第六話 使命
目を開けると、そこはファンタジー映画にありそうな、中世ヨーロッパ風の装飾が施された荘厳な雰囲気の部屋だった。
足元には魔法陣らしきモノがある。
「なんだ!?」
「どうなってんだよ畜生!」
「ふっ、どうやら俺たちはラノベの主人公になっちまったみたいだゼ?」
「お前頭イカれてんじゃねぇのか!?」
男子が口々に騒ぎ始めるが、私は呆然とすることしかできなかった。
「ちょっと、どうなってんのよこれ!」
「私放課後に彼氏とスタバ行く予定だったのにっ」
「マジありえないんですけど!?」
女子の方も口々に戸惑いの言葉を上げる。
だが、そんなことよりも私は愁の方が心配だった。
トラックに轢かれた愁は――いない。
ここにはいないのだ。
「夕華、ここってなんなのかな?」
「わからない……」
隣にいた彩音が私に問いかけるが、私にはそれに答えられるだけの知識も、情報もない。
『ようこそ、選ばれし勇者たちよ』
その時、唐突に頭の上から声がした。
頭上を見上げるが、シャンデリアに蝋燭が揺れるだけで誰も居はしない。
他の人も聞こえたようで、最初は戸惑った様子だったがすぐさま黙った。
「だ、誰だ。俺たちに何をしたっ」
周りを見渡すが、ここには私たちしかいない。
教壇に立っていた先生はいなかった。
『落ち着きたまえ、君たちは勇者として我が国に召喚されたのだ。事が終わればすぐに元の世界に返す予定でいる。もう一度言う。落ち着きたまえ』
ぎゃーぎゃーと騒いでいたが、頭の上から降ってくる声は想像以上に威厳に満ちていて、私たちを黙らせるには十分な圧力をかけてきた。
「大体ここはどこなんだよ!」
『ここは、君等の居た世界とは違う世界だ』
「違う、世界? 違う世界なら言語だって違うはず。今こうしてあなたの言葉が解るっていうのは、どういうことなのかしら! 説明して頂戴!!」
『ふむ、それは召喚時に『言語理解』の術を仕込んでおいたからだ』
「召喚? 言語理解? バカにするのもいい加減にしやがれ! そんなもの、ある訳ないだろ!」
『仕方がない。では、私自ら姿を現そうではないか。』
瞬間、部屋の奥……祭壇のようなものがあるあたりから強烈な気配を感じた。
只者ではない。そう直感させるほどの何かだ。
「な、なに?」
大音量の甲高い音が鳴り響き、それに続いて祭壇のからあの、白い光が放たれた。
現れたのは、背中に二枚の翼――右は白、左は黒の翼をもった男だった。
「冗談だろ……?」
背丈は二メートルほどあるだろうか。
腹筋は割れていて、逞しい肉体をしている。
上半身は裸だったが、下半身は布のようなものを巻きつけていて、頭上には光の環があった。
まるでそれは、いかにも天使のような風体をしていた。
「天使?」
『私は神と呼ばれるもの。勇者を導く役目を背負い、君等を元の世界に返せる唯一無二の存在である』
天使改め神が口を動かすと、そこから声は発せられておらず、先ほどと同じく頭上から声が降ってくる。
『勇者としての役目を終えれば君たちを元の世界に返す。記憶も希望であれば消してやる。元の世界に戻す時は皆の願いを一つずつ叶えてやろう』
非現実。
まさしく、非現実的な存在が目の前に居て、それは神だと自ら名乗り私たちの頭はもう混乱していた。
だが、これだけは確かだった。
役目、というものが私たちには課せられここまで召喚されたという事。
役目が終わらなければ元の世界には帰れないという事。
「ちょっと、あたしはそんな世迷言に付き合ってられな」
『世迷言……だと?』
たまらずと言った様子で神と呼ばれるその男に立ち向かっていたクラスメイトは、神の眼光一刺しで黙り込んでしまった。
『説明してやる。まずは現状の状況を受け入れたまえ。勇者たちよ』
「は、はい……」
圧倒的な存在感に私たちは完全に屈してしまっていた。
目の前に居る男は本当に神なのだ。
抵抗するという考えは、私たちの中から完全に消え去っていた。
『大前提として勇者たちには役目を終えてもらうまで帰ることは不可能だということ。役目を終えれば元の世界に返すし、そのついでになんでも一つ願いをかなえてやる。金持ちになりたい、頭がよくなりたい、不老不死に成りたい……人を生き返らせたいなど、なんでもいい。役目の報酬としてこの神である私が保障しよう。だから君たちは選ばれし者たちなのだ』
魅力的だな、などと言う声が口々に上がる。
「役目、とはなんですか」
『よく聞いてくれた。それはな、世界の『浄化』だ』
「浄化……?」
『我々の言葉で、悪しきものを払う、という意味だな。悪しき者、とは【魔物】のことだ』
「魔物を倒せ、ってこと?」
『そういう事だ。魔物がどんなものかはこの城の指導官に聞くといい。実戦にあたっている彼らの方がより詳しい情報を持っているだろう。なにせ私はここに封印されている身。全知全能であったのは遠い昔の話よ。さぁ、勇者たちよ。決断しろ。この世界を救うか、救わぬか。生きるか、死ぬかを』
そんなの決められるわけがない。
いきなり呼び出されて、訳の分からないことに巻き込まれて、報酬をやるから魔物退治をしろなどと受け入れられるわけがない……と私は思っていた。
だが、
「いいぜ! 俺はやってやる! いいじゃないか、選ばれし勇者! ハーレムルート一直線だぜ」
「なんでも一つ願いが叶うなら……! あたしもやる」
二人、意欲的に神へ返答を返すと、口々に他のクラスメイトも賛同の声を上げた。
その中には彩音の姿もあった。
そして、ついにはクラスのほとんどがここで役目を果たすという結論に。
「私は、私は……愁のところへ行きたい。愁がいないこの世界でなんて」
『愁、という男は死んだぞ。とらっく、などと言うものに轢かれてな。どうだ、私の力ならその男を蘇らせることもできるぞ……?』
まさしく、悪魔のささやきだった。
そんな不確実なモノ、信用できるわけがない。
だが、トラックに轢かれたのも事実。
あんな事になって生きている方が奇跡だろう。
だったら――
そこまで思考して、私はついに言ってしまう。
「愁が助かるなら……、愁ともう一度話せるなら、役目を果たします」
『よろしい』
ついにクラス二十九名全員が、この訳の分からない異世界に留まる事を決めた瞬間だった。