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第五話 異世界へ

「島が見えたぞぉおおおお!!」

 甲板から声がした。

 どうやらネルル島に着いたらしい。

 私はエルドレッド船長の事が記述してある紙を入れた麻袋をひょいと持ち上げた。

 ちょうどその時、トントン、と言う軽快なノック音がした。

「夕華、島だって! 見に行こうよ」

 私ははいはい、と相槌を打ちながら船室の扉をあけた。

「彩音、元気だねぇ。もう船酔いは治ったの?」

 小一時間前まで、この人――二宮彩音(にのみや あやね)は海に高校二年生の女子が吐いてはいけないものを吐いてしまっていた。船酔いだったのだろう。

 彩音は先ほどまでのそんな姿はなかった事にしたいらしく、うぅ、と少しばかり決まりの悪い態度を取った。

「アレはあたしの人生最大の汚点だよぉ……。お願い、なかった事にしておいて!」

「帰りはこっそり私が治してあげるから、船室に来て」

「ホントに!? ありがとう、ユーカ! 持つべきものは友達だよぉ!」

 彩音はぴょんぴょん飛び跳ねて体全体で喜びを表現している。

 本当に嬉しそうなので、私まで笑顔になってしまう。

「ふふっ」

 そんな私を見て、彩音は確信したように言う。

「あれから一か月、……ようやく笑えるようになったね?」

 そう、一か月。

 私たちがあの意味不明な事件に巻き込まれてから、まだ一か月しか経っていない。


―――――


 その日、私は幼馴染の海棠愁(かいどう しゅう)と一緒に登校していた。

 私と愁は家が隣同士なだけのただの幼馴染だ。毎日私が、朝寝坊助な愁を起こしにいっていたりとか、毎日朝食を作ってあげていたりとか。そんな普通の幼馴染。

 前にその話を彩音にしたときは異常だよ~なんて言われたりしたけど、私にとってはそれは普通の事だ。

 なにせ、愁の父親は行方不明に、母親は病院で植物状態になってしまっているからだ。

 なにがあったのか、と言われれば、それはありふれた理由。

 愁の父親と母親はもともと仲が良かった。しかし、父親が不倫していたことが発覚し、母親が激怒。父親は逃げ去るように家を飛び出し、母親もその後を追いかけている途中で――乗用車にはねられてしまった。

 ただ、それだけの事。

 それは愁の幼いころの出来事だったので、愁自身は一人でいることに慣れてしまっているようだった。

 だから私は、彼の事を毎日起こしに行く。彼に朝食を作る。

 彼に、自分が孤独である、と感じさせないために。

 何故そこまでするのか――と問われれば間違いなく、私はアノ言葉を言うだろう。

 好きだから。

 愁が、好きだから。 

「わりぃな、ゆーか。毎日起こしてもらっちまって」

 だから、彼から謝罪の言葉なんて聞きたくない。

 求めるのは「ありがとう」この一言だけ。

 いつまでもその言葉を言ってくれない彼には、私はいつも通りの返答をする。

「早く一人でも起きれるようにならないと、社会人になってからキツいよ。愁」

「あはは、そうしたらゆーかと一緒の会社に入るさ。そうすれば必然的に、会社の近くに一人暮らしをするだろ? ゆーかの隣の部屋とか、隣のアパートとかに住めばそれは解決される」

「もう、まったく愁は……ダメダメじゃん」

「ダメじゃなくなって、ゆーかに会えなくなる方がつらいぞ」

 またそういう事をこの男は。

 平気で他の女の子にも、真面目な顔して口説き文句ととられても文句を言えないような事を言うのだ。

 しかし、私も満更ではないのでそのまま指摘はしてあげない。

「ほら、いつまでも歩いてないでさっさと走るよ。遅れちゃうかも。誰かさんのせいで」

「だから、悪かったって、っておい! 待てよー!」

 私は紅くなった顔を彼に見せないように、全速力で駆けだした。

 今日も天気が良い。

 さんさんと光り輝く太陽は、蒼い空をより一層蒼くみせていた。



「きりーつ、礼。ちゃくせーき」

 朝のホームルームの時間は終わり、今は一時限目の授業だ。

 その時だ。愁の携帯が鳴ったのは。

 ジリリリリリ! という喧しい黒電話の音と共に、教室の空気が凍りつく。

(愁の馬鹿……! あれほど携帯はマナーモードにしておいた方が良いよって教えたのに!)

 今日の朝、家を出る前もマナーモードの話をしたので、私は歯がゆい気持ちに襲われた。

 私は気付かなかった。

 愁の顔面が蒼白だったことに、だ。

 愁はこれくらいでは普段、飄々としていて、先生にギャグの一発でも飛ばすのだが、それに私は気付かない。

「もしもし! 何があったんですかっ!?」

 教室内がどよめく。

 先生がツカツカと愁の方へと歩み寄る。

「海棠! お前なにやってるんだ!」

「え―――?」

 携帯を取り上げようと、先生が手を伸ばすのと、愁が携帯を放り投げて走り出したのは同時だった。

「愁、何があったの!?」

「おい、愁!?」

 周りの女子と男子が、ただならぬ様子で教室から出て行こうとする愁に声を掛けるが、本人はまったく聞いてない。

「海棠! 理由を話さんか、海棠!!」

 彼は教室を飛び出し、階段を駆け下りたようだ。

 何があったのか想像もつかないまま、二階の私たちの教室から、校舎の外にでた愁の姿が見えた。

 そして――


 轢かれた。トラックに。


 私が、見ていたのに。


 偶然通りがかったトラックに、道路に飛び出した愁は無残にもはねられ、鮮血をまき散らしながらまるでピンポン玉のように跳ねた。


「しゅうううううううううううううううううううううううううううううぅぅ!!」


 私は大声で叫んだ。

 足はひとりでに動いた。

 愁の元へ。

 愁の元へいかないと!!


 教室を飛び出そうと、扉をくぐった瞬間


 がつん!


 と、何かにぶつかり、私はしりもちをついてしまった。


「え……!?」


 何にぶつかったのか確認するが、教室の扉の仕切りの向こう側には何もない。

 本当に、何もなかった。いつも通りの廊下がそこにあるだけだった。


『来たれ、勇者たちよ』


 その瞬間、声がした。

 しわがれた老人のような声だったが、それを認識したと同時に。


 教室全体が、真っ暗になった。

 それは、漆黒。

 目を開けているのに、光がまったく届かない感覚だ。


 私たちが地球に居たのはそれが最後。


 明るくなったときに居た場所は――異世界だった。

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