表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

第二話 箱詰めの海賊

 浜辺に打ち上げられた一つの木箱があった。

 まだ真新しいその木箱は今、不自然に揺れている。

「うらっ、こなくそっ、おりゃあああ!」

 バキリ、と勢いよく正方形の大きな木箱の一面は盛大に破壊された。

 中から出てきたのは、背の高い、整った髭が特徴の水夫――ではない。腰に差してある二本のカトラスと黄金色の実用性があまりなさそうな銃から伺い見るに、海賊のようだった。

「大嵐に遭うなんて……仲間もみんな失っちまった! クソ! せっかく船を手に入れて、仲間も集めて、これからテイラーのクソ野郎にこの銃で鉛球を食らわしてやろうかとしたときに、なぜ、なぜだっ……どうしてこんなに俺は……! 俺はぁあああ!!」

 男は慟哭する。

 己の無力さに怒ってもいる様だった。

 砂浜に拳を叩きつけると、砂が舞い散り、男の顔に盛大にかかった。

「ぐぺっ、ぺっ、ぺっ!」

 口に入っていた砂を吐き出し、男はよろよろと立ち上がって顔についた砂を払いつつあたりを見渡した。

 そこでようやく男はこちらに気付いたようで、こちらに向かって歩いてきた。

「よう、御嬢さん。一体俺に何の用だ?」

 近くで見るとその男の身体がいかに鍛え抜かれているかが如実に分かった。

 筋骨隆々の身体、均整のとれた体に、日焼けした小麦色の肌。

 髪の毛はこげ茶色で、特徴的な鼻の下の髭は髪の毛と同じ色だった。

 顔は驚くほど整っていて、身ぎれいにすれば貴族と言われても納得がいくほどだ。

 まぁ、私の好みであるかどうかはまた別の話だが。

「あなた、海賊?」

 私の第一印象と彼の大きな独り言から私は彼の職業を推測した。

「いや、ちがう。俺は――そうだな、しがない水夫だ。水夫。水夫のジャック・スワロウと呼んでくれ」

 意外なことに水夫……なわけがないと思った。しかし、今ここでジャックと名乗る彼を問い詰めても仕方がない。

「スワロウ? 聞いたことのない苗字ね?」

 彼はジャックというらしいが、苗字が珍しい。スワロウなんて、セントラル帝国からの旅人でも聞いたことがなかったからだ。

 そんな事を考えていると、彼は不機嫌そうに私に向かって言い放つ。

「お前は? 人に名前を尋ねておいて、自分は名乗らない気か?」

「それは失礼しました。木箱の水夫さん。私の名はリッカよ。リッカ・コルセリア」

 彼は私の名を聞くと同時に、コルセリア、と小さくつぶやいたが何を思ったがわからなかったので、私はそれについては知らんぷりをすることにした。

「よし、それじゃあリッカ。酒場はどこだ? ラム酒が飲みたい。あと、文明が恋しい」

「真昼間から酒盛りとは、あなた、かなり不誠実な水夫さんのようね?」

 彼はどうやら酒を浴びるほど飲みたいらしく、懐から出した皮の酒入れを口に持っていき、中身を全て飲み干した。

「どうでも良いだろう。早く酒場に案内してくれ」

「それが人に物を頼む態度? まったく、呆れるわ」

「じゃあな。俺はもう行く。くだらない女の遊びに付き合ってる暇はないんでね」

 もう少しお話を楽しみたかったが彼は相当短気らしく、私を無視して砂浜を歩いて行こうとする。

「ちょっと待って。そっちは逆よ」

 私が彼に制止するよう促すと、彼は立ち止まり、こちらを振り返った。

「お前、俺をおちょくってるのか? いい度胸だな」

「別になんとでもいえばいいじゃない。私はこの島のありとあらゆる場所を把握してる。けれど貴方はこの島に流れ着いたばかり。どちらが助ける側か、助けられる側かは明白だと思わない?」

 私の言葉に彼はクソ、と天を仰ぎ見た。

 それから数秒、彼は思い悩む。

 どうやら通りすがりの小娘に頭を下げるのが死ぬほど嫌らしい。

 わかっている。海賊とはそういうものだ。

 ここで、私は彼に助け船を出してやる。

「交換条件よ。水夫さん。貴方は私の望みを聞く。そしたら私は貴方の事を港まで案内するわ」

 彼は少し考えたあと、意を決したように言葉を紡いだ。

「……わかった。お前の望みはなんだ? 俺にできる事ならやってやるが、それ以上の事は受け入れられないぞ。いいな」

「契約成立ね」

 私が笑顔で返事をしてあげると、彼はうんざりしたような顔をした。

 それでもいい。やっとお話にしか出てこなかった貴方に会えたのだから。

「で、お前は俺に何を要求するんだ?」

「私を貴方の船に乗せて」

「女は海賊船には載せない主義だ――あ」

 やっぱり。海賊だった。

「水夫なんて大嘘じゃない。大鷲のエルドレッドさん?」

 私は確信した。彼の腰に着いている二本のカトラスと黄金の銃を見ればだれでもわかる。少なくとも、このエルスト海周辺に住んでいる人々ならば、伝説にもなっているから知らない訳がなかった。

「お前、俺の事知ってるのか?」

「知ってるも何も、その二本のカトラス、黄金の銃と来れば、伝説のキャプテン・ジョシュアの配下、エルドレッドしかいないわ」

 彼は私の言葉に、満足そうな笑顔を浮かべる。

 しかし、すぐに思い直したかのように真顔になり、言いなおす。

「キャプテン、キャプテン・エルドレッドだぞ」

 どうやら彼はジョシュアの元を離れた後、キャプテンをしているらしい。

「仲間も、船もないのにキャプテンなの?」

「これからだ。これから仲間を作って、船を頂戴し、盗んで殺して暴れまくってやるところだ。――そうだな、お前は今から俺の仲間だ。よし、これでキャプテンだ」

 やはり彼は私の理想の人だった。

 私は探していたのだ。こんな人を。

 誰からも顧みられない、完璧な『悪』の仲間になれるこの時を。

 こんなちっぽけな島に閉じ込められて、一生を過ごすなんて真っ平だ。

 それなら、私は人を殺してでも裕福な生活を得たい。

 私のその暗い願望を彼に悟られないようにしながら、私は彼に提案する。

「それで良いわ。キャプテン。仲間を作ったり、船を頂戴したりする、その計画に当てはあるのだけれど……それより先に酒場でお酒を飲まない?」

「ああ、計画を立てるには、喧騒が一番隠れ蓑にはいいからな。それと、君と俺の海賊結成祝いも兼ねて、な」

「ありがとう。それじゃあ、酒場に行くわよ」

 私は彼を連れだって、ネルル島の港にある酒場、『ウミネコ亭』に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ