第一話 一枚の紙
揺れる船に心地の悪さを覚えながら、私は一枚の紙を船室で見つけた。
ボロボロになったその紙には、汚い字でこう書いてあった。
―――――
悪名高き海賊、大鷲のエルドレッド。
それが彼の名だ。
彼を語るには多くの事情が複雑に混ざり合い、絡み合っているため一概には語り切れないだろうが、彼について私が知る限りの事をここに記しておこう。
彼が生まれたのは小さな漁村だったそうだ。幸せな家庭の中で彼は望まれて生まれてきた、彼曰く、両親の幸せを体現したような存在だったと言う。
両親の仲は睦まじく、日常生活は豊かでも貧困でもなかった。そんな幸せな家庭だった。
しかし、彼が三歳になるとき事件は起こった。
漁師の父親が気まぐれで、彼と母親を船に乗せたのだ。最初こそ父親の仕事ぶりを感心したように見ていた彼だったが、昼を過ぎる頃、次第に雲行きが怪しくなってきたのだ。
案の定、彼らの乗る船は大嵐に見舞われた。
父親は海に投げ出され、母親は船内の一角で彼を必死で抱きかかえながら、船の積み荷にしがみついていた。
ついに船は横倒しになる。
岩礁にでもぶつかったのだろう。すさまじい轟音と共に、船底に穴が開いた。
滝のように流れくる海水は、容赦なく二人に襲い掛かる。
母親は意を決して、息子だけでも助けようと木箱に彼を押し込んだ。
はめ込み式のその箱では心許なかったが、母親が外側から袋か何かで箱を包み込んでくれたらしく、箱が海に投げ出されても中に水は入ってこなかったそうだ。
それから二日間は漂流したとは彼の言葉だ。
二日が経ち、喉も乾き、外に出れもせず死を覚悟した時、奇跡は起こった。
エルスト海に名を馳せる若き大海賊に拾われたのだ。
その名も『黄金銃のキャプテン・ジョシュア』だ。
今ではもう伝説の海賊、なんて呼び方をされているな。
さて、そのジョシュアに拾われたエルドレッドだが、ジョシュアは大層彼を可愛がって育てたそうだ。剣の扱い方、船の動かし方、造り、海賊としての生き様……様々なことをジョシュアは彼に教え込んだ。
彼が十三歳になるころ、もう彼は立派な海賊だった。二本のカトラスを自在に操り、船のロープで空を駆け廻って敵を襲う様は、まさに大鷲の如く。
エルドレッドの名は十五歳になるころにはキャプテン・ジョシュアの右腕として『大鷲のエルドレッド』という通り名で、エルスト海周辺に住む者達の中では知らぬものが居ない程になっていた。
こうしてキャプテン・ジョシュアはエルドレッドと共に、エルスト海最強の海賊になったのだ。
だが、ジョシュアも人間だ。あるとき、乗組員の一人にして航海長のテイラー・ローランドともめ事を起こしてしまった。
昔からの仲間だったテイラーとジョシュアの喧嘩だったので、エルドレッドはすぐに仲直りするだろうと思っていたが、その日の夜、またしてもエルドレッドは不幸に見舞われた。
テイラーが反乱を起こしたのだ。
日頃から船員たちも鬱憤が溜まっていたのだろう。ジョシュアに反旗を翻す輩は多くいた。中でも腕利きの連中はこぞってテイラー側に着いたとか。
ジョシュアは徐々に徐々に追い込まれ、ついにはエルドレッドと共に船長室に逃げ込んだんだ。
ジョシュアはエルドレッドに、こう託したそうだ。
「俺のキャプテンの名をお前にやろう、そしてこの黄金の銃もお前に託す。いいか、時が来るまでその銃は使うんじゃないぞ?」
――と。
当然、エルドレッドはジョシュアと一緒に戦う事を選んだが、ジョシュアが無理やりエルドレッドを手近な箱に詰め込んで窓から放り投げた。
皮肉なものだ。幼いころと同じ仕打ちを二十歳になってまた受けるとは。
そして未だ彼は生きていて、反乱を起こしたテイラー・ローランドを許してはいないという。
私が知ってるのはここまでだ。なにせ、先日、酔っぱらった彼から聞いた話だからな。確実性はあまり保証できないが、ほとんど真実だと思っていいだろう。
――無名の三等航海士
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「キャプテン・エルドレッド……」
私は彼をなぜか嫌いになれない。
騎士団のみんな……もとい、クラスのみんなはエルドレッドは悪い奴だと言っていたけれど、仲間想いで、そして船長の仇を討つと心に決めている彼は、私にはかっこいい男の人にしか見えなかったからだ。
そして、この紙。これに書かれていることが真実ならば、本当にみんなが言っているほど、エルドレッドは悪い人ではないのだろう。
私はそう思い、紙を丁寧に折りたたんで麻袋の中に入れた。
「島が見えたぞぉおおおお!!」
甲板から声がする。
どうやらネルル島に着いたらしい。