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あー、磔にされたゴブリーン

「――と、いうわけでトーナメントで2位にはなったけど、王女に脅迫するとは何ごとだということになり、国を追放されてきました夜杖真澄流の創始、グリンと申します。よろしくお願いします魔王ラララさま、邪神アマト―さま、そして、勇者ヤマダさま」


「それでいいのかよお前は」


「えぇ、あんな差別的なトーナメントを組むような汚れた国にとどまる理由なんてない」


 そんな話を聞いたあとでクルスと対面するグリンという名の男は可愛らしい好青年だった。

 学校の義務教育を終えたばかりといった好青年はいかにも若々しい。


 そして元農業科ということもあり農法の知識もあるという。


 農業といえば畜産――という名前の魔物討伐――が主体である魔族領にとって、農法を知る人材というのは貴重だ。

 魔族は多くが昔の魔術師に奉仕する存在であり、各種の戦闘や家政の知識はあっても農業についてはかなり疎いのだ。


「それに、あのままあの陣営にいても夜杖さまと本気で戦えませんからね。あれは国を抜ける良い名分となりました」


 どうやら、グリンの真の目的は国から一旦抜け、夜杖という人物と本気で戦うことらしい。

 その結果がこれとか、酷いものがあるが。

 普通に国を抜ければ良いのに、とヤマダは思ったが、グリンは農民は切っ掛けがないと移動すら許してはくれないからね、と返した。


「それで、このヤマダさまに剣術を教えれば良いのです?」


「ちょっと待てい。そんな剣術を覚えたりなんかしたらその国から睨まれないか?」


「それは睨まれるでしょう。何しろ国から離れるときにも追撃の兵に襲われたくらいですから」


「こらー」


 夜杖真澄流、それは話によると超近距離からの攻撃を主体にする剣術らしかった。

 抜刀術に見立てた攻撃、剣劇を躱して至近距離に詰める突進力、中二的には素晴らしいものを感じる。

 だが、経緯を考えるとかなり地雷な気がする。

 覚えても良いもののだろうか。


「さすがに僕は魔王さまのようにウィンドウから直接譲渡とかはできないので普通にスパルタ教育になりますけど宜しいでしょうかね?」


 さらにどうにもスパルタらしい。


 俺はドラゴンとの日々を思い出し再びと、がたがた震えた。

 あれは本当に酷かった。

 しばらくモツとかホルモンが食べられなくなったほどだ。

 あれよりは大抵ましだろう。


「そりゃ、死ぬような目に合わないならなんとか……」


「死ねるのなら受け流しを行う夜杖真澄流初伝の≪流水≫くらいは死にながら覚えた結構速いですよ。まぁ不老不死でもない限り無理だと思いますがね。はは。まさか勇者といえど不老不死だなんて。それは冗談として、魂を抜く技術である中伝の≪抜魂剣≫あたりまでは頑張って覚えてくださいね」


「うわ。今かなり不穏な発言を聞いたような」


 グリンはヤマダが不老不死だと知ったら、剣の修練といって本気で何度も殺してきそうな気がした。

 もしかして、既に知らされているからこそ、こんな発言をしているのかもしれないが。


「でもその前に、ドラゴンさまや邪神さまのところに言って僕の剣術の訓練をしたいですね」


「お前まだ強くなるつもりなのかよ」


「もちろん、出なければ勝てませんよ。夜杖さまには」


 そう笑うグリンにヤマダは呆れるしかなかった――


 ・ ・ ・ ・


「それでねぇ、ヤマダちゃん」

「う、また厄介ごとかな?」


 今日も今日とて部屋でごろごろしていたヤマダの部屋(新築)に、クルスが入ってくる。

 こういうネコ撫で声のクルスは危険だ。


 またドラゴンみたいな危険な騒ぎを連れてくるに決まっているのだ。


 ちなみに、夜杖真澄流のスキル伝授はまだ始まっていない。

 グリンは邪神から不老不死のスキルをもらったあと、延々とドラゴンと戦っているのだ。


 その戦闘狂っぷりは恐ろしい。


 それが自分にそのうち回ってくるのであるからさらに恐ろしいものを感じる。

 いっそ逃げ出そうかとも一瞬思ったが、ここから離れようとはヤマダは考えていない。

 お金とご飯をくれてさらに住むところまで快適とはいえないがある状態なのだ。

 逃げたらどこでご飯を食べれば良いというのだろう。


「とりえあず、スキル伝授もめんどうなので今度こそレベル上げをしてみたいと思います。さぁレベルを上げて物理で叩くのです。一緒に俺TUEE-を目指そう!」


「レベル上げぇ? めんどうそうじゃない……」


「大丈夫だよー。ヤリ一本あれば楽勝だから。ちょっと来てみて――」


「もうしょうがないなぁ……」


 そう言って連れてこられた場所には、たくさんの十字架に(はりつけ)にされたゴブリンの群れがいた。

 そのゴブリンは語る。


「くっ……、殺せ……」


 女騎士かよ。オークにでも襲われたのかよ。ヤマダはその光景に頭を抱えた。

 ゴブリン達は手足を縛られており、着ていた服はぼろぼろになっていた。

 これが女騎士であればカワイイシーンになるのであろうが、あいにくと磔になっているのはゴブリンたちだ。


「我らゴブリン一族は滅びぬ!? 1匹いれば30匹はいると知るが良い」


 中央のロードっぽいゴブリンが雄たけびをあげる。

 だが十字架に張り付けられたゴブリンは身動きが取れない。


「さぁ、いっぱい突いちゃうのです!」


「酷すぎるだろうが」


 ゴブリンたちは磔にされながらも、ふんぬーとか雄たけびを上げている。

 とても怖い雰囲気であったが、しばらく見ていればそれも滑稽になってくる。


「く……、それにたとえ今我らを半減させたといえ、1年もたてば我らは元通りになるのだ。そのときは……」


「だいたいうちら、年1回くらいの頻度で魔族の娘たち総出で狩りしているんだよ。そのときはお肉祭りになって楽しいんだぁ」


「おのれぇぇぇ」


 クルスがおいしい肉祭りの話を始めるのだが、ヤマダ的にはなんの肉なのかは聞かない方が聞かない方が良い気がした。

 そういえば昨日食べたちょっと臭みのある肉ってなんだったのだろう。

 ヤマダはそれも考えない方が良い気がしてきた。


「いやー。私もこれはないわー、と思ったけどこれもヤマダちゃんのためなの。ごめんね」


「まぁ、そういわれると……」


 確かに動いているゴブリンと戦う気力は今のヤマダにはなかった。

 引きこもりの男が異世界きたらいきなり戦闘能力抜群になるとかありえない。どんなご都合主義だというのだろう。

 だから強くなるにはその理由が必要だ。

 ヤマダはその理由のため、とりあえず渡された貧相なヤリを持って手近の磔ゴブリンの腹をぶっさす。


 血が飛んだ。

 あがる壮絶な断末魔にヤマダは顔をしかめた。


 それに伴って、ぱっぱらぱっぱっぱ――。と場違いなあほっぽい音がヤマダの耳元で聞こえた。

 これが世に言うレベルアップ音のようだ。

 これはスキルアップとは違うSEである模様だ。

 しかし嫌すぎる。精神が持ちそうにない。

 アニメ化したら絶対SEでチープすぎぃとか苦情くんじゃないのだろうか。

 殺したゴブリンからは血がだらだらと流れ出ている。

 血抜きには良いだろう。


 しかしゴブリン、見ているだけで醜いな。


「かわいくないな。こいつら」


「あ、それヤマダちゃんも言っちゃう? うちのマスター(じゃしん)も同じこと言うんだよねぇ」


 じゃぁ、これならどうよ。といってクルスは貧相なヤリを、どこから取り出した過剰に装飾された槍に交換する。


「お、なんかカッコいいな。これならやる気でそう」


 無駄にかっこよいその杖に、ヤマダは思わず「有象無象の区別なく、世界に敵がいる限り、この右手の弾槍は逃がしはしない」とか中二的なセリフを吐き出しそうになった。

 ――が、ちょっと恥ずかしくなってやめた。


「で、この槍の名前は?」


「これがあの伝説の聖槍(セイそう)、ゲイ・掘るクよ」


「うぁ、なにそれ怖い」


 実際恥ずかしい名前だった。

 それは、『世界に敵がいる限り』の、敵に()とかルビが当てられそうな名前だったのだ。

 敵と書いて(とも)と呼ぶ並みに危険なニオイ(腐臭)がする。

 ヤマダは即座にそのクサそうなヤリをアイテムボックスにしまう。

 本当は投げ捨てたかったが、あまりに高そうな槍だ。

 捨てたら捨てたで贓物(もつ)体内(たいない)死霊(おばけ)とか出てきそうだと考えた。

 あの魔王ラララなら聞けばネタとして絶対やるだろう。


「やっぱり男を突くとかいうのがシチュエーション的にあかんやろう。あの杖の名前で」


「えー。ダメですか?」


 クルスは心底残念そうな顔をする。あざとい。

 ヤマダはその手には乗らないと元の貧相なヤリを構える。


「じゃぁ、女の子なら刺しちゃう?」


「それは別の意味でやばくないか?」


 ヤマダはこのゴブリン群がゴブリンの女に変わったところを想像する。


「やっぱりあまり可愛くないな」


 ヤマダにはゴブリンは男だろうと女だろうとカワイイようには思えなかった。

 そもそも、ここに磔にされているゴブリンが男なのか、それとも女なのかヤマダには区別がつかない。


「なら、可愛ければいいの?」


「どうだろうか?」


 ヤマダはゴブリンが少女に変わったところを想像する。


「マスターってばゴブリンは可愛くないからホムンクルスをばんばん製造して勇者の糧にすればいいじゃないかとか言い出すんだよ」


「それは――」


 並ぶ少女たち。中央には魔王とクルスだろうか。

 服は当然ぼろぼろに引き裂かれている。

 拘束するのは鉄の鎖だろうか。


 そんな可愛らしい少女達が何体も何体も――


「さすがに止めたよ。いくら面白基準ければなんでも良いって、妹たちを勇者の生贄にするとかありえなくない? 2万柱も倒せばレベルアップだとかさー」


「それは確かに……」


 ――少女たちはとても可愛らしくて、ヤリで突くとか考えられない。


「だけど、昔の魔術師ってそれを実践して魔族を経験値の糧にさんざんしたあげくオーガの餌にしたとかいうから、マスターはそれほど酷くないんだけどねッ」


「いや、十分酷いだろう」


 酷いのは邪神か、それとも昔の魔術師か。

 どちらもどっちであろう。


「うん。マスター負けたとかいって涙ぐんていたけど、だから全力で止めたよ」


「それは良いことはしたな」


「だからゴブリンで許してね」


 まぁ、女の子を突くよりはましだろうと、ヤマダは貧相なヤリでゴブリンたちを倒していった。

 ヤマダも邪神アマト―に負けず酷い男だった。

 レベルが10になり、すべてのゴブリンを倒した後で家に帰ろうと歩き出すと、その反対方向――つまり殺されたゴブリンのいる付近に向かうとする魔族の少女たちに出会う。

 彼女たちはそれぞれが出刃包丁とカゴを持っており、ヤマダを見るとお辞儀をして去っていった。

 魔族の少女たちはそれぞれが可愛らしい。


「ヤマダちゃんも女の子突くなら別のヤリで突くよねぇ」


 クルスはニヤリと小悪魔な笑顔でほほ笑む。

 そうだ、突くなら別のヤリで突くだろう。って何をさせる気だとヤマダは警戒した。


 ちなみに――、その日の晩御飯は豪勢な肉祭りであったという。

 なんの肉なのか、ヤマダはある程度理解したが、世の中には知らなくて良い知識がある、ということを初めて学んだ。

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