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奥義伝授

「夜杖真澄流というのは、夜杖真澄という魔族の女の子の気を引くために俺が作った新生の邪剣だ」


「ほうほう、中二くさくてカッコいいねぇ」


「中二? 意味が分からないが、そんなところだな」


 うんうんとうなずくグリンにヤマダは呆れたが、ネタの剣としてはそういうものだろう。


 魔王城の広場――要するに中央正面の庭だ――でヤマダとグリンは相対していた。


 両方とも無手である。

 剣術で勝つにはどうするれば良いか? 徹底的にグリンが考えた手は『剣を抜かなれば良い』であった。

 そうすればたとえ負けたとしても、『剣で』負けたことにはならない。つまりゼロ戦無敗の完成である。

 夜杖真澄流は文字通り無敗の剣術であった。


「ま、ようするに一発芸だな」


「一発芸なのかよ」


「あぁ一発芸だ。だが剣術というものは本来そういうものだろう? 1撃で殺せばそれで全ておしまいだ」


 確かに何度も斬りあうとか考えるだけでも大変そうだ。

 特にヤマダは引きこもりである。持久戦になったら持ちそうがない。


 だがそんなとき、どんな敵でも一撃で沈めることができる技があるのなら。

 相当な俺TUEE-であると言わざるを得ないだろう。


「だから夜杖真澄流は(スキル)としては2つしかない。一つは<流水(りゅうすい)≫、もひとつが≪抜魂剣(ばつこんけん)≫だ」


 夜杖真澄は、魔族であり龍破御剣流の流れを組む剣術を嗜んでいた。

 その技能は素晴らしく、スタンダードな龍破御剣流だけで戦っていたのではとても勝てる見込みはない。

 当時そう考えたグリンはただ一度気を向けさせるためだけにこの流派を作った。

 そしてめでたく気を引くことに成功し、晴れて師匠となった夜杖真澄に魔改造され完成させたのがこの2つの技なのである。


 その技はすべての剣流の発想の逆を行くものだ。

 無手であるのもそうだろう。


 多くの剣術が剣を抜いて戦うならばその剣を抜かず、

 多くの剣術が間合いを測り戦うならばその間合いを殺し、

 多くの剣術が敵を切り倒すものならば押し倒す。


 話だけ聞いているとそれだけで脱力してやる気のなくなる内容ではあるが、それでもと、ヤマダは考える。

 今までのようなウィンドウからワンクリックで伝授されるようなものとは全然異なり、普通にスキルの伝授とか面白そうだと。

 その方が与えられた剣術スキルよりも身に着けたと言えると思う。


 そう考えると、やはりワクワク感が止まらない。

 そしてゴブリンとかをぴちぴち倒して基礎レベルの向上も図る。


 面白そうである。

 ここで決してオークとかオーガーとかライオンとかを倒そうとか言わないのがヤマダらしい。


 ヤマダは「俺、今度オークと戦うんだ」というセリフは「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」並みにヤマダにとって死亡フラグであると考えていた。

 そんなものと戦うことになったら、いままで引きこもりだったヤマダは一瞬のうちに死ぬにきまっている。それも何度もだ。


 そしてウィンドうからの伝授ができないのはグリンが最適化されていない(NPC)だからだ。

 神や邪神といった力ある者(GM)や、勇者や魔族のように最適化された(PC)でなければウィンドウは使えないらしい。

 魔物(モンスター)もウィンドウは持たないようだ。


 これは気を付けた方が良いなとヤマダは思う。

 急に手をひらひらさせてチャットとかし始める人物はあきらかに警戒すべき人である。


「で、最初に覚えるのが≪流水≫だね。単純に言うと川の流れのように敵の攻撃を躱しながら接近するワザだね」


「単純に言うな」


「あぁ、で、これが決行難しい。≪気配感知≫の上位スキルと思ってもらえば良い。相手の気の動きを見て次の動作を察知し、避ける。基本的にはこれだけだ」


「それだけの説明で避けれるようになると?」


「ならないね普通は。だからまず初めに武器の動きを見て、そして体の動きを見て、呼吸の流れを感じ、血の流れを見て、最後に気を知覚する。1年もやればLevel.1は習得できるだろう」


 1年――と聞いて、一瞬固まるヤマダである。


 だが、普通の剣術で1年でスキルが習得できるのであれば御の字であろう。

 本来であれば並大抵の努力で覚えられるようなものではないのだ。


「そしてもう一つが、≪抜魂剣≫だね。剣ではなく拳の字を当てた方が(スキル)としては正確だが、夜杖真澄流は剣術を標ぼうしているのから剣だね」


「へー (棒)」


「こちらも≪流水≫の応用だ。呼吸と気のタイミングを外したところに拳を叩き込んで、引き抜く際に敵の気力をまとめて引っこ抜いて逝かせる。だから≪流水≫で相手が見えていないとだめだ」


「なにか難しそうだねぇ……」


「普通ならね。だが今代の勇者の場合は――」


 グリンがゆっくりと拳を構えた。剣は無いにも関わらず抜刀の構えだ。

 剣を使わないと分かっていても、それでも抜刀の構えにするのは剣術としての一種のポリシーだろうか。

 嫌な予感がしてヤマダは一歩後ろに下がる。

 だが、グリンは待ってはくれなかった。


「今代の勇者はドラゴンから聞いたのだが、九死一生のスキルの対象を勇者に設定してあってー」


 ニヤリと笑うグリンに、ヤマダは戦慄した。


「あ、それ死亡フラグじゃね?」


「そして不老不死の術式を邪神から得ているそうな。ならば――」


 向かってくるグリン、とりあえず迎撃の拳を放つが、引きこもりののへっぽこ拳などあっさり躱かわされる。

 なにしろ相手は拳ではなく剣戟を掻い潜ってさえ攻めていたのだ。拳が躱せないはずがない。


 そして胸に拳を当てられ気の力を奪われると同時、ヤマダは後方に吹き飛ばされた。


「まずひとーつ!」


 警戒なグリンの声だが、ヤマダはそれどこではない。


 その一撃だけで、ヤマダは死んでいた。


 ・ ・ ・ ・ ・


「いやー死ぬかと思ったよ」


「いや、実際死んでるんですけどね。あそこまで軽快に死んでくれるとなんだか楽しくなってしまって……」


「かなり爽快な汗をかいた雰囲気を醸し出しているが、人殺しは楽しんではいかんよ君ぃ。俺以外にやったらいかんぜあれは」


「あはははー」


 そんな乾いた笑いをしていたグリンに対し、ヤマダはスキルがどうなったのかを調べるためにウィンドウを開いてみた。

 そういえばウィンドウを開くのはひさしぶりだ。


===========================

なまえ:ヤマダ

しょくぎょう:ゆうしゃ

れべる:10

おところ:魔王領第一魔王城1-3-19 やみの間2号室 (改)

しゅぞく:異世界人(アークヒューマン)

せいべつ:おとこ

ねんれい:15R/残酷な表現あり

HP:20/108

MP:59/59

SP:44/44

STR:21

MAG: 6

INT: 3

VIT:10

AGI: 4

DEX: 3

LUK:E

スキル:

 転生特典(夜伽Lv.5(MAX))/付与可、

 転生特典(容姿-(女性向け)Lv.3)/付与可、

 転生特典(食べても太らないLv.1)/付与可、

 転生特典(異世界会話Lv.1)、

 魔王の加護(思念魔術Lv.5(MAX))、

 魔王の加護(鑑定Lv.1)、

 邪神の加護(不老不死Lv.1)/譲渡可、

 勇者固有(九死一生Lv.5(MAX))/譲渡可、

 龍破御剣流(一の太刀Lvl.5(MAX))、

 龍破御剣流(二式Lvl.5(MAX))、

 龍破御剣流(中伝の心得)、

 夜杖真澄流(抜魂剣Lv.5(MAX))

しょうごう:引きこもりに飽きた人、第一級友達者年金

ちゅうき:つぎのレベルに達するにはあと15ポイントの経験点が必要だ。

===========================


 相変わらずツッコミどろこの多いステータスウィンドウだ。

 目につくところは各スキルにスキルの由来が付いたところだろうか。

 いつのまにやら鑑定スキルがついているから、それで見えるようになったのだろう。

 そして今覚えたスキルなのだが…。


「あー。≪抜魂剣≫は使えるようになったけど、≪流水≫はダメだったみたいだ……」


「なるほど、感知系はいくら勇者のスキルでも無理なのか」


 勇者のスキルで無理なのではなく、おそらく引きこもり適正によってダメなのだろう。

 きっと覚えるには大量のスキルポイント――つまり死ぬことが必要なのだろうと思われた。


「≪流水≫がダメならいくら≪抜魂剣≫が使えてもほぼ威力は出ないと思った方が良いよ」


「やっぱりか……」


「やっぱり実地で覚えていくしかないね。ゆっくり人の呼吸から胸の動きなんかを見てみるがいい」


 そこでグリンは急におどけてみた。


「君の周りにいる女の子――例えばクルスとか見ていれば練習も飽きないだろう」


「あれか――、だがあれは可愛くてもまな板だからな。呼吸したところで胸の厚みが変わったりはしないだろうし、見て楽しくは――」


 と言いかけたところで、ヤマダは背中に猛烈な悪寒を感じた。


 なにかが後ろにいるようで、しかし怖くて振り返ることができない。

 これも気配感知の練習になるだろうか? それとも濃密すぎて練習にはならないのだろうか。


 そういえば、なぜ急にクルスのことをグリンは振ったのだろう。

 そう考えればすぐに結論が出るのだろうが、答えを考えたくない。


「だれが、まな板ですってぇー?」


 可愛らしい声から類推できるのはどう聞いてもクルスであった。

 すでに答えはでていたようだ。


「ご飯出来たから呼びに来たらなにやら楽しい話をしているみたいじゃない。じーくり聞かせてもらうわよ。ヤマダちゃん」


「いってらっしゃーぃ」


「グリン。あなたもよ」


「え、俺もっすか。でも先にヤマダを捕まえに行った方が良いのでは?」


「あっ。逃げたー」


 脱兎のごとく逃げるヤマダをクルスが楽しそうに追いかける。


 グリンは興味深そうにそれを眺めていた――

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