でておいでー
朝――
俺を叩き起こしたクルスに連れてこられて向かった先は、まるでストーンヘンジのように岩がおかれた場所であった。
岩の中央には寂れた庵――というとおしゃれな感じだが実際はただの寂れた小屋――が一つあるだけだ。
そこに大勢の着飾った魔族の少女たちが集まっている。
手にしているのは酒とそのつまみの類だ。
いったい少女たちは何を始める気なのだろうか。
そしてその中に、なぜかサウスフィールド王国の第二王女、フェイノ・リン・サウスフィールの姿もあった。
「ヤマダさまが邪神の封印を解こうとしていると聞いて来ました」
フェイノは前回の青いパジャマ姿とは一変した可愛らしい白成分が多めのローブを着ていた。
ローブというか、多くのリボンがあしらわれたその意匠はドレスといっても良いだろう。
まわりの花色などのパステル色な魔族の少女たちよりは簡素ではあるが、また違った趣がある。
日差し避けとして麦わら帽子でも被せれば完璧だろう。
「それで、何が始まるんです?」
ヤマダには辺りの魔族の少女たちからの視線が遠巻きから集まってくる。
それを興味深そうにフェイノは眺めた。
「止めないのですか? 王女さまは?」
「まさか。せっかくラララ様との密約もできたこの段階で?」
「密約って――」
「まぁ、政治ね」
この姫様は裏で魔族達とどんな裏取引をしているのだろうか。
なんだかこの姫様はやり手のようだった。
ヤマダは一瞬は聞こうと思ったが、知れば何か別のフラグが立ちそうなのですぐにやめた。
秘密とは知られれば消されるものである。
「ヤマダさま。それで邪神が復活するとどんなデメリットがあるのかしら?」
「世界が暗黒に包まれるとかじゃないのか?」
「それはもうすでに包まれているじゃない? それにさらに引きこもりの神が包んだところで大したことになるとは思えないわ」
「デメリットはなし、なのか?」
「じゃぁ、ヤマダさま。メリットはなんだと思われます?」
「邪神復活を祝してなにかくれるかもしれない」
「何をくれるんでしょうね――。そう思うと期待できないかしら?」
ヤマダが思うに、どうもこのフェイノという王女はその清楚な姿形とは裏腹に腹黒いところがあった。
きっと陰謀とか権謀術数とか大好きっ娘なのだろう。
いままでどんな小説とか読んできたのだろうか。
まぁ、そうでもなければ王族などやっていけないのかもしれないが。
真実を知るとげんなりするのはどこの世界でもあるだろう。
喋らなければかわいい系女子の見本というべきだろう。
「あら、始まるようよ」
魔族の少女達は手前にある寂れた小屋の周りで手を繋ぎ、円を作るとなぜか踊り出した。
両手を招き猫のように顔の前で揃え、しゅ、しゅ、と右、左、と突き出すと左足を後ろへ片足立ちになり、スキップするように2、3歩進む。
そんな動作だ。
その動作に何の意味があるのか、さっぱりわからない。
だがなんだか楽しそうだ。
フェイノはそれに加わってみたいような顔だが、加わるのは恥ずかしいのか見ているだけだ。
さらにしばらくすると、そしてクルスが「せーの」と声を掛けるとそれは始まった。
「「邪神さまぁー♪」」
「「引きこもってないで出てきてぇぇー♪」」
「「みんな待ってるんだよぉぉーー」」
「「こっちは楽しいよぉー」」
それは、引きこもりには一番やってはいけない所業のようにヤマダには思えた。
そう、魔族の少女らは引きこもりに対して極めて正攻法で邪神の封印を解こうとしていた。
それは異世界のとある国のもっとも古い書記に記された、引きこもりの神の封印を解く手法だ。
封印された地の周りに集まり、酒池肉林を極めること。
騒ぎ、笑わせ、伝播する。
笑い声で世界を満たし封印された世界から外部へと興味を集めさせる。
何がおきているのか覗こうとした邪神をムリヤリ引きづり出すのだ。
だが、それは引きこもりにとって相当なダメージとなるだろう。
ヤマダは自身が引きこもり体質だから分かる。見ていてすんげー辛い。
(やめて! もうやめてあげてー すでに邪神のライフはゼロよ――)
口に出そうとしたが、あれだけの少女の集団に突撃していく勇気はヤマダにはなかった。
「楽しいお酒もあるよー」
「おいしい食べ物もぉー」
少女たちちは思い思いに邪神を称え、封印を解いてこの地に顕現したときのメリットを口にする。
おい、その黒パンあんまりおいしくないだろ、と思ったがヤマダは黙っておく。
そしてクルスはダメ押しをした。
先頭で叫ぶ。
それは今までの魔族領ではなかったものだ。
「なんと今日は可愛い男の子も今日はいるからぁ! だから封印を解いてマスター」
それに合わせて少女たちの視線が一斉にヤマダの方を向く。
ヤマダに向けてさっと、手のひらをひらひらさせた。
「あれが勇者よ」「勇者さまだ」「わぁ。男よ……」「まぁ、なんて雅なのかしら」「かぁわぃー」
ヤマダは身の危険を感じた。
このままでは襲われるのではないだろうか。
即座に逃げ出そうとする。
そのとたん「逃がすかぁ」という大声が聞こえた。
魔族の少女たちの中央にあった小屋の扉が開かれる。
ガラガラと邪神が封印されていた扉が開いたのだ。
それが、邪神の封印が解けた瞬間であった――
邪神が姿を見せる。
長身で流れるような白い髪をもつ女神の邪神だった。
そして神であるならば当然にして絶世の美女である。
その第一声は、ヤマダの心を挫くものであった。
「皆の者! であえであえ! そのモノを捕らえるのだ! 多少のおいたはこの邪神アマト―の名をもって許可する!」
邪神のソプラノの声が響く。
「「わー (はーと)」」
その「多少のおいたは許可する」発言により、魔族の少女たちの歓声があがる。
そして少女たちの進撃が始まった。
魔族少女集団vs勇者ヤマダの壮絶なる勇者捕縛大会が、今まさに始まろうとしていた――




