第十一話 仲間入り
瞼の裏に熱い陽の光を感じたことで、私の意識は覚醒した。
目を開けると、そこはやたらと豪華な装飾がいくつも施されている場所だった。映画に出てくる、船の船長室みたいだ。
というよりも、ここは本当に船の上らしい。心地よい波の揺れが私の心をくすぐったのだ。
そこまで思考し、ふと私は我に返る。
(どうして、船の上に?)
昨日は確か、夜の九時くらいにウミネコ亭に行って、海賊エルドレッドを捕まえに行ったはずだ。そこで私は――。そうか。誰かに後頭部を殴られて、気絶してしまったのだ。
殴られた場所を触ってみたが、少し腫れている程度で、痛みはない。
私は自分が横たわっていた場所を見てみた。黒と金の装飾がされた、豪華なソファの上に寝ていたようだ。
だが、そんなことを知ってもなんの得にもならない。なぜ私はここに居るのか。それを知らなければ、動きようがないからだ。
なにか手がかりになるようなものはないだろうか。
入口側に私は寝ていたので、部屋の奥にある机の方へ脚を運んだ。
途中でよたよたとよろめいてしまったが、数秒したらすぐに治ったので、後頭部を強打された後遺症はないらしい。
「これは……?」
豪華な机の上に、地図らしきものを発見した。
手に取ってみてみようと思い、私は手を伸ばす。
「よう、起きたみたいだな?」
反射的に私は手近にあったカトラスを手に取り、声のした方へ突き付けた。
「誰!? わっ!!」
目にもとまらぬ速さで声の主のカトラスが振られ、強い打撃が私のカトラスに与えられた。当然、そんな衝撃を私が受け切れるはずもない。
思わず、カトラスを取り落してしまった。
すかさず取り落したカトラスを拾おうとすると、甲高い音を立ててカトラスはその声の主の足によって押さえつけられる。そして、ぴたり、とカトラスを喉元に突きつけられた。
「誰、とはご挨拶だな。紅血騎士団をあの酒場へ向かわせ、俺を捕らえようとまでした癖に」
「海賊……エルドレッド」
精一杯恨みがましい目で見てやると、エルドレッドはどこ吹く風、と言う風に鼻で笑った。
そこで私は気付いた。今なら能力を使ってこのエルドレッドを拘束できることに。だが、それにはまだ早い。私がどうしてここに連れてこられたのか聞かなければ。この男は一体何が目的なのだろう。そして、なぜあの合図――愁の合図を知っていたのだろうか。
「ああ、そうだ。俺が、キャプテン・エルドレッドだ。さぁ俺が誰だかわかったところで、お前の名を聞こうか。空飛ぶ人間め」
「空飛ぶ人間って……」
「いいから、名を教えろ。それともなんだ、この剣で首を掻っ切ってほしいのか?」
ギラリ、と彼の眼が一瞬にして鋭くなったのを感じる。
背中に怖気が走るほどだ。
「あ、あ、天月、夕華と」
本能的な恐怖に、私の声は震えていた。なんて情けないことか。
「アマツキ、ユウカ……?」
一瞬、彼の眼に不思議な光が宿ったのを私は見逃さなかった。だが、何に対してなのかは全然わからない。
映画の中から出てきたような、海賊のエルドレッドは、私に剣を突き付けたまま、動かない。
そして何かを思い直したような顔をして、再びエルドレッドは私に訊ねた。
「なぜ、お前がここに居る?」
なぜ、と言われれば答えようがなかった。
この世界を救うため? バカにされるに決まっている。それじゃあ、異世界に召喚されたから? これも現実的ではない。それじゃあ――
「亡くした人を、取り戻すためですよ」
これが、私のここに居る理由だった。唯一にして無二の理由。
愁を、生き返らせるために私はここに立っていた。
「ばかげてる」
エルドレッドは眉を顰めてそう言った後、私の首からカトラスを離した。
どうやら彼の好奇心は満たされたらしい。察するに、私はイってしまっている変な奴、という扱いになったのだろう。視線に憐みが込められているのがひしひしと伝わってきた。
「ばかげてなんていない。私は本気です」
「じゃあ――お前に何ができるっていうんだ。空を飛ぶだけじゃあ、死んだ奴は生き返らないぞ? 吐くならもっとマシな嘘を吐くんだな」
彼は腰に着いていた、なめした革で出来た水筒を宙に掲げ、お酒であろうソレを飲んでいた。
――馬鹿にして。気に喰わない奴。
集中し、私は能力を行使する。
イメージは風の玉。指向性を持った爆弾のようなもので、威力は、全てが盛大に吹っ飛ぶような強い奴。
「なんだ……?」
異変を察知したエルドレッドはまたもや鋭い眼光へと変貌した。
その威圧感は凄まじいものだが、今の私には効果がない。
なぜなら私は――怒っているからだ。
「吹き飛べぇえええええ!!」
私の前方数メートルが、掛け声と共にふっとんだ。
粉々に、ではなく、そっくりそのまま、私の前方だけが彼方まで吹っ飛んだのだ。
指向性を持たせたためか、船長室の壁は綺麗にそこだけえぐれ、大海原が見えた。
この威力なら、今頃エルドレッドは海に落ちたはず。
そう考え、私は騒ぎになるまえに船から脱出しようと、海に飛び込む体制を整えた。
「あぶねぇな、おい。ヴェイリンの港に着くまでに船を沈ませる気か? お前は」
「なっ、なんで!?」
在り得ないはずだ。あの一瞬で避けたとでもいうのだろうか。
もしそうなら、人間業ではない。
再び、私の首にカトラスが当てられた。先ほどと違うのは、今にも切り裂いてやるぞ、という殺気の有無か。
ひりひりと私の肌に彼の気が伝わってくる。
「なんで、じゃない。お前は俺の仲間を騎士団に売り、その上せっかくリッカと協力して奪い取った船に大穴を開けやがった。そこで提案だ。天月夕華。そいつを取り戻す前に死ぬか、少し海賊を手伝ってやって、海賊からそいつの情報を引き出すか――選べ」
「ばっかじゃないのっ!? あいつの事なんて あんたたちが知る訳ないでしょ!」
私はあらんかぎりの力を振り絞って大声をだした。
そんな取引飲めるわけがない。情報なんて持っている訳がないし、海賊の手伝いなんて御免だ。やっぱり、エルドレッドは最低最悪の海賊なんだ。
だが、私の思考は彼の次の一言で止まってしまった。
彼は私の耳元で呟いたのだ。
「海棠愁は生きている」
と。
「なんであいつを知ってるの……!? この世界で、生きているの!?」
後ろに居るエルドレッドに私は問いかけるが、彼はどっちがいい、とだけ口にして、私を突き飛ばした。
床に派手に転んでしまい、椅子の足にぶつかってしまった。
「さぁ、どうする天月夕華。海賊の仲間になり、海棠と再会するか、ここで海棠への未練を断ち切って死ぬかだ!」
私には他に選択肢がない。
ここから能力を使って逃げ出しても、愁の事を知っているのはきっとこの人だけだ。断れば死ぬか、愁への道を断たれるかどちらかだ。
たとえば、海賊になったとしたら?
その恩恵は少ない。身体だって穢されるかもしれない。
だけど、それは全部愁の為だ。
愁を生き返らせるためなら、愁と会える可能性が少しでもあるなら、私は――
口は、勝手に動いていた。
「……仲間に、なります」
最低の海賊だが、愁に出逢えるのならそれでいい。
どんなに穢されても、酷い目にあっても、愁にもう一度会えるなら、最後まで私は私でいられるから。
エルドレッドは私にカトラスを放り投げて寄越した。
「ようこそ天月夕華。キャプテンエルドレッドの海賊船、クリムゾン・ブラッド号へ。それでは行こうじゃないか。
全てが集まる場所――『ヴェイリン』へ」