黒くて固くて太いもの
―――:都内某所:ユウジのアパート:―――
男女が、一つのベットの上で同衾していた。
二人は互いに横にならび、片手をしっかりと結んでいる。
一人はユウジであり、もう一人はその彼女である遠野那由他だ。
「それじゃぁ、行くよ――」
「えぇ、一緒に行きましょう――」
見つめあう二人、そのまま目を瞑る。その瞬間、睡魔のようなものが襲い意識が飛ぶ。
そして目を開いたその先にあるのは――異世界だった。
そこには赤い土と草原が広がっている。
「これが日本のテクノロジー! どうだね」
「黒くて太くて固い砲台! カッコいいよねッ」
2人はVR-FPSという名前の異世界にきていたいのだ。
VR-FPSとはバーチャルリアリティ・ファースト・パーソン・シューターの略称であり、主に対戦で敵を倒すことに主眼が置かれたゲーム系列のことである。
その中で、一緒で遊ぼうということでデートする先として世界の戦車で戦うゲームをユウジは選択した。
ユウジが遠野那由他にいろいろと見せたCMの中で、この戦車ゲーが一番目がきらきらしていたのだ。
異世界のゲームに遠野那由他は興味深々であった。
うっとりと食い入るように戦車を眺めている。
遠野那由他の戦車は日本の10式で、ユウジの戦車はロシアが誇る往年の名器T-10である。
「あのさー。なんで異世界人が、異世界で、異世界のFSPなんてやっているのよ。人間の人間による人間のための政治じゃないんだからさ、というかお兄ちゃんはなんで私まで誘うかな~」
そこには既に自走砲で待機していたのは菜乃であった。
菜乃は、菜乃の住んでいる寮からの参戦である。
「ダメですか? 私、初めてで不安だったから菜乃さんには助けて欲しかったのだけれど……」
「いやいや、ぜんぜん那由他ちゃんは良いよー。かわいいよー。悪いにはこんな殺伐としたゲームをデートに選ぶ兄ちゃんなんだからねー」
一瞬に泣きそうな声になった那由他を菜乃が宥める。
その代わり、菜乃の怒りの矛先は兄であるユウジに向かった。
「お兄ちゃん! もっとこうデート先だったら他にも遊べることはあるでしょうがッ」
「え、萌えゲーとか?」
「だからなんでVR系に走るのよ。違う! 違うよ。もっとこう……、買い物とか……」
この時代、映画は家で見ることが主流となっており、デートの定番である映画館はすっかり廃れていた。
そんなこんなでチュートリアルを一通りこなした後に対戦が始まると、案の定3人ともぐだぐだな動きで次々と死んでいった。
「おぉう。ぼろぼろだねぇ」
「勝てませんわね……」
良いところを見せたかったユウジとしてはかなり気落ちしていた。
しかし、それはユウジの考えが足らなかった故の当然の結果だった。
だいたい、この日本異世界転生という非常事態にも関わらず、そんなの関係ねーとばかりゲームにいるのは廃人と呼ばれるゲームを生活の一部としているような人たちばかりである。
想像してみて欲しい。そんな人たちが、遊び感覚でデート代わりに神聖なるFPSを使おうとするアベックにどういう反応を示すのか、ということを。
大抵の対戦相手はユウジ達が男女混成チームであることをログイン名称から確認し、リア充シネ! とばかりに全力投球してくるのだ。当然のように課金アイテムまで全開に駆使してまでである。
「でも面白かったわよね」
「……。そりゃ貴方はお兄ちゃんと一緒に居ればなんでも楽しいんだろうけどねッ」
負け続けたことに菜乃はムキになって突撃をしまくっていたが、結果は変わらなかった。
ちなみに、菜乃が選んだ機体はT92 HMCだ。
理由は『遠くからぶっといのをぶっ飛ばせるから』である。
「ま。俺のセンスだとこうなるわけだよ。だから助けて。何かよさげなデートコースを……」
「うー。覚えていろよー。ならさー。テニスとかのスポーツとかはどうよ? 那由他ちゃんにテニスウェアとかさせたら可愛いと思うよぉー」
「お、それは良さそう……、と思ったが会員制のジムとかは無理だな」
「え、なんで?」
「那由他の身元がな……」
「あ。こっちの世界だと那由他ちゃんが来ているのバレるとまずいのか」
きっと遠野那由他が正規の手段で日本に来ているわけではないことがバレると、結構な騒ぎになるだろう。
そうなると攻城戦どころではなくなってしまう。
「ネットカフェのペアシートでデートとかも考えたんだけどさぁ。身分証がいるようなところはちょっと」
「だからそこでなぜデート先がネカフェになる」
「なら、こんなのはどうかしら?」
「う……。那由他ちゃんのことだからまたロクでも無い案が……」
≪異原子組み換え≫で懲りた菜乃がげんなりする。
そこで遠野那由他は日本に依存しないデートの方法を披露するのであった。
・ ・ ・ ・
―――:邪魔台国:魔王城:地下ダンジョン―――
「ふはは。ようこそ! 吾輩らが≪てきとー同盟≫のメイン本拠地! 魔王城へ!」
「……」
≪鳩貴族≫みーたんというキャラクター名の濃い人物がそこにいたが、菜乃はどうしてくれようかと悩み無視することにした。
「さ、いきましょうか」
「おーぃ。聞いてくれー。聞いてー。Listen to me!」
なにしろ鳩貴族は黒のタキシードにシルクハットでかつ筋肉むきむきである。完全なHENTAIだ。
こんなのが町を歩いていたら顔をそらして見ないようにするだろう。
「なぁ、せっかく、鳩貴族に先行している≪てきとー同盟≫のメンバーに案内役にお願いしたんだから少しは話を聞いてあげようよ。彼なにげに影薄いけど」
「ありがとうギルマス。それでこそギルマスだ!」
そんな≪鳩貴族≫みーたんにツッコミを入れるのはユウジだ。
みーたんは可愛らしい名前であったが、そのムキムキとはイメージが違いすぎて誰もみーたんとは呼ばず、いまや鳩貴族で定着していた。
「だが吾輩の影は薄いのだろうか? 見よこの筋肉!?」
「影が薄いと言われたくなかったらギルドチャットでROMってないで積極的に会話してくれるとありがたいんだが。ギルマス的に」
「あのギルチャの雰囲気に殴り込むのはどうもなのである。口からハトが出るのである」
今回のこの集まり、ユウジと遠野那由他とのデートという側面もあるが、メインとしては菜乃のレベル上げのために≪てきとー同盟≫の有志をユウジが募った形なのであった。
だから濃いメンバーが集まってしまった。
他にも≪てきとー同盟≫にはギルドメンバーはいるが、さすがにおいそれと異世界である魔王城に来るのは厳しい。コヨイハはこのようなイベントには必ず来る人物なのではあるが、通称「なんでやねん」事件によって魔王ラララから指名手配が掛かっていたため、来ることはなかった。
菜乃が魔王城に行くにあたって問題となったのは、魔王城と日本との間の菜乃の行き来であるが、てきとー同盟の「ちょっと密航」という手段によって簡単に解決した。
魔王ラララが飛空艦で魔王城と日本の間を行き来するタイミングを見計らって、その飛空艦に便乗するのだ。
ラララの魔王城と日本の行き来は遠野那由他によるクリックが必要であったのでタイミングを合わせるのは容易だった。飛空艦への搭乗も飛空艦のギルドメンバーであれば至極簡単なことだ。飛空艦と自身が同地域にいさえすればクリック一発で移動できる。
もっとも、そんな迂闊な行動が日本の公安に見つかり、マーク対象になったことは攻城戦時に明らかになるのだが。
――ともかく、そんなこんなで菜乃とユウジ、そして遠野那由他の妹はこの魔王城の地下ダンジョンに来ていた。
そのダンジョンのレベルは魔王城という最高レベルの人たちが来るに相応しい場所にあるにも関わらず超初級だ。初心者がレベルあげするには最適だろう。
それは当時、低レベルで魔王城にやってきたユウジがレベル上げのために課金を駆使して設置したものだからだ。
遠野那由他妹自身は、常であれば監禁されている状態であるが、ダンジョンで狩りをするくらいであれば良いだろうということで監禁部屋から女神カーキンに外出ししてもらっている。その代わりダンジョン自体に魔術が施されており、外には出れなくなっていたのだが。魔王城の人たちにとっては魔王城が≪応援≫スキルの対象外にさえならなければ問題は無い。
その遠野那由他の姿は洋服でゴシック調の黒メイド服である。
その装備はモップであり、女神アマト―の卑巫女であることを示す大きな金のメダルがその胸元に光っているくらいが特徴だ。これがあると魔術関係に補正が入る。
クラシックなメイド服によりエレガントでそこはかとない色気を出そうとしているのだが、ユウジには伝わっているのだろうか。
「その装備で那由他ちゃんは問題ないの?」
「私は卑巫女職で後衛ですから問題ないですぅ。ですからぁ、守ってくださいね! ユウジさぁん」
菜乃としては、姿形は同じでも口調が違い、どことなくのほほんとした感じの遠野那由他に戸惑いが無いことは無いが、可愛らしいその姿に毒気を抜かれる思いだった。
「ふっ。この低レベルダンジョンであればおれも冒険職として那由他に良い恰好が見せられ、かつ那由他も活躍できる。さぁ、菜乃はどんどん傷ついて那由他に癒されるがいい!」
「なんかそれ、私が前衛でめっちゃやられる前提なんだけど?」
「ふふふ。我輩も鳩を出してサポートいたしますぞ。ちゃらりらりらー」
「ほら、そこの≪鳩貴族≫も後衛だ。なんと前衛はキミしかいないのだ。ドドーン!」
「ドドーンって…」
≪鳩貴族≫みーたんは鳩を召喚してくるっぽー。と鳴かせている。
どうみても後衛職だ。筋肉むきむきなのに。
てきとー同盟で本来前衛職を担っているコヨイハがいないのが地味に痛い。
「お兄ちゃんはなにするのよ。まさかお兄ちゃんまで後衛なの?」
「トラップを設置しまくって、菜乃が逃げてきたところをトラップで魔物を嵌める」
ユウジの選んだ職である冒険職の基本的な戦闘方法は罠による計略だ。
基本引きこもりであるユウジは戦うのが面倒だったのだ。後で罠作成の方がよほどめんどくさいことを知るのであるが。
「お兄ちゃんも後衛なの!? このパーティ、バランスが悪すぎない? 私も後衛やりたいのに。空を自由に飛びたいんだよねー。魔法で」
「ならば召喚術士である吾輩がハトではなくイフリートを召喚して前衛を出せばよいのかな」
「それできるなら速くやろうよ。鳩貴族さん」
「うむ! ハトは食料のヤキトリを作るのに必要だったのだ」
「ハトさん逃げて―。早く逃げて―」
「召喚! いでよ炎!≪縁すら断つ猛将≫」
鳩貴族が言うや否やそこには炎の象徴たる猛将の精霊が召喚されていた。召喚速度が異様に速いのは訓練の賜物だろう。
その精霊は鳩貴族と同じくムキムキで異様に暑苦しかった。ストリートでファイティングするロシアのプロレスラーがごとくポージングまで決めている。ちなみにハゲだ。
炎の効果により一気に周囲の温度が上昇する。部屋がかなり明るくなり、照明としてもバッチである。
そしてじゅっと、何かが焼けこげる音とともにダンジョン内に良い匂いがたちこめる。
:システム:ヤキトリx1を入手しました。
ユウジのウィンドウにはそんなメッセージが表示される。
どうやら遅かったようだ。
「……。鳥さんが……」
「ほら、疑似餌に釣られてモンスターがくるぞ。警戒しろー」
「くっ……」
そして、なし崩し的にダンジョン内の戦闘が始まるのであった。




