勇者の帰還
―――:都内某所:ユウジのアパート:―――
ユウジが社内ネットワークの問題を掛けずり回ってなんとか甲斐性したのは良いが、社外との通信については手の打ちようがない。
ユウジの勤務する会社では結局、取引先との安否確認などだけで、今日の会社は機能不全の改善に努めるだけに終わった。
明日も忙しそうなことは間違いないが、さすがにこのような状況では取引どころではないのだ。
才覚があればこの機に乗じて何か手を打つところであるが、あいにくそのような行動力のあるものはこの会社にはいない。
そんなこんなで早めに帰宅したユウジであったが、家に帰ってから頭を抱えることになる。
そこに、遠野那由他だけでなく、妹の菜之までいたからだ。
「ちょっと、お兄ちゃん。聞きたいことがあるのだけれど……」
兄に向ける菜之の表情は極めて冷たい。
「いったいこの娘、どうしたの?」
「ユウジさん。説明は任せましたよ?」
遠野那由他はちょっと揶揄うような声でユウジに丸投げする。
遠野那由他も答えに瀕したのだろう。
察すに余りあるのだが、ユウジも答えに瀕していた。
そこでユウジは、とにかく何かしゃべってすべてを有耶無耶にしよう大作戦を実行した。
「えーっと。俺の――友達かな?」
「え? あんなに情熱的に告ってきたのに、友達? せめて『この子は将来の君の義理姉になる子なんだ』くらい言って欲しいわね」
そんなユウジを遠野那由他は空気を読んで後ろから刺した。めったざしだった。
ユウジはちょっとだけ、むっとした。
「君の妹だったらそう言うけど?」
「うわ。私のことはあそびだったのねッ (しれッ)」
「いやまぁ、VRMMO-RPGだからねぇ」
「ひどぃ……」
「いやいやごめんなさい、君も好きだよ」
そんなやり取りに菜之は目を丸くする。
なにか目の前で通称「いちゃラブ」が開始されていたのだ。
ユウジはこの流れに乗り、とりあえずバカップルぶりを披露することで全てを有耶無耶にする作戦にすばやく切り替えた。
とにかく有耶無耶にすれば菜乃のことだからどうにかなるだろうという読みだった。
かなり酷い話だった。
「そんな、あのダメ兄だったお兄ちゃんが、女の子とまともに話している――」
菜乃も負けず劣らず酷かった。
「微妙にそれ、兄をdisってないか?」
「しかも――幼女!? 信じられない――。ほんとに彼女なの?」
「悪いか幼女で。一応彼女かな? VRMMO-RPGで知り合ったんだ」
ユウジはやけくそで答えた。
VRMMO-RPGではユーザーの中の人となりなど普通は分からない。
だから中身が実は幼女でしたとかいったラッキー展開もありだろう。
そう思わせれば何徳するのかもしれない。
実際には遠野那由他はゲームでも現実でもまったく同じ容姿なのだが。
「嘘だぁ。お兄ちゃんがッ!」
「こんなキモくて引きこもりのユウジさんに彼女なんていないということには同意するけどね。でも現実は――」
そういって遠野那由他はユウジに抱き着く。
そして遠野那由他はドヤ顔でいった。
「見ての通りだから――」
「えー。だって、あなた。私より明らかに年下じゃ――」
「私はもう20過ぎですわ」
「えぇー。それこそ嘘だ――」
何度も言うが、≪始まりの魔女≫と呼ばれる遠野那由他は魔族の中でも再年長組である。
「じゃぁ、馴れ初めとか言ってみてよ。彼女なら言えるでしょう??」
「えーっと。初めて会ったのは遠野の地にある白亜の塔でぇ――、初見で告白されてムリヤリお外に連れ出されて、きゃ――」
ユウジはこのまま遠野那由他と菜之が話を続けると恥ずかしい体験とか、いろいろボロがでそうであったので、ともかく話の方向転換を図ることにした。
「で? それで菜之は何しにここに?」
「いやね、この非常事態でしょう? 学校が休校になっても寮からも家に帰れと言われてしまって――」
「実家に帰ればいいじゃないか。なにも俺の家とか――」
「だって実家は遠いもの。お兄ちゃん家なら都内だし! それにパパからも様子を見てこいって!」
「だが都内でアパートを借りる事の代償として1Kだからな。そんな場所でお前どこで寝るんだよ」
課金などでユウジはお金を使っていたのだ。
ユウジの給料で払える家賃ではそれが限界だった。
「私はベットで寝るから、お兄ちゃんはそこらで寝れば?」
「お前なぁ」
そこに遠野那由他が嬉々として口を挟む。
それは酷く甘えた声だった。
「じゃぁ、義理の妹さんはここで寝るとして、私たちは今日は一時的にホテルに泊まるとかどうです! ユウジさん」
「今回の異世界転生事件の発生で、都内のホテルは全て満席になっているから無理だ。ファッションなところまで含めてすべてな。かつての震災のときなんかもそんな感じだったらしい。例外としてスィートなルームは空いているが、そっちはお値段的な意味で無理だ」
出来るユウジはホテルまで既にチェック済みだった。
ユウジはスィートなルームにはとても興味があったが、支払えるお金という意味でやはり限界があった。
「まぁ、今日はしょうがない。俺が椅子で寝るからお前ら2人はベットで寝ろ。それから菜之は明日は無理にでも寮に戻れ」
「えー」
菜之は不満そうだった。
一方の遠野那由他も不満そうだ。菜之の方をちらりと見る。
「わ、私はBLもNLもいけるけど、GLはちょっと……。兄譲りなのかしら、なんかキモ……」
「いいから寝ろ!」
「うー」
遠野那由他はしぶしぶといった表情ながらも頷く。
菜之は年端も行かない (と思っている)少女からキモイと言われたことにショックを受けながらも、本題についてユウジに聞いた。
「それでね。ついでに聞いてほしいことがあるのよ」
「なんだよ菜之。ちなみに恥ずかしいから馴れ初めとか聞いてくるなよ。恥ずかしいから」
「えーっとね。なんでか知らないけど、今回の件が起きてからまるでBRMMO-RPGのウィンドウ画面が目の前にずっと浮かんでいるのよね。ほら、この前お兄ちゃんが紹介してくれたやつ――」
「はぃ?」
遠野那由他とユウジは顔を見合わせる。
それは自分たちの目の前にもずっと表示されているものだからだ――




