強制連行されたお姫さま
フェイノ・リン・サウスフィールはサウスフィールド王国の王位継承権第三位の第二王女だ。
若干14歳の少女である。
王国きっての才女である彼女は、既に10歳でサトウキビに関する商売を成功させている。
ノキタミア帝国に唯一対抗できるかもしれないという期待を持つ姫君なのだ。
その容姿は美しく、王族らしい金髪碧眼のセミロングであり、慎ましやかな胸を持つ。
欠点とすれば低身長であることに若干のコンプレックスがある程度だろうか。
そんな彼女はいま混乱の極みに達していた。
なにしろ見知らぬ部屋で両手は後ろ手に縛られ、簡素なベットで眠らされていたのだから。
着衣はついさきほど寝る前の姿である青色の絹パジャマのままである。
ここはどこだろうとあたりをフェイノは周囲を見回す。
知るようなものは何一つない。王城や王族に関連するような紋章等は一切なかった。
部屋は木の板の壁で覆われていて隙間はなさそうだ。
軽くニスのようなものが塗られており木目が美しいように見えなくもない。
高級そうなのかそうでもないのか、判断に迷う造りだ。
そして窓はない。
その他としては入口に木の扉が一つ。
その木の扉は鋼で補強されているようでかなり無骨だ。
まるで、連れ去られたかのようではないかとフェイノは思う。
実際にもそうなのだろう。
「誰かぁ……」
それを確かめるため声をあげるが返事はない。
それどころか、周囲の音を聞いても何も聞こえない。
昨今の春めいた季節であれば虫や鳥の音くらい聞こえても良いはずなのに、それすらない。
それは異常な空間だった。まさに部屋という空間ごと世界から断絶されているかのような。
フェイノは深く深呼吸する。
フェイノは一度、魔力感知を試みた。
王族があるがゆえに多少の魔力に関する操作ができるのだ。
さすがにウィンドウやメニューといった、上位の存在が使うような技術は無いが。
フェイノが魔力感知を進めていくと、壁や屋根、床などから軽い魔力を感じることができた。
おそらくは、ここにはなにがしかの結界が敷かれているのだろう。
フェイノはそこまで考えて、おそらく拉致でもされたのだろうと、そんな当たりを付けた。
であれば、次はなぜ拉致られたのかということだ。
王族に手を出すとは大それたことではある。
が、王族というのは強烈に敬われるととともに強烈に疎まれる一族である。
昨今の改革によって国は立ち直りを見せているが過去の利権を持っていた人達から一切恨みを絶対買っていない、などということは絶対に言えない。
フェイノはできるだけ解決に努力したが、サトウキビ畑の創生にはそれなりのごたごたがあった。
国だけでなく、自身に向けて恨みを持っているものもいないわけではないだろう。
恨みに思われているのであれば拉致られた後、傷つけられるのだろうか。
それはどんな傷付けられ方だろうか。
フェイノは自分自身に傷をつけられたような痛みが無いことを確かめて安堵する。
緊張していたため、それすら気にしていなかった。
衣服が乱されている、といった様子もない。
では恨みでなければなんなのだろうか。
身代金などの目的だろうか?
もし、そうであれば死ぬことはないだろう。
大事にされるはずだ。
ともかくも、犯人たちが何を考えているか知る必要がある。
だが後ろ手に縛られているこの状況では動きようがない。
フェイノがそこまで思考したとき、いきなり扉が開かれた。
入ってきたのは可愛らしい1人の美少女だった。彼女が実行犯なのだろうか。
いや、正確にはヒトではないであろう。
フェイノからは押し隠してもまだ分かる魔力が少女の周囲に纏っているのが見て取れる。
フェイノは魔力感知を続けていたことで、抑えられたその魔力を感じることが否応なくできてしまったのだ。
その魔力は抑えがなければ強大なものであろう。
おそらく、それは魔族でなければ実現できないレベルのものだ。
そして、その魔族でも上位の者しか纏えないだろうその雰囲気に圧倒される。
「こんにちは。フェイノさん。ごきげんはいかが?」
「最悪ね」
「それは――、そうよね。聞いた私が馬鹿だったわ」
彼女はフェイノが伏しているいるベットに座った。フェイノの隣だ。
フェイノは若干後ずさる、これから何をされるか、分かったものではない。
「ちょっとこれから君をある男の慰み者にしようかと思って。ほら、ニンゲンさんって可愛らしい王女様とか好きでしょう?」
「――さいっあくね」
フェイノを攫った目的は恨みからの殺害でもなく、身代金目的でもなく、その容姿を狙ったものであった。
それにフェイノは戦慄する。
思わず姫様には相応しくない悪態を付いてしまった。
「それで――、その殿方といいうのは一体――」
フェイノは半ばやけくそ気味に聞いてみた。
少女趣味の貴族なのか、帝国からの差し金なのか。
フェイノはそのあたりの見極めも必要であろうと考えたのだ。
「――そろそろ、私を倒すためにバカな帝国がアホなことをやろうとしていてね」
「確かに帝国がバカでアホなことは認めるわよ」
帝国とは、お隣の国であるノキタミア帝国のことであろう。
というか、この地で帝国の名を持つ国はその国一つしかない。
フェイノの国であるサウスフィールドも、さまざまな迷惑を被っていた。
それはどうやらこの少女にとっても同じらしい。
ということは、フェイノを使ってノキタミア帝国に対する組織なり人なりを味方に付けようということなのだろうか。
「だから、先手を打ってこっちで召喚しようと思ってみたんだ。勇者を――」
フェイノは驚愕に目を見開く。
まさか、勇者を魔族が呼び出すなんて、できることなんだろうか。
「そして私を倒そうなんて思わなくなるくらい召喚した勇者を思いっきり堕落させてやれば良いんじゃないかって。あなたはその生贄になるの」
勇者の生贄として王女を使う? 訳がわからない。
しかし、それ以上に少女の言葉にフェイノは気づいてしまった。
「そんな……、たかが魔族の少女一人を倒すためだけに帝国が何かをすれるわけが、って、あなた、まさか!」
勇者が倒そうとする主敵たる魔族といえば、一人しかいない。
それは魔王という名前の存在だ。
フェイノはその少女をまじまじとみた。
確かに魔族の少女はどことなく貫禄があるように見える。
そしていままで王宮で奴隷のように働かされていた魔族たちとは違った、格の違いのようなものを感じてしまった。
少女の姿を、伝え聞く上位魔族の存在を照らし合わせてみる。
思念魔術を使い人々を苦しめる、病的に白い肌を持った金髪朱瞳の魔族の一柱。
確かその名は――
「まさか、貴方が三重継承の真実なの?」
「いかにも。私が名は三重継承の真実という」
少女――魔王ラララがなぜか満足そうに頷いた。
その少女がふいに立ち上がる。
フェイノでは気づかない何かに気づいたようだった。
「あぁ、儀式が始まるみたいね。私行かないと……」
席を立って去ろうとする魔王ラララ。
フェイノはまだベットで伏したままだ。魔王は一体何をしに来たのだろうか。
ただ、会話だけしに来ただけなのだろうか。
(あれ? でもそのシナリオだったら、勇者さまが私を見つけたら私を助けてくれるのでは?)
勇者とは世界から人々を守る存在だ。
姫を連れ去った魔王を倒し、世界に平和をもたらすと言われている。
魔王、連れ去られた姫、そして勇者――
手駒はすべてそろっている。
よくある小説の中のシチュエーションとまったく同じである。
その召喚しようとしているのが、その勇者が討つべき魔王であるということを除いてはだ。
であるならば。
その物語のヒロインとしての勇者の隣に立つ王女というのは私ということになるのではないか?
フェイノは、それはちょっと嬉しいかもしれない、などと考え始める。
もっとも、そんな展開になるとはあまり想像できないが。
魔王ラララは部屋を出る時、扉の前で思い出したかのように振り返った。
「あぁ、そうだった。聞くのを忘れていたよ」
「なんでしょうか?」
フェイノはこれが本題だろうと直観的に身構えた。
やはり、ただ会話だけしに来ただけではないようだ。
「その勇者を召喚するときに、ある程度人物像は選べるのだが、どんなのが良いかね」
「は?」
「とにかく私は私には逆らえないように、ドジでのろまなハゲた引きこもりとか考えているのだが」
「ハ、ハゲはちょっと……。腐系も耐えられるイケメンの方が……」
「ふむ、ならばハゲはやめて、なるべく召喚したらイケメンに作り替えるよう頑張ってみるか……」
そして魔王ラララは立ち去り、フェイノは残された。
フェイノは期待と不安が入り混じった表情で、これからどうするべきか考え始めるのであった――
2017/11/26 ご指摘を受けまして修正しました。




