王女さまは使徒
「ということで、めでたくヤマダさまがお亡くなりになったとして、私には特典はないのでしょうか?」
と、崩れ落ちる勇者ヤマダを文字通り尻目に邪神アマト―に声を掛けたのはフェイノだ。
「君は――」
「私はここから南――正確には南西にありますサウスフィールド王国で第二王女をやっております、フェイノ・リン・サウスフィールと申します」
「ほう、ニンゲンの姫様か――。それは面白い。といいたいところだが、引きこもりの娯楽として、そこのクルスと下々の情報は意識共有していくるからな。知っている」
「そうですか……」
「しかし、状況としては魔族領に一人乗り込んでくる姫というのは面白いものであろうな」
「えーっと、乗り込んできた、というよりは強制連行されてきたなのですが……」
フェイノは過去の経緯を話したが、邪神アマト―はおきに召さなかったようだ。
「――それはちょっとありきたりだな」
品定めするように邪神アマト―はフェイノを上から下まで眺める。
視線に気づいたフェイノは恥ずかしがるように身もだえた。
「だがいいだろう。女の子ならやはり卑巫女とかどうだろうか?」
「卑巫女? ですか?」
聞きおよびの無い単語にフェイノは首をかしげる。
「この世界の一般的な用語としてはダークプリ―ストに相当する。一国の姫様が実は邪神のしもべでしたとか、面白うだろう?」
「プリ―ストというと癒し系ですかね」
「そう、回復魔法とか付けるやつだ」
邪神の回復魔法というとなにか邪悪なモノとしては相いれない気がしたが、邪神とはいえ神であることには違いない。
フェイノは自身が癒しの魔法を使って人々を治癒していく様子を思い浮かべた。
とても楽しそうな気がする。
強力な回復魔術が使えるのなら、癒し系の冒険者とかもできるのではないだろうか。
「我が付与するこの神聖魔術の名前は、プラシーボという。正確にはプラシーボ薬魔術だな」
「プラシーボ……」
なんて素敵な名前だろうか。
フェイノはその固有名詞を意訳できないが、きっとプラシーボ薬神などがいて邪神が引き継いだのだろうと推測した。
「あぁ、プラシーボだな。これを攻撃に転用した例を見せてやろう。おい、クルス!」
いまだヤマダ椅子に座る邪神アマト―は、自身が創造した魔族クルスに声を掛けた。
「なんでしょうか? マスター」
「ちょっとお前の力を見せてやれ。『トリニトロトルエン』と叫んでそこの東屋を攻撃してみろ」
クルスはその身に合わない巨大な剣をどこからか取り出すと呪文詠唱し、思い切りよく剣を振りぬいた。
その光景はフェイノには衝撃的過ぎた。
「『トリニトロトルエン!』」
一撃でかつて邪神アマト―が引きこもっていたその小屋が、まるで爆発したかのように粉砕されたのだ。
実際には単なる剣術スキルによる衝撃派であったが。
「次! ジアゾジニトロフェノール!」
「『ジアゾジニトロフェノール』』!」
そして二撃目で辛うじて存在していた大黒柱まで完全に破壊される。
フェイノはその攻撃に目を奪われ魅了される。
「――ぷ、プラシーボっておまえそれ絶対偽薬じゃね……、うぐえ……」
そこに復活しかけていた勇者ヤマダが何事かを言おうと呻いたが、その勇者を邪神アマト―は尻で押しつぶして再度殺した。
なぜか勇者ヤマダは満足そうに逝った。ご褒美だったらしい。
「よし、じゃぁ次はフェイノ、お前の番だな。いま殺したこの勇者を復活させてみろ」
「え? 私ですか?」
「『偉大なるプラシーボの力よ』と無詠唱で叫ぶのだ。いいか無詠唱だぞ。他で使ったときに不思議な力の根源を知られるのはマズイからな」
「は、はい―― (『偉大なるプラシーボの力よ』)」
するとどうだろうか、一瞬にして不老不死の勇者はまるで不死のスキルでも掛かっているかのごとく生き返ったではないか。
「す、すごい……。これが、プラシーボの力なのね……、その力が私に宿るなんて――」
フェイノは感動した。
その横で邪神アマト―と魔族クルスはひそひそ話をする。
「(おい、クルスどうしよう。思い切りネタで笑わかそうと思ったら、彼女いたく感動しているようなんだが……)」
「(かわいそうな娘。せっかくだから本当に卑巫女にしてさしあげたらどうでしょう? マスター)」
「(そ、そうだな……)」
邪神アマト―はしかたなくウィンドウを開きフェイノに卑巫女スキルを設定する。
にっこりとほほ笑むフェイノの姿は、邪神にとってとても眩しくて思わず目を反らすほどだ。
「ま、面白けりゃなんでもいいか」
そして、邪神はこれからの展開を想像して面白そうに笑った。
「え? なんでしょう」
「いや、なんでもないよ。く、くく……」
「そ、そうですか……」
邪神アマト―が面白いことが起きると、引きこもりという名の封印を勧められておよそ300年の月日がたった。
その封印を解かれた後で見たのは、強い神が衰退したこの世界であった。
「ま、面白けりゃな」
アマト―が邪神に堕ちる前は笑いを伝える福神であったことは、今や誰も知らない――




