国会対策――
―――:東京:首相官邸:―――
「一体これはどうしたということだ――」
三藤米蔵は内閣総理大臣である。
かつては自分は総理向きではなく、参謀や大臣でお支えする方が、自分でも性に合っていると思っていた三藤だが、人柄のよさゆえだろうか。あれよあれよというまに派閥の領袖となり、総裁選に推薦され、気が付けば総理となっていた。
三藤はそんな表では『平時であれば有能』と称されるような人物だ。
政治能力としては優秀な同僚や官僚等に支えられているという自覚はある。
ともかく人柄が良いことが特徴であるため、名前的に「3回死ね」などと何度も野党になじられ、心が傷つくときもあるだろう。
だが力というのはいろいろなものがある。
本人には自覚無く、力を指揮する能力というものが結構長けているらしい、というのがマスコミでは語られぬ評価だ。
三藤が総理になったのは、まさに時の運が強かったからと言えるだろう。
だが、その運もここまでだ。
政治家には3つの坂があるという。
一つは上り坂。総理になったのはまさに上り坂だろう。
一つは下り坂。総理になったあと、支持率はゆっくりと落ちていくものだ。
その支持率をどのように下げないかが今までの課題である。
そして最後のひとつが、まさか だ。
いま、日本という国は未曽有の危機が訪れていた。
それは世界の情勢が故である。
三藤が総理になったとき、世界では右翼化傾向が広がっており、自国さえよければ、自国の国益にさえなれば――といった風潮が広がっていた。
米国は出費を削減するため、日本を始め世界各地から米軍を引き上げ始めている。
それに伴い、世界は不安定化の一途をたどっていた。
海外情勢はひっ迫し、すでに隣国では、隣国同士でほぼ戦争に近しい状態となっている。
対岸の火事ではない。いつ火の粉が降ってくるかわかったものではないのだ。
だというのに、世界情勢などは完全に無視して、野党やマスコミはたいしたことのない政治問題に執着し、防衛の問題などを出そうものなら軍靴の音が――、相手に脅威を与えるな――などと狂ったように叫びつつ政府を糾弾する始末である。
もっとも、彼らが政府を糾弾することは防衛など関係なく何時ものことだったが。
世界情勢から来る必要なこと――たとえば押し寄せてくる難民をどうするか? などはかなりおざなりだ。戦争が本格化すれば日本では某国から避難してくる15万人に達するアメリカ人の動きを見ながら、それに合わせて日本人の避難も開始するマニュアルを検討する必要があった。だが、そのようなマニュアルですら海外やマスコミの反対の声に押されて作ることができない。
だから何かされたとしても、現状ではそのまま受けるしかない。
そんな状況の中、いよいよ海の向こうでミサイルの発射の兆候があるという情報を米国軍がキャッチし、官邸に秘密裏に招集が掛かったのが未明のことだ。
こんな時間にミサイルを発射するのは、深夜に掛けての方がミサイルを視認しにくくなり、米国本土や日本上陸前での狙撃が難しくなるという理由であろう。
日本の楽しいお茶の間に届くようにお昼に発射するようなあからさまな示威行為とは違い、その本気度が知れる。
「本当にやつらは撃つのか?」
「戦争になったら真っ先に東京を火の海にすると名言するような連中ですから」
半信半疑の総理の言葉に応えるのは佐伯参事官だ。
すでに一度、ミサイルが北海道襟裳岬上空を通過したこともある。
それが東京に向かうことも十分にありえるだろう。
三藤総理は某国報道が勇ましいセリフをニュースで言っていたのを何度も聞いていた。
その中には、
「我々を脅せば炎と怒りに直面するだろう」
「わが軍と人民はいかなる特段の選択もいとわない」
「アメリカ本土にも核のヒョウが降っても後悔してはならない」
「米国の指導者が我々に対して何かすれば、彼は心から後悔することになる」
「日本など15分で消滅させる」
などというものもあった。
だがみんな、それらはブラフだと思っていた。
米国軍は隣国から撤収を始めている段階でもあり、誰もそのような迷い言を信じてはいない。
だが、万が一ということも考えられる。
そう、まさかとありえない、そう考えていた矢先の発射準備である。
そんな中――
官邸に軽い地震が襲った。
「お、揺れているな――。まったく酷いことは重なるものだ――状況は?」
地震に対し総理は冷静であった。
日本で地震というのは一種、日常茶飯事のできごとである。
地震国家に住む日本人であれば大抵、自分で受けた震度程度は分かるものだ。震度2程度であろうか。
総理は東京で発生した軽い揺れよりも他地域でより大きな震災が発生することの方を心配し、すぐさま気象庁へ問い合わせをさせる。
「それが……。要領を得なくて――」
――数分後、佐伯参事の答えはあいまいなものであった。
「どうした?」
「防衛庁から入電!」
突然官邸があわただしくなる。
総理は当然のように問い詰めた。
「それが――、世界が消滅したと――」
「は?」
思わず、間の抜けた声がでた。
「文字通り、中国も、アメリカも、インドも、ヨーロッパも、すべての国が消滅し、日本は孤立した状況に――」
「いったいキミは何を言っているんだ?」
それは、にわかには信じられない言葉であった。
まさに要領を得ないというのにふさわしいであろう。
今の世界情勢的に日本が極東アジア地域から離れることができればどんなに嬉しいか、などと思ったことはあるが本当に滅んでもらっては困るのだ。
貿易相手であるし、そして日本は貿易なしには成り立たない。
だいたい、そう簡単に国が消滅するわけがないのだ。
たとえ核ミサイルを何発も撃たれたところで――国が消滅するという表現を使うことはおかしいはずだ。
少なくとも土地は残る。たとえそれが放射能で汚染されているとしてもだ。
「それが――映像を見て貰えれば分かるかと――」
10数分後、佐伯参事官はインターネット経由で収集した画像を総理に見せる。
それは、10代目を超えた気象衛星『ひまわり』からの映像だ。
「なっ。なんだこれは!」
そこにはいつも目にする日本の姿がある。
だが、周辺国はすべて消滅しており、西隣には見たこともない大陸が存在していたのだ――




