差別的なトーナメント
その日、ノキタミア帝国のある国で騎士になるために開かれるトーナメントが発表された。
その国で「騎士」と認められるのは大変な名誉であり、人々から尊敬させる。
したがって競争率は高く、そのトーナメントの内容は厳しい。
実剣を使った真剣勝負だ。怪我程度で済めばよい。戦いによって命を落とす者もいる。
だがそれ以上に魅力は高い。
トーナメントは平民すら開放され、もし優勝でもすれば最下層だが貴族の仲間入りができるのだ。
貴族ともなれば生活は約束される。戦争でも起きない限りは安泰だ。
だが参加条件は厳しい。
まず第一に国営の学校を卒業した直後であること。
そして、その国の貴族、そのうち3人以上の推薦が必要だった。
それでも競争率が非常に高かった。
さらに、トーナメントの戦う順番も貴族たちによって決められる。
トーナメント表の対戦相手。
その決め方が、今回の問題であった。
この国の貴族たちは、相当に腐敗していたのだ。
「いくらなんでもありえないだろう。こんな露骨なトーナメントは――」
貴族、オルガノ家に生まれた長男であるトーガは発表されたトーナメント表を見た瞬間に目を疑った。
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このトーナメントで騎士になれるのは発表では4人だ。
つまり、戦うまでもなく右側の三人は戦う前から確実に騎士になる。
そして、トーナメント表の一番左側には、この国の王女の名前があった。
トーナメント表を縦にしてみる。当然だが結果は変わらない。
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「俺に絶対に勝たせたくないつもりか?」
トーガの配置は横書きであれば一番右側、縦書きであれば一番下に配置されていた。
つまり、最後の王女との闘いは余興であろうが、優勝するには全ての参加者にすべてに勝利しなければならない。
しかもトーナメントは1日連戦右側から順に行われる。
普通に考えて、このトーナメント表を作った人間は絶対にトーガを優勝させたくないと考えているに違いない。
そう、トーガが考えても仕方がない配置であった。
「すまんな。我がオルガノ家が弱小であるばかりに……」
「父上――」
オルガノ家は40年前の建国時、当時のこの地にあった国を裏切って国の配下に入った旧男爵家である。
建国以前から貴族であったため、当時こそ裕福な家計であったが、前国を討伐したという成り立ちの国の中ではオルガノ家を良く思っていない者も多く、いまでは没落していた。
「しかし関係はありませぬ。どのような苦境であろうとも今まで培ってきた武威は裏切らない。それに参加するものはほとんどが同じ戦闘科の者のみ。そいつらの実力は全て把握しております」
トーガは知っている。自身が学校で所属する戦闘科に自身の敵などいないのだと。
集団訓練はもちろん、個人戦等においても常に首位の座を欲しいままにしてきた。
逆に言えばそう。目立ちすぎたのだ。
そうであるからこそ他の貴族たちはその武力に脅威を感じ、このような手段に走った。
「しかしトーガよ。お前のいた戦闘課のものは負けはせぬであろう。問題は初戦だな」
「初戦?」
問題となるのは連戦による疲労だけだろう。
初戦に労力を使うな、という意味だろうかか。
「あぁ、初戦の相手は農業科の人間だそうだ」
「農業科の人間に俺が負ける要素がどこにあると?」
農業科は一般に農民が通う学科だ。
最低限読み書きそろばん程度は教える。
が、学生としては名ばかりあり、実際は授業で主として国の労働力として働く人達なのであった。
土木科、商業科と並び、物理的な攻撃能力としてはいささか低い。
農業科の人間がトーナメントに出る理由として考えられるのは、貴族が地元の農民に名誉あるトーナメント出場させることで希望を持たせようとか、そういう例だ。
実際それは何度かあり、しかしそれでトーナメントの1回戦を突破したことは今までは無いとトーガは知っている。
「そうであれば良いのだが……」
「推挙している人間が問題なのだよ。いや、人間ではないか」
「人間ではない?」
人ではない貴族などいるのだろうか。
だが、話として以前確か聞いたことがある。
「まさか――、夜杖さまが推薦しているのですか?」
「あぁ、そうだ」
その名は夜杖真澄という。古に存在したクシャスタ家が創造した魔族が一柱だ。
建国の王の名に従い、確か建国時に敵陣に1柱で突撃し、30万とも40万ともいう人間を虐殺してのけた魔族である。
いまは国の戦略級兵器として幻獣に管理されているはずだ。
「建国において多大な貢献をした彼女は、魔族の身でありながら子爵の爵位を受けているのだ。だから推薦をする権利はある」
「しかし、いままでは権利を行使していなかった」
「表舞台にすら出ていなかった。が正しいな。今までは。一体何を思ったのか……」
そう思うと、この対戦相手が不気味にトーガには不気味に思えた。
・ ・ ・ ・
その日はあっという間に訪れた。
トーナメントはすでに始まっている。
トーガは剣を抜き構えた。
「抜け」
トーナメント初戦の対戦相手は農業科の人間だ。
さすがに戦闘科の自分が相手が剣を抜く前に切りかかるのは卑怯だと思い抜刀を促す。
だが、返ってきた返事は予想を裏切るものであった。
「断る。我が剣流は抜刀術を主体にするものであるからな――」
代わりに右手を剣柄に当て、抜刀の構えを取る。
腰を下げ体制を低くする相手にこれはまた面倒な、とトーガは素直な感想を漏らした。
勝負は実剣、つまり真剣だ。歯引きすらしていない。
その剣でキズを与えて相手が降参するか、剣を落とすかしない限り戦いは終わらない。
剣と剣とのぶつかり合いであれば叩き落すことは簡単であろう。
しかし、抜刀術相手に叩き落すのであれば抜く瞬間を見切る必要がある。
そしてそれは難しいだろう。
相手が抜く剣に特化して練習してきているのは容易に推測できるからだ。
そしておそらく、それしか練習してきていないのだろう。
相手は農業科である。それほど剣術に時間を掛けられるとは思えない。
だからどうにも穏便には済みそうもない。
相手が抜刀する前に倒さなければいけないのだ。
「それで死んでも知らないからな――」
しかし相手を降参させれば良いのだ。
相手からは強者に特有の気迫というものがあまり感じられない。
適当に寸止めで切りかかれば問題ないだろう。
あるいは怪我をさせても、そして死んでも――、最悪トーガの知ったことではない。
「始め――」
審判の手が振り下ろされる。
「夜杖真澄流が創始グリン! いざ尋常に勝負!」
夜杖真澄流? そういえば、夜杖真澄の推薦であったか。彼女が技を伝えたと?
トーガはそういえば名乗りをしていなかったのに気づいた。
だが、その返答を返すほどの暇はない。相手はすでに動いている。
グリンの身体が左にぶれた。
それに合わせて同方向にトーガは剣戟を放った。袈裟斬りである。
抜刀術と最速の剣劇でどちらが速いかなど、自明のものだ――
「食らえ――」
・ ・ ・ ・
グリンの動作はフェイントであった。
剣は空を切るが、トーガはそれを見越していた。
途中から剣を横なぎに払う。名を逆袈裟斬り。V字を描くその軌道に対して戦闘科の人間で躱せたものはいない。
だが、グリンは右からまるで体当たりをするかのように剣すら抜かず突撃してきた。
確かに剣劇を防ぐには敵の懐に潜り込むことは有効な手段だろう。
だがそんな間合いで一体何ができるのか。
相手は抜刀術のはずだ。剣を抜けるような空間はこの密着では存在しない。
刹那、右柄に当てていた右手をトーガの左わき腹に突き当てる。
打撃か――。そう思いトーガは気の力を全力で身体に集中させた。
鍛え抜かれた剣士であれば気力の力で拳の打撃などいかように防ぐことができる。
「抜ッ――」
当てられたのは拳ではなく手のひらであった。
そして次の瞬間、トーガは倒れ伏すことになる。
「一本! 勝負あり! 勝者グリン」
崩れ落ちるトーガに審判は手を挙げる。
トーナメントを観戦する人々から驚きの声が響き分かった。
・ ・ ・ ・
国の騎士を決めるトーナメントは卒業式と同じ春に行わており、それを観戦する人々は多い。
一番に多いのは当然だろう、この都市の一般住人だ。
次はこの国唯一の学校に卒業するもの、および、入学するものだ。
そして最後に国の貴族に関連する者たち。
名目上の貴族である夜杖真澄は、その特権を生かして戦いの様子が最も見やすい最前列で、ある人物と弟子の戦いを観戦していた。
「あれが≪抜魂剣≫よ。私の気を引くために創られた、全ての剣流を反転させて創られた、夜杖真澄流の基本にして奥義ね」
「吸気闘法ですか――」
「相手が強ければ強いほど威力を発揮するわ。その分身体への負担も酷そうではあるけども……」
「面白いわね……」
「そう思うでしょう?」
「手から吸気したものは足に排気しているのか。気が床に流れ込んで全面的に凹んでいるのが見えます」
「私と戦ったときより腕を挙げてますわね」
「一度戦ったことがあるの? それでどちらが勝ったの?」
「それは面白い勝負になった、とだけいいましょう」
「それは――、面白いね」
「あ、最終戦始まりますよ」
・ ・ ・ ・
その連戦は始まったばかりだ。
休憩はない。
そのグリンのその連戦はあまりに無謀ではあったが、恐怖したのはトーナメントに参加した他の参加者の方だ。
相手は剣すら抜いていないという屈辱的な事実がまずある。
相手は農業科だ。普段から戦っている相手とは違う。
当然根回しなども行っていない。
多くが初戦でトーガが勝つと思っていたからだ。
多くが、いかにしてトーがを疲弊させるかということを主眼に置いていた。
この国の近代2大剣流は赤城八龍破と龍破御剣流の2つ。
相手は夜杖真澄流を名乗っている。その流派を知る者はいない。
だが建国時に名を馳せた夜杖真澄の伝説を知らないものはいない。
ついた字名は30万人殺し。
その伝説をグリンが受け継ぐのであれば、戦った相手はすべて死ぬことになる。
「さぁ次!」
次第に疲労が見えるグリンではあるが、グリンはさながら幽鬼のように次の対戦相手を求め続けた。
だが、それに対して棄権することは、騎士の誇りが許さなかった――
・ ・ ・ ・ ・
「棄権なさいませ」
従者は王女に向かって言う。
王女は闘技場に出る寸前で入口をその従者たちに阻まれた格好だ。
「おそらくは王女、出れば貴方も死にます」
グリンは一度も剣を抜いてはいない。
だが対戦相手は全員息を引きとっていた。
一撃のもとに必殺――つまり死亡していたのだ。
全身の気を根こそぎ奪われ、守るものが無い状態のところに放たれる掌打である。
いかな人物であろうと生きているはずがない。
見るべき場所はその必殺の技のさえか。
それともいかに必殺の技があるとはいえ剣撃を掻い潜るその勇気と実行力か。
単なる騎士になるための武術会である。
王女は栢をつけるために出ている。優勝は確実だった。
王女と戦う騎士候補生は、剣術を軽く2、3交わした後、騎士候補生が華麗に負けて王女の、そして王家の強さを証明するのだ。
有力な人物には話を付けてある。堅物のトーガにすら話を付けていた。
話を通していないのは実力もない、トーナメントに出るだけでも名誉であることと考えている者のみ。
いいや、話を通していない者であっても王女との闘いだ。手加減はするだろう。
下手に勝てば恨みを買い、その後の出世に影響するのだから。
だが、その農業科の人間はまったくのノーマークであったのだ。
そういう人間を実力で振るい落とし排除するためのトーナメント表だ。
しかし試合後、その農業科の人間は一切闘技場から外に出ていない。
つまりずっと連戦状態である。
これでは裏で工作することなどもできない。
トーナメント表で休憩するような間を入れておけばよかったと表を作った幹部は反省する。
要は、やりすぎたのだ。
もし相手の人間に話ができないとなれば絡め手を考えるのが常套手段だろう。
で、あるならば彼の師匠であろう夜杖真澄であろうか。
対戦相手の男は夜杖真澄流を名乗っている。
だが、建国以来ほとんど動きを取ってこなかった魔族の少女は特に役職などを持っているわけではない。
戦略級兵器である彼女を脅せるような要素はない。
むろん、彼女は魔族であるから≪命令≫すれば従うだろう。
だが、彼女がいまどこにいるか不明な状態であった。
――実際には闘技場の最前線で戦っているところを見ているのだが、彼女と話している人物が思念魔術を使用しており、そこにいなかったことになっているのだ。
だから見つけることはできない。
「だが、トーナメントである以上でないわけにも行きませんわ」
「いいえ、出場はやめていただきたいです。確かに不名誉なことでしょう。しかし死なれるわけにはいきません」
「彼も言えば分かってくれるのではなくて?」
「ですが……」
なにしろ騎士になるためのトーナメントである。
そもそも王女を害するのであれば騎士になどなれないのは自明の理ではないか。
確かに対戦相手をすべて殺してきた相手だが、王女にまでそれをするはずがない。
王女はそう、たかをくくっていた。
「確かにそうですが……」などと止める従者を押し切り、王女は闘技場に出る。
その瞬間、王女は後悔した。
闘技場は異様な雰囲気に包まれている。
張り詰める濃厚な死の雰囲気というのを王女は初めて知った。
これはとても戦うどこではない。
足が震えているのを王女は感じた。
従者が止めるのも無理はない。
外から眺めるのと中で見るのとはまったく違う。
実戦経験のある従者はその違いを知っていたのだろう。
「このアルメニア王女に対して戦いを挑むというですか?」
「あぁ、血祭にあげてやろうではないか」
グリンは身構える。
確実に殺す気が見て取れた。
その気の強さに王女は旋律し、身動きすら取れなくなる。
これはさすがにまずいと感じる。
それなりに剣術を学んできた王女であるが、それだけにその込められた殺気がどのようなものか理解できないわけではない。
(この男、王家に恨みでもあるのか?)
であるならば、そのような男をなぜ夜杖真澄はトーナメントに推薦したのだろう。
そう思わずにはいられなかった。
「なんであれば、お前に勝たせてやろうか?」
大声でグリンは叫んだ。聴衆すべてに聞こえるほどに。
小声でなんとか説得しようと思っていた王女は逆に声を掛けてきたことに驚く。
これでは細かな陰謀などできないではないか。
「そうだなぁ。俺に一晩付き合うとかどうだ?」
「は、はは恥を知りなさい!」
下賤な劣情を向けられ、王女は思わず剣を抜く。
そのようなことをするぐらいならば、王女としては死を選ぶところだ。
その様子に不敵にグリンは笑みを見せる。
「な、なにが可笑しい」
「審判! 俺は今、王女を脅迫してみせたぞ。反則負けではないのか?」
「はっ」
その言葉に審判は大きくうなずく。
そして不戦のまま勝者の名を告げた。
それはもちろん王女の名前だ。
「武威では適わないと分かっていながらなお立ち向かう勇気は素晴らしい。感服いたしましたぞ」
そう言って闘技場を後にするグリンに王女はただ立ち尽くすことしかできなかった。
なんとも後味の悪いトーナメントは、こうして幕を閉じたのであった。




