本物のライオンを使ったライオン歯ブラシ
「あー。この子たちの剥ぎ取りとかどうしよう?」
ヤマダは剥ぎ取りはできない。
正確に言うとやったことがない。
クルスに剥ぎ取りネタを振られたが、正直やりたいとは思わなかった。
なにか血まみれになりそうで怖いのだ。
だいたい、関東の現代社会で育ったゆとラーがジビエとかやったことがあるはずがない。
したがってなんとか誤魔化そうとしてみた。
「ライオンの毛を使った歯ブラシなんかも作ってみたいなぁ」
「オーラルケアだねッ」
「良質なライオンの天然毛の根元部分だけを使用した歯ブラシとか良さそうだよねぇ」
まずは定番のライオンの歯ブラシネタである。
似たようなものに本物のメロンを使ったメロンパン、本物のタイを使った鯛焼き、大阪の某百貨店のイカ焼きなどがある。
どれも実際にあったら大参事だ。
本物のメロンを使ったらべちょべちょになるだろうし、本物のタイを使えばお値段異常になるし、イカ焼きに至っては絶対別物である。
「ライオンだけじゃないよ、オーク肉とか美味しいよ」
「ウサギ美味しあの山、オーク釣り師あの川か……」
「あれ? なにその唄、おいしそう」
「ふるさとを語った詩人の歌だそうだ」
ウサギは実際おいしい。
フランス料理などででてくるらしい。
「へー。さすがはヤマダちゃん。物知りだねぇ……。そういって、剥ぎ取りの話誤魔化そうとしているんでしょう?」
だがヤマダの必死のごまかしも、クルスには通用しなかったようだ。
「う……」
「私は嫌だからね。剥ぎ取りなんてめんどうだし」
誰か助け人はいないだろうか。
ヤマダは周囲に視線を巡らせた。
助けてくれそうな人がそこにいた。
ヤマダの目の前には女騎士がいたのだ。
その女騎士の装備はあちこちが敗れており、神聖な中にも退廃的な雰囲気を持っている女性だ。
要はつまり色っぽい感じにヤマダには見えた。
その女騎士は2人の会話を聞きながら何が面白いのかくすりと笑った。
「ありがとう。助かったよ。よもや魔族に助けられるとは思っていなかった。こちらは剣も折れてしまってな……」
「ふーん。お金を持っているならヤマダちゃんが代わりの鉄剣を渡すけど?」
「俺のかよ。まあいいけど」
自分のと主張する鉄剣だが、元は魔王から貰ったものであり、ヤマダに愛着というものはない。
「いいのか?」
「えぇ、それで貴方はだれ?」
「私はサウスフィールド王国のフェイノさま付きの女騎士で名をエイベル・フォン・ドメインという」
「エイベルさんね。私はさっきも言ったけどA級冒険者のクルス・アマト―。こっちは今鍛えている新人君のヤマダちゃんね」
「どうも」
ヤマダは簡単にお辞儀をした。
お辞儀という習慣が異世界にあるかは分からなかったが、確かに異世界にもあるようで、エイベルはお辞儀を返してきた。
そこでヤマダは気づく。
彼女がヤマダが王城で出会ったフェイノ付きの女騎士であることに。
ヤマダは服装も違うし、咄嗟に逃げたので相手は気づいていないが、エイベルは乱れているとはいえ当時の恰好のままだ。
気づいた瞬間、ヤマダはエイベルに気づかれないよう顔を背ける。
「それでどうしてこんな魔族領に侵入してきたの? 魔族としては困るんだけど。最近不穏だし」
「やはり君たちは魔族か」
「ん? こっちのヤマダちゃんは『ただの』人間だけどね。私は総称としては魔族で間違いないよ。間違いなく冒険者もしたいたけどね」
「最近、魔族領から魔物が溢れだし人里を襲っているという報告を聞いてな。それで魔族領に対する調査の目的と多少の腕試しと思ってきてみたのだが、このざまだ」
実際にはエイベルとしては調査目的が先で、人里を襲っているというのは後から聞いた話だ。
だがエイベルはここで時系列の話をしても仕方がないだろうと思った。
あの時の間男と、魔族領の関係を知るのがエイベルの真の目的だ。
と、目的を再確認したところでエイベルも気づいた。
(あ、こいつあのときの間男じゃない!)
一瞬顔が引きつったが、すぐに表情を戻す。
ここで叫んでも話をややこしくするだけだ。
まずは調査を優先させよう。
一方クルスは、魔族領から魔物が溢れ出ることなどクルスとしてはありえないと考えていた。
なぜならクルスのマスターたる邪神アマト―が引きこもりの結界を張っているのだ。
引きこもりの邪神が施す本物の引きこみ結界である。邪神の真骨頂だ。
結界の外から複数人が騒ぎ、笑い、そしてウケを狙わない限り、結界が破られることなどありえない。
だから、まずは確認だ。もしそれが本当だとしても、誤魔化さなければ。
「――まぁ、そんなプロパガンダに踊らされて大変よね」
「え? プロパガンダ?」
「来るまでに村の様子とか見たの? 荒らされていたりいた? 魔物の痕跡とかあったの?」
そして、そのような騒ぎが起きたのであれば、さすがに気づくのだ。
そんな騒ぎのあった場所には魔物の群れを終結させ、騒ぎを起こした連中に天誅を加えることになるだろう。
「いや……。確かに無いな……」
エイベルは来た道を思い出す。
確かに噂はあったが、実際にどの町までは聞いていないし、遭遇してもいない。
「注意力が足りないんじゃない。それに、それなら1人で来るとか危ないことはさせないでしょう? 謀られたんじゃない?」
「いや、複数で来ると魔物が集結すると聞いて――」
「それは嘘じゃないけど、2・3人くらいなら大丈夫なんじゃない? たぶん?」
「たぶんって……、いい加減な――」
正確には調教スキルを持った魔族が、4人以上で冒険者が来たら積極的に襲わせるように魔物を仕込んである。
そのことをニンゲン側に情報として知らせるのはさすがにまずいとクルスは感じており、だからいい加減に返したのだ。
「いやぁ、うちらもモンスターの生体とかよく知らないし」
クルスはとぼけるが、これも完全な嘘である。
クルスはモンスターに対する知識はかなりある方だ。
魔物の生体を熟知していなければ、いかな魔族とて魔族領で生活することなどできるわけがない。
だが、エイベルは簡単に騙されたようだ。
あるいは騙されたふりをしたのだろうか。
「なるほど、今度からは2・3人で活動することにしよう。それでお願いがあるのだが」
「なんでしょう」
「私は今は金を持っていない。家にはあるのだが来てはくれないだろうか。それからもし宜しければ今の魔族領の状況とかも教えて欲しい」
エイベルとしはそれと同時にこの間男をどこかに誘導してフェイノ姫との関係を暴きたい、という考えがあった。
「えーっと、お金に護衛と諜報料を上乗せしても? それから冒険者ギルドを仲介した形式にして欲しいな。その方が踏み倒されないし安心できるから」
「あぁ、それでいい」
さすがはA級冒険者といったところか。
冒険者ギルドを挟めば下手なことをされないと踏んでいるのだろう。
エイベルは少なからずクルスという少女に感心した。
「敵利行為にならないかそれ? 魔族領側だろうクルスは?」
「いいんじゃない? 守るべき秘密なんて人にはあっても魔族領にはないんだし」
「なるほど。『人にあっても魔族にはない』か。確かにそうだな」
正確には勇者という秘密がある。ということだ。
だが、この会話ではエイベルには理解されまい。
「で、ヤマダちゃんも行く? 面白そうだよ?」
「面白そう基準で全てを決めるクルスが俺は好きだな。俺も面白そうだから行くことにするよ」
「どういたしまして。それじゃエイベルちゃん。私たちは行くことにしたから」
そして左手を出すクルスに、エイベルは握手を交わした。
とりあえずこれで交渉は成立だ。
そこにオークを眺めていたヤマダが口を挟む。
「そうだ、剥ぎ取りの件なんだが、すべてこのエイベル女史にまかせるとかどうだろう。なにしろ最初に戦ったのはこのエイベル女史なのだから、お肉をゲットする権利は彼女にあると思わないか?」
「おぉぉ、ヤマダちゃんナイスアイデア! でもそれって私たちお肉食べられないんじゃない?」
「ごちそうになれば良い。行くのなら」
「ちょっと待ってよ……」
そんな押し付け合いが始まったが、結論としては数が多いので肉の回収はあきらめた。
結果、討伐部位だけを切り取って回収することになった。




