第十話 邂逅
「ま、待って!」
一体何を私は言っているのだろう。逃げる彼が止まるわけでもないのに。
そのことに言ってから気付いた私は、彼を追う為、同じく三階から飛び降りる。
その時には、彼はすでに着地しており、勢いよく走り出していた。
逃がすわけには、いかない。
落下する恐怖に耐えながら、集中する。
イメージは、ビリヤードの玉。
私の周りを厚い空気の層で覆い、その空気の層ごと、風で後押しするのだ。
「ふっ……!」
瞬間、周りの景色が目も眩むような速さで過ぎ去った。
否、私の移動速度がとんでもなかっただけだ。
この移動方法の難点は、最初の一瞬しか加速せず、徐々に速度が落ちていくことだ。
彼は地面。私は空中に居る。
当然、彼を追い越した私も徐々に自由落下していく。そんな私を見た彼は、急に体の向きを変え、路地裏に入って行ってしまった。
「あっ」
なんと私は浅はかだったのだろう。
空気の層を解除して着地すると同時に、私は地面を強く蹴って、彼を追う。
路地裏は入り組んでいた。
四方八方に道があり、彼が通ったのか、通ってないのかすらわからない。
それでも私は一心不乱に走る。
勘、というものを信じてみたのだ。
それからしばらく走った。
しばらく、というのがどれくらいかは定かではなかったが、彼を見失ってしまったことだけは確かだった。
眼前には、船着き場がある。そこには私たちが乗ってきた船と、船体の後ろ側に『クリムゾン・ブラッド号』とこの世界の言語で書かれている船、二隻があった。
「はぁ、はぁ」
息が上がってしまっている。
今の状態ではとてもではないが、彼を追うことは出来なさそうだ。
(どうしよう。捕まえそこなっちゃった)
――トトン、トン、トトン、トン、トン。
不意に、あの音がした。
忘れ得ぬ、あの音が。
「……っ」
意味が解らない。愁はもういないはずだ。
聞く事は無い。
不必要な期待を持たせるなんて、神は残酷だ。
どうせ、船大工さんが船を修理するために木のハンマーで細かく釘を打っているだけだろう。
でも、もしかしたら。
彼が、居るのかもしれない。
この世界に、一緒に転移してきたのかもしれない。
そんな在り得ない期待を私は抱いてしまっていた。
――トトン、トン、トトン、トン、トン。
もう一度、音がした。
今度は聞き間違えたりはしなかった。確実に、指で木の箱を叩く音だった。
「愁!!」
思わず私は叫んで、音のした方へ走る。
絶対、居るはずだ。いつものあの笑顔で、彼が。
船着き場の箱が積まれている場所に行く。
音のする方へ。
音のした方へ。
ようやく、音の元へとたどり着く。
――月の光が眩しい夜、彼と再び私は出逢う。
「よう、俺の仲間をよくもやってくれたな?」
海賊、エルドレッドに。
そこまでで私は意識を失った。
誰かに後ろ頭を殴られた感触を最後に。
プロローグ 完
――――――
次章予告
船着き場でついに天月夕華は海賊、エルドレッドと出会った。
なぜ、彼が愁との秘密の合図を知っていたのか。
それは明らかにならないまま、天月は船の一室で目を覚ます――。