華奢な少女であり、とても体力があるとは思えない。

 確かにオークを簡単に屠った実力から見るれば当然という話もあるが、瞬発的ものだからこそ可能なのかともエイベルには思えた。


「ギルドを仲介してお金を得るなら、サウスフィールド王国の王都までいくことになるんだよね? どれくらい掛かる?」


「村まででなく王都までとなると1週間は――」


「めんどくさいなぁ。彼でも呼ぼうかな?」


「彼?」


 クルスはどこからか角笛のようなものを取り出した。


 それにヤマダは何かを察してしまう。

 魔族領で「彼」というと想定される人物はヤマダとグリンと、あと一人しかいない。

 そして、角笛を吹いて現れることが可能な人物というと、さらに限られた。


「あ、いやそれは……、やめた方が……」


 ぶぼぉぉーー


 だが、角笛は吹き鳴らされた。

 人にはぎりぎり聞こえない高周波が響く。

 それに呼応して数分後、ばっさばっさと大きな鳥が飛行してくるような音が聞こえてきた。


「えーっと王都ってどちらでしたっけ?」


「あっちの方向ですが?」


 エイベルはなぜそんなことを聞くんだろうと疑問に思ったが、次の瞬間、自身の絶叫とともにその理由を理解した。

 突然現れたドラゴンが自身をいきなり掴むと天高く舞い上がったのだ。


「あー。こんなことだろうと思ったよぉぉぉ」


「さぁドアちゃん、目標はサウスフィールド王都! 討ち入りでござるよ!」


「ぐるぉぉーー」


 ドラゴンは速度を上げ、そして音速を超えた。

 ヤマダはその速度の恐怖に絶叫することしかできなかった。

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