外回り
ヤマダとクルスは魔族領の一番外側を歩いていた。
ようするに魔族たちが住む森の周囲である。
なぜこのようなことをするかといえば、魔族領の外に出て行こうとするモンスターたちを討伐するためである。
しかし、本当は別にそのようなことをする必要はないのだ。
この地には邪神による引きこもりの魔法が掛けられており、モンスターは魔族領に簡単に入ることはできても魔族領から出ることは決して赦さないからだ。
逆に言うのであれば、引きこもりの魔法が掛けられているからこそ、魔族は魔物を盾としてそこに住んでいるのだ。
引きこもりの魔法の例外としては魔族および人がある。
それにモンスターでもある一定以上の実力を持った者――例えばドラゴン――だけだ。
それでもなぜ外周周りをすることになったのか。
今回はそう、ヤマダのレベル上げが目的だ。
ヤリで突いて逝かせるだけの簡単な仕事ではあまりに惨いだろうという発言をしたヤマダに、じゃぁ実際にフィールドで殺ってみましょうか? というクルスの煽りに見事にヤマダは乗せられ、モンスター討伐ということになったのだ。
ただ、ゴブリンが住む洞窟を直接襲って殲滅しても面白くない。
目標は動くゴブリンだ。ただ、だから森の野良ゴブリンを狙いましょうという話になっている。
その方が狩っぽいし、外に出ていこうとするモンスターの討伐というのが、なんとなく正義っぽい気がしたからだ。
ちなみに剣はドラゴンに渡された黄金の剣ではない。普通の鉄剣だ。
討伐を行った森の外周は道もなく大変な道中であったが、レベルが10倍になったヤマダにはさほど苦にもならなかった。
――実際には次の日筋肉痛でのたうち回ることになるのだが、今日は少なくとも苦にはなっていない。
そんな中、発見したゴブリンや狼を見つけては剣で斬り倒すということを続け、ヤマダは得意満面な笑みを浮かべた。
はっきりいってレベル的には半分程度の相手である。
それを強力な龍破御剣流のスキルを使って倒すのだから弱いものいじめ以外のなにものでもない。
いつか強敵と戦うこともあるだろうが、今は剣の練習ということで、ヤマダは狩りを楽しんでいた。
ちなみに狩といってよく出てくる毛皮剥ぎとか、剥ぎ取り作業はヤマダは行っていない。
ヤマダとクルスの後ろには4人の魔族少女の集団がある。
彼女らは背中に大きなカゴを持ち、左手には肉斬り用の出刃包丁という装備で、剥ぎ取りを代わりに行ってくれている。
通称、お肉回収部隊だ。名前がみもふたももない。
クルスは今回何もしていない。指示だけを飛ばす係だ。
パーティとして一緒に戦ったりすると、理論は分からないが経験点がレベル差で減衰するらしい。
減衰するとレベルが上がりづらくなるそうだ。
だが狩以外であれば経験点には影響しないので、森歩きのポイントとか、おいしいキノコの生えやすい位置などを時たまレクチャーしてくれている。
ヤマダとしてはあまり連続で話されても疲れるので、「時たまレクチャー」は実にありがたかった。
「あれ? 剣戟の音がするよ?」
そんな狩を楽しんでいる計6人のパーティ――実際にはパーティを組んでいない――であったが、急にクルスが立ち止まりそんな言葉を口にした。
≪気配感知≫でもしているのだろう。
空気が読めない引きこもりのヤマダには無縁なスキルである。
「あれはなんだろう。人間かもね?」
ここは魔族領の外周周りをしているだけあって、魔族領の領地外とはほど近い距離だ。
だから冒険者などが魔物の肉などを求めてやってくることは十分考えられた。
クルスはお肉回収部隊の女の子たちに目配せをして魔王城に帰すと、自分はその剣劇の聞こえた場所に行こうとする。
「ヤマダちゃん。一緒にいきます? 面倒だから来なくてもいいけど――」
「俺も行く。なんだか面白そうだ」
「面白そう基準で首を突っ込む。順調に堕落していて素敵ねッ。それじゃ一緒にいきましょうか。ヤマダちゃん♪」
いきなり全力で駆け出すクルスを、ヤマダは懸命に追いかけた。
全力で駆けても追いつけるような速さではとてもなかったが、それでもだ。
・ ・ ・ ・
剣劇を発生させた主は、女騎士であった。
戦っている相手はオークとライオンである。
オークは魔族領でゴブリンの次に出てくる定番のモンスターである。
特に女の子が好きらしい。
ライオンは攻撃力の高い統率型のモンスターである。
希少種だがもちもちしたその食感が貴族たちに人気で経験値的にも非常においしい。
接触当時、オークが15匹、ライオンが1匹もいた。
まともに倒せたのはオーク5匹だ。残り10匹と1ライオン――
「くっ。殺せ……」
尻もちをついた女騎士は鎧等の装備がぼろぼろで、息も絶え絶えであり、すでに戦えるような状態ではない。
もうだめだ、と思っていたところに、一人の少女が颯爽と現れた。
「貴方は何をやっているの?」
「お前は――」
そこには場違いと思える少女がいた。
いや人間だろうか?
魔族領にいるような人物は限られている。
白のワンピースにピンクのふりふりを多用した服装であり、およそ魔族領の森という環境で生活するような恰好ではない。
それに赤眼に、白髪に、抜けるような白い肌と来ればニンゲンではなさそうだ、と大体予想ができる。
「うちはA級冒険者! クルス・アマト―といいます。そちらは?」
「そんなことを言っている場合なの?」
誰何したのは確かに女騎士自身であったが、悠長に話をしているような場合ではないだろう。
今にもオークが襲い掛かってきそうなのだから。
「ああ、それならヤマダちゃんなんとかするから。失敗したらうちがフォローするし」
そこに第3の人物があらわれた。
鉄の剣を持った、初心者の冒険者といえるような若い男だ。
きっと彼がヤマダなのだろう。
「であぁぁーーー」
とヤマダが叫びながらオークに斬りかかり、1匹のオークをスキルだろうか、一撃のもとで屠り倒す。
だがそれまでだった。
女騎士と同じように集団戦で向かってくるオークは1匹を犠牲にして残りのオークがヤマダを袋叩きにした。
渾身のオークの一撃をまともに何発も受けている。
女相手に凌辱を目的に手加減をしていたオークだ。
手加減なしに全力で殴られたら一溜りもないだろう。
なにしろ森の木々も一撃で粉砕するのだ。
「もう、しょうがないにゃぁ」
クルスはどこに隠していたのか、身の丈にまったく合わない長剣を取り出すとオークの群れに斬りかかった。
そしてオークはさしたる抵抗もできずに討たれていく。
クルスの行動の速さがオークとはまったく違うのだ。
とても躱せるようなものではない。
ライオンに至ってはまるでバターでも斬るような気軽さで、周囲の木々の幹ごと簡単に真っ二つにしていた。
「ありえない……。いくらA級冒険者とはいえ……」
女騎士はそのおそるべき攻撃力の高さに目を見開いた。
「ほら、そんなところで死んでないで早く立ち上がってオークを攻撃する! ヤマダちゃん!」
「まったく、人使いの荒い……」
ヤマダと呼ばれる男はぼろぼろになりながらも立ち上がった。
――あれで生きているのか。
女騎士はさらに驚愕する。
「今日はレベル12が目標ねッ。オークあと1匹くらい自分で倒そうよ!」
「分かった」
そういうとヤマダは剣を構えなおす。
レベル12というと初心者を抜け、すでに中堅ところの冒険者だ。
女騎士よりわずかに低いといった程度のレベルである。
「ふっ。食らうが良い。龍破御剣流奥義! ≪一の太刀≫ぃぃ!」
龍破御剣流はこの世界では一般的な近代剣術である。
≪一の太刀≫は剣を龍の鍵爪を見立てて刺突する突進技だ。
初伝に位置する初歩の技であり、女騎士でも使える。
技名を叫ぶところがいかにも初心者っぽいところではあるが、だがあの速度とキレはなかなか出せるものではない。まるで何度も死線を潜ったかのようだ。
師の方針で最初は叫ばせるところもある、と聞いたことがあるが、実戦ではなかなかお目に掛かるものではない。
技のすごさは間違いないが、本当に初心者なのだろう。
この2人が現れてからおよそ3分。
たったそれだけで残りのオーク10匹と1ライオンは全滅した。




