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にっく売りの少女

 サウスフィールド王国は小国ではあるものの、国としての体裁はとりあえずは整っている。

 王制でありかつて帝国の皇族であったアイネイフィールドが政敵に敗れ南方トゥルヌスの地へと落ち延びた。

 そしてその当時の土着豪族であったサウスヌス・クピドーと婚姻してできたのがその始まりだ。

 王都もそのときサウスフィールドとなり、王国名もサイスフィールドとなって今に続いている。

 王都には王軍もあり、王軍は主に北部にあるノキタミア帝国と魔族領ににらみを利かせている。

 そのた3方面には辺境伯を置き、4公爵6侯の計10大貴族が土地を担っている。


 しかし豊かであるか、といえばそうとは言えないのが実情だ。


 サウスフィールドの南には海があり、交易も多少は行っている。

 それがサウスフィールドの最大収益である。

 ただ海が時化ることもあり、そんなときは収益は大幅に減少してしまうため、安定性に欠けるという問題があった。


 砂と塩が多く含まれる土地はやせており田畑にできる面積は少ない。

 改良は進めているがすぐには利益には繋がっていない。

 フェイノが土地にあった品種ということでサトウキビを育成し、それに成功させたことは国の希望になっている。

 だがそれもそれは量としては多くは無い。量産の戦いはこれからだ。


 森は恵みを与えてくれる。

 しかしこの世界では森には大抵魔物が住んでいる。

 そして魔族領に面していることから魔獣(モンスター)が活性化していた。

 活性化した魔獣(モンスター)は生半可な冒険者では通用せず、冒険者は一定の成果を上げているが大きな収益にはなっていないのが現状だ。


 フェイノは考えた。

 だが、もしここで冒険者に頼らず安定的に魔獣の肉などが供給される体制が出来たら――


 フェイノには最近コネができた。

 魔王という名前のコネだ。

 コネには移動術という特典もついていた。

 一瞬にしてある地点とある地点を、まさにポイントツーポイントで繋ぐ技術だ。


 そしてそのおかげで、王城のある倉庫には山のような魔獣肉が積み重なっていた。

 その量はかなり多い。そして、部屋の中はかなり寒い。

 さすがにバナナで釘が打てるほどではないが、サウスフィールドの魔術師の手によって常に低温で肉の熟成には最適だ。

 さすがに国家備蓄である。長期の保存がこれでできるようになった。


「いったいこれほどの肉をいつのまに……」


「さすが姫様ですな」


 フェイノがその倉庫に連れて来たのは護衛たる女騎士のエイベルと、冒険者ギルドの長たるギア・マコーウェルだ。

 ギルド長はその肉の多さに唖然としている。


「それでこれらのお肉、値崩れを防ぎつつ綺麗に売りさばくことはできるかしら?」


「――それでなぜそれを我々冒険者ギルドに? 商業ギルドの方がこういうのは適任なのでは?」


 ギルド長は、王城からの突然の呼び出しからの売りさばき依頼になぜ自分が? と疑問に思う。

 フェイノ姫はサトウキビの取引などで商業ギルドなどにも顔が利くハズである。

 ギルド長は冒険者あがりのたたき上げであり、ドワーフでもあるため武器類や装飾品の目利きなどはできる。

 しかし販売はさっぱりだ。


「これ、あからさまに出自が不明じゃない。冒険者ギルドで冒険者が狩ってきたとすれば多少は言い訳できるでしょう?」


「なるほど。隠れ蓑というわけですか。それでどのようなお肉があるのですかな」


「ゴブリン、オーガー、オーク、ライオン、キリンといったあたりね」


 ゴブリンというのは駆け出しの低レベル冒険者が狩りの対象となる定番の魔獣肉である。

 この肉が集まるというのであれば分かる。冒険者でなくとも軍をすこし動かすだけで得られるだろう。


 だがオーガーやオークは簡単ではない。特にオークは集団で行動することが多く、その肉は希少だ。


 さらにライオン、キリンといったモンスターは倒せないことはないがかなり強力だ。

 冒険者であってもパーティを組んで戦わなければ狩ることができないほどである。


 さらに言うとライオンは他のモンスターにはないモチモチとした食感が、キリンはシンプルでありながらその奥深い味わいのプレミアムなのど越しが、貴族たちを中心にウケており非常に人気がある。

 またキリンの角は紫外線を強くあてると同位体の赤リンに変化し、高価なマッチとして使用されていた。

 その人気のため乱獲されており、いまやほとんどが魔族領にしかいないとされている。


(そう、魔族領だ……)


 ギルド長はそこまで考えて気づく。いや、もっと早く気づかなければいかないだろう。

 これだけの量の魔獣肉を扱おうとするのであれば魔族領と王族間で何らかの接点ができたとしか考えられないではないだろうか。


「――つまり、そのあたりをうまく隠ぺいして欲しいのですの」


 フェイノはそのことに気づいて表情を変えたギルド長に対して満足そうに頷いた。

 隠ぺい工作ほかもろもろといったことになれば、確かに冒険者ギルドにしかできないだろうとギルド長も納得する。


「公開する気はないのですかな?」


「――しばらくは無いわね。睨まれても困るもの」


 何を公開するのか、誰に睨まれるのか、2人の会話では固有名詞は出てこない。

 しかし、もしサウスフィールドが魔族領との関係を持ち、その関係をノキタミア帝国に知られた場合、つまらない横やりが入るであろうということはある程度の地位にある人間であれば誰でも想像がついた――


「ところでギア・ギルド長さま。これだけの肉を私が狩ったことにしたらA級冒険者とかなれるのでしょうか? 討伐部位とかも集めてますが」


「姫様、ズルはダメですよ」


「私、癒しの術とか使えるのでその方面で手伝ったとしても?」


「応援しただけではさすがに……。なりよりバレます」


「なるほど、それもそうね」


 この神々が神々の戦争によって衰退したこの世界では、神聖魔法とは風邪の咳や熱を少し和らげる程度の力しか知られていない。

 だから神聖魔術を用いて怪我を直すとかいうことはギルド長にとっては想定の埒外であり、癒しの術=少女がにこやかにほほ笑む、くらいの意味にしか取りえなかった。

 だからギルド長には応援して何になるのだ、程度の認識しかない。


「癒しの術って冒険者業界では使えないのか……、わたし、冒険者業界では劣等生なのね……」


 もし、これがフェイノの神聖魔術が単純治癒どころか死者復活まで行える強力な術式であることが知られたのであれば、大変なことが起きていただろう。A級冒険者どころの騒ぎではない。

 例えば神殿に祭られて出てこれなくなったり、患者が押し寄せて行列を作ったり、帝国が嫁に出せと軍隊でも使って圧力を掛けたりなどだ。


 ・ ・ ・ ・ ・


(一体、フェイノ様はどうされてしまったのだろうか……)


 フェイノ姫の護衛を任されている女騎士、エイベル・フォン・ドメインはそのギルド長と仕える姫との会話を呆然と眺めていた。


 いつもフェイノ姫のいくところには一緒についていっているはずだ。

 だが、フェイノがこんなに大量の魔獣肉をお取り寄せしていることなどエイベルは知らなかった。


 そしてギルド長との会話も分からないことが多い。

 エイベルには格闘術や護身術のたぐいであれば男であろうとも1対1であればそう引けをとらない自信があったが、政治的な、または、商業的な話となるとさっぱりであった。


(そして表情もなんだか明るく……)


 エイベルはあんなに楽しそうなフェイノを久しぶりに見た。


(それも間男ができてからということだろうか)


 間男というのはすでに結婚して夫のある女性が、他の男性と付き合うことをいい、フェイノ姫は結婚しているわけでもなんでもない。

 だが、エイベルやフェイノ姫が読んでいる恋愛小説などではよく出てくる単語であり、フェイノはなんとなく「いけない遊び」をしている感じがしてそんな言葉を使ったのだろう。

 少なくともエイベルはそう感じていた。


(間男じゃなくても、姫様に男とか大問題ですけどね)


 フェイノ姫に悪い虫が付いたら取り払うのも、女騎士としての務めだ。

 現場を押さえて問い詰める必要がある。

 そのためにも常に姫には付いていないといけないのだが、結局はこのざまである。

 姫が隠れてこのような備蓄を図っていることすら、エイベルは知らなかった。


 しばらく続いていたフェイノとギルド長との会話が終わり、気づくとフェイノはエイベルの傍にいた。


「ところでエイベル、話があります」


「は、はい。なんでしょうか? 姫様」


 思わずエイベルは背筋を伸ばした。

 フェイノ姫は消え入りそうな声でつぶやく。


「これ、他の男の人に知られるとちょっと問題があって、貴方にしか頼めない用事があるの……」


 貴方にしか頼めないとは大きくでたものだ。


 エイベルは女性である自分のことを考えて、ダイエット食品か何かかと考えてみる。

 だが、フェイノ姫にそのような体重の変化等は見られない。


 フェイノは頬を赤く染めあげ恥ずかしそうに言う。


「男物の下着をちょっと10着くらい買ってきて――」


(あの間男のガキがぁ……)


 エイベルは心の中で叫ばずにはいられなかった――

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